大魔道士はポンコツ説 2
こ、ここで慌てては駄目よ。
内心、心臓がバクバクだけど、ここは余裕の表情で自然にフェイドアウトしてしまいましょう。
「少しだけ父をお借りしますわね」
「アメリア、なんで領地にいるんだい? きみに聞きたいことがあって転移したら王都の屋敷が大騒ぎになっていて」
腕を引っ張られて歩きながらも、お父様は拗ねたような声で話を進めている。
お願いだから向こうの部屋に入るまで静かにしてくれませんか。
いえ、いっそここで説明してしまったほうが話が早いかもしれないわ。
「引っ越すからです」
「え?」
「私もお母様もエメラインも、拠点を移して領地で暮らすことに決めたんです」
「聞いてないよ!?」
「ええええ!?」
「どういうこと!?」
「アメリア!」
お父様の声もうるさいけど、それ以上に英雄公爵たちの驚きの声のほうがうるさかった。
いっせいに立ち上がりこちらに駆け寄ってくるのを、他の公爵と王族が呆気に取られて見守っている様子が、私の側からはよく見えてしまって逃げ出したくなったわ。
「お父様には今夜お話する予定だったんです」
「きみたちが領地で暮らすなら、私だって領地に帰るよ」
「そのつもりですけど? お父様だけ置いていくわけがないじゃないですか」
「あ、そうなのか。なんだ」
安心したようでよかったわ。
いや、よくないわよ。私は怒っているのよ。
「ああ、怪我はしていないのね……え?」
穴のすぐ向こうからお母様とエメラインが顔を覗かせて、こちら側の様子を見て慌てて引っ込んだ。
「なんでみんないるの?」
「お母様、会議室と繋がっているんですわ」
穴の向こうにいても、小声で話さないとこちら側に丸聞こえよ?
「コリンナももう領地にいるのか!? いったいどうして急に」
「アメリア、本当にもう王都には戻らないつもりなの?」
一度に質問をされても答えられないでしょう。
これはこのままだと収拾がつかないわね。
「ちょっと待ってくださいね」
笑顔で答えながらお父様の腕を離し、私だけが穴の向こうに避難する。
いざとなったら穴を塞いで逃げられるようにしておかなくては。
これでやっと落ち着いて話ができるわ。
「実は領地で生活することは前から考えてはいたんです。父は魔法に関しては天才ですが、事務処理能力は皆無ですし常識に疎いところがありまして」
「それはそうだね」
コンラッドおじ様も苦労させられているのか、気持ちを込めて同意してくれた。
「領地経営も屋敷も放置されていましたので、父も私も仕事を辞めたこの機会に、領地の整備に取り組むことにしたんです」
「もう王都には戻らないということか?」
コンラッドおじ様を押しのけて身を乗り出してきたアーチの、必死な表情を見ていられなくて目をそらした。
「はい。こちらが落ち着くまで、おそらく五年ほどは王都にはいかないと思います」
「アメリア!」
「落ち着いてくれ。まずは話を聞こうじゃないか」
「誰にも何も言わず行ってしまうのはひどいだろう」
押しのけられたコンラッドおじ様が、乱れた服を整えながらアーチの肩に手を置いたけど、アーチは振り返りもしない。
「ふむ。確かに家族のように親しくしている我らに一言もなく、領地に帰ってしまうというのは水臭いな」
この声は国王陛下よね。
私を王宮魔道士にしておいて、今まで公式行事以外で会話をしたこともないくせになにを言っているのかしら。
「公爵家が領地に帰るのに陛下の許可が必要だとは知りませんでしたわ」
「いや、そうではなく……」
「アメリア嬢が中心になって領地の活性化をするのかい? 何か考えがあるのかね」
まあ、オファレル公爵が陛下の声を遮ったわ。
セレストとの関係が改善されたからか、あまり話したことのないオファレル公爵にも、少しだけ親近感を感じられる。
「そうですね。みなさんが心配してくださっているようですので、私の計画を少しお話しましょうか。特に陛下にはぜひ相談に乗っていただきたいですわ」
「ほお?」
私とオファレル公爵の態度にむっとしていた陛下も、興味のほうが勝ったらしくて身を乗り出した。
国王陛下は貴族らしい細面の整った顔をしていて、王妃様似のアーチや第二王子のトラヴァス殿下とは瞳の色以外はまるで似ていない。
唯一、ロザリンド王女だけが陛下に似ているので、彼女を溺愛しているのよね。
「私、ダンジョン運営をしようと思っておりますの」
「……は?」
もっと大騒ぎになるかと思ったけど、穴の向こうもこちら側もしんと静まり返った。
その中でエメラインの間の抜けた声だけが、やたらはっきりと耳に届いたわ。
「ダンジョン運営?」
お父様も初めて聞くのよね。
今まではただの妄想だったので誰にも話したことはないの。
「おそらく我が国の貴族たちは七年前のスタンピードの記憶が強すぎて、ダンジョンを作って運営すると言い出せなくなっているんだと思います。でも、もったいなくないですか? 他国のダンジョン攻略を毎回手伝っているのに、我々は高い税金を払わなくては素材や魔石を手に入れられないんですよ?」
「それは確かにそうだな」
陛下が頷いてくれたということは、やはり問題になってはいたのね。
「最初にダンジョン運営を手掛けるのに、コールリッジほど向いている貴族はいません。スタンピードのこわさをよく知り、他国に魔道士や騎士を何回も派遣し、ダンジョンに関しては他の誰より詳しい人間が揃っています。それに隣国で活躍している冒険者の意見も聞くことが出来ます」
「ヒューを呼ぶのね!」
ローズおば様が嬉しそうに声をあげた。
「はい。彼に協力してもらいます」
「素敵!」
そのまま勢いよく私に飛びついてきたローズおば様は、私に抱き着きながら穴を通ってこちら側に移動し、ちゃっかり私の背後に身を隠した。
「私もアメリアを手伝うことにするわ。領地にもひさしぶりに帰りたいし、こっちで暮らします!」
「ローズ!? だったら私だって領地に帰るよ。きみがいないのに王都に残るわけがないだろう」
え? 切れ者の宰相と言われるコンラッドおじ様まで何を言っているの?
「ダンジョンか。それは俺も行かないといけないな。陛下、近衛騎士団長は今日限り引退させてもらいます」
「ダンおじ様!?」
「待て! おまえたちは何を言っているんだ!」
嘘でしょう?
どうしてこうなった。
「よし、ちょっとそこをどいてくれ。穴が小さい」
「ダン、先に私が行く。きみは大きすぎるんだ」
「うちの領地に行くのに、私をあと回しにしようとするなよ」
これが英雄と呼ばれているおじさんたちのやること?
なんでそうフリーダムなの。
「駄目です。おじ様たちもお父様もこちらに来ないでください」
両手を横に広げて穴を塞いで立つ。
この状態の時のおじ様たちを相手にできるのは、私とエメラインだけなのよ。
ローズおば様とお母様が本気で怒ると、男性陣は子供たちも含めて何も言い返せなくなるんだけど、さすがにここでお母様が本気のお怒りモードになっては英雄の立場がなくなってしまうわ。
「宰相や近衛騎士団長が突然辞めるなんて責任感がなさすぎます」
「しかしな」
「ローズが……」
お父様だけはもう仕事を辞めているし、一緒に領地に帰る気だったと私が言ったので、余裕の表情でおじ様たちを見ている。
アーチはさっきから険しい顔で黙ったままだ。
「引継ぎをちゃんとしてください。残された部下が困らないように残務処理を終えてから来てください」
「……あ、なるほど。そういう話か」
「それはまあしかたないな」
だって、そこまでこちらの生活に興味を持ってしまっては止められないでしょう。
コンラッドおじ様にローズおば様と離れて王都で暮らせなんて私には言えないし、最近は貴族たちが英雄に頼りすぎていると、おじ様たちが嘆いていたのも聞いていたしね。
それにおじ様たちがあっさり領地に帰るなんて言えるのは、それだけこの国が平和だってことでしょう?
平和すぎて、魔力処理施設の重要性を忘れている人もいたわね。
「お父様も、今朝言った通り書類を全て持ち帰ってくださいね。こちらで処理しますから」
「わかっているよ」
「当分は私と事務処理をする生活になりますからね」
「……はい」
逃がさないですからね。
公爵になってからいただいた領地に、一度も顔を出していないまま七年間ですよ?
それぞれの地域の責任者がしっかりしている方々だからって、甘えてはいけません。
「では、これ以上は会議の邪魔になりますので、これで失礼させていただきます」
「アメリア」
一礼して空間を閉じてもらおうと思ったのに、よりによって陛下が声をかけてきた。
「王宮魔道士部隊は一度解散して再結成する。そこで役職に就いて働いてみる気はないか?」
まだ私を縛り付けておく気なの?
いったいどうして?
「陛下、やめていただけませんか」
お父様が穴を塞ぐように私の前に立った。
「娘がどんな目に合っていたか、先程陛下もご覧になったでしょう。それなのにまだ王宮で働けとおっしゃるのですか?」
「さすがにそれは私も承諾いたしかねます。そもそも王宮魔道士部隊を存続させる意味があるのかも考え直す必要があるのではありませんか?」
コンラッドおじ様、ありがとう。
もう王宮には戻りたくないの。
領地で、自由に、仲間たちと過ごしたいわ。
「アメリアは領地でダンジョン運営をすると言っているではないですか。むしろ今までの彼女の苦労を考えたら、援助するくらいの言葉をかけてくださるかと思っていましたよ」
ダンおじ様がここまで言うのは珍しいわ。
近衛騎士団長として陛下の傍にいる時間が一番多い人だから、陛下も大変なんだと庇うことも多かったのよ。
「おまえたちの気持ちもわかるが……」
「おやめになってくださいな」
扇で口元を隠しながら、横目で陛下を睨む王妃様がこわいです。
これはかなり怒っていらっしゃいます。
「アメリアはコールリッジ公爵家の跡取りなのですから、この機会に英雄たちに領地経営を学び、地方の活性化に勤めてもらうべきですわ。それとも王宮に留めておかなくてはいけない理由がおありですの?」
「い、いや」
「ではもうこの話は終わりにしましょう」
王妃様ともあまりお会いしたことがなくて、お母様やローズおば様のお話から強い女性だというのは聞いていたのだけど、話す口調はあくまでやわらかく表情も優しい笑顔なのに、この迫力はなんなんでしょう。
さすがアーチを生んだお方。
「アメリア、今までご苦労様でした。あら、コリンナ。会えて嬉しいわ」
はっとして振り返ったら、お母様がすぐ隣まで来てカーテシーをしていた。
「ご無沙汰しております。娘へのお言葉、ありがとうございます」
「やあね。あなたと私の仲じゃない。次はコールリッジの領地でお茶会をしましょう。転移で行けば一瞬でしょう。私の護衛にも魔道士がいるのよ」
「では屋敷の整理がつきましたら、ぜひご招待させていただきますわ」
もしかして国王陛下って王妃様に弱い?
この国の男性陣は奥さんに弱い人が多いのかしら。
お父様もコンラッドおじ様もそうだし、ダンおじ様なんて奥様が病気で亡くなってしまった時にはやつれてしまって、部屋に閉じこもりがちになってしまったのよ。
私の周りはそれだけ愛情深い素敵な男性ばかりだってことなのよね。




