私、領地に帰ります 2
ここからはもう転移で一瞬よ。
馬が驚くかもしれないけど、馬車も御者も護衛の馬たちも全部まとめて転移しちゃいましょう。
「さあ、帰りましょう。忙しくなるわよ」
「忙しい?」
不思議そうな顔をしている護衛たちを連れて、いったん馬車を待たせている場所まで歩いてから屋敷の玄関前に転移した。
騎士が傍にいたからか、転移したことに気付いていないのか、馬は全く問題なかったわ。
むしろ初めて転移した御者のほうが慌てていた。
普段から使用人を驚かせてしまうし出迎えが出来ないので、連絡なく屋敷の中に直接転移で帰ってくるのは駄目だって言われている。
それに今日は馬車や馬もいたので、玄関ホールに転移なんてしてお母様を怒らせたくはないので、きちんと玄関前の馬車寄せに転移して、身だしなみを整えてから隊列を整えて玄関の前に立った。
私としては娘に甘いお父様よりお母様に怒られるほうが怖いんですもの。
「アメリアお嬢様がお帰りです」
先にグレンが声をかけながら玄関の扉を開け、中に視線を向けてゆっくり五まで数えるほどの時間の後、扉を閉めて振り返った。
真面目そうな顔をしているつもりかもしれないけど、目が楽しそう。口角があがっているわよ。
「シンディー、おまえそっちを開けろ。タイミングを合わせろよ」
「? わかった」
シンディーが両開きの扉のもう一方に立つのを待ち、グレンはかちりと少しだけ扉を開け、
「アメリアお嬢様がお帰りです!」
先程より声を張って言いながら、シンディーと目配せして同時に扉を開けた。
「「「おかえりなさいませ」」」
「う?」
広い玄関ホールに、ずらりと使用人たちが左右に並び、頭を下げて出迎えをしてくれていた。
「ど、どうしたの?」
お父様が帰ってくる時でさえ、こんなに大勢の人が出迎えることなんてないでしょう?
嬉しいけども、驚きのほうが大きいわ。
「おかえりなさい」
「お姉様、何をしてるの?」
使用人たちが並ぶ先に、お母様とエメラインが笑顔で待っていた。
そうか。これはエメラインのせいなのね。
いったい何を考えているのよ。
「お疲れ様。ようやく王宮魔道士を辞められたんですもの。お祝いしなくては」
「おめでとう、お姉様。これで自由よ!」
大袈裟ねえ。
仕事なんてほとんどなかったんだから、前から割と自由だったわよ?
でもお母様たちの元に向かう間、左右から、
「お疲れさまでした」
「よかったですね」
と、声をかけられてくすぐったいような嬉しい気持ちが強くなって、自然と笑顔を返していた。
「ただいま」
「エメラインに何があったのか聞いたわ。本当に許せない」
ああ、それもあったから私を元気づけようとしてくれたのね。
「もうね、そんなこと気にしていないわ。ここにいるみんなは、ちゃんとわかってくれているもの。それに私決めたの」
「え?」
不思議そうなお母様とエメラインを笑顔で見返し、はっと気付いてまわりをぐるっと見回した。
「みんなが集まってくれているんだからちょうどいいわ。あなたたちも聞いてちょうだい」
まだ玄関に立ったままの護衛にも声をかけ、
「私、領地に帰ることにしました! 出来るだけ早く引っ越します!」
得意げに大きな声で宣言した。
「え? どういうこと?」
「まあ……まあ!」
戸惑うお母様と目を輝かすエメラインの反応の違いがおかしくて、つい笑ってしまった。
そうよね。あまりに急な話だもんね。使用人たちも護衛たちも突然の宣言に驚いてしまっている。
でも気まぐれではないのよ。
「前から気にはなっていたんです。お父様は事務能力が皆無ですから、きっと向こうの人達にまかせっきりになっているでしょう? それを知っていながら七年も領地に帰らないなんて、次期公爵としては失格です。もう王宮に通う必要はないのですから、私は今後は領地で生活します」
「それは……確かにそうね」
お母様にとっては私の話はよほど衝撃だったらしくて、口に手を当て眉尻を下げて私をしばらく見つめてから、ゆっくりと私に近付いてきた。
「アメリア、実はあの人、全く領地に顔を出していないの」
「…………え?」
「報告は受けているはずなんだけどまかせっきりで、領地が今、どんな様子かきちんとは把握していないのではないかしら」
な、なんですって!?
そこまでいい加減なことをしているなんて思いもしなかったわ。
「そうなの!?」
エメラインなんて私とお母様の両方に驚かされて、ボールを追いかける猫のように視線がふたりの間で行ったり来たりしてしまっているわ。
「ごめんなさい。本当は女主人の私がするべき仕事なのでしょうけど」
「いいえ。領地経営は当主の仕事です。お父様が悪いです」
「でも、屋敷や使用人の管理は私の仕事よ。それなのに、あの屋敷に帰るのがこわくて、七年前の夜の恐怖を思い出しそうで、一度も帰らないままにしてしまったの。残ってくれている使用人たちだって、あの時に共にこわい思いをした人達なのに」
それは私も同じだわ。
帰ろうと思えば転移魔法を使って一瞬で帰れるのに、私が口を出すことではないと理由をつけて、今までずっと気付かない振りをしてきた。
「お母様、今までのことを謝るためにも、領地を立て直すためにも、私は帰ります。私の護衛の……」
「私も! 私も帰る!」
エメラインが右手をピシッと上にあげて叫んだ。
「そのほうが絶対に楽しいわ。あんな王宮のくだらない社交界には飽き飽きしていたの! それに、お姉様のそんな楽しそうな顔をひさしぶりに見たわ」
楽しそう? 私が?
「そう?」
でもそうかもしれない。
もう嫌なことを言われても、仕方ないって聞き流して仕事をしなくていいんだわ。
わかってくれる人がいるから、出来損ないなのは本当だから、どうでもいい人達に何を言われても気にしないなんて強がっていたけど、実はけっこう傷ついていたのかもしれない。
それに気付かないくらいに心が麻痺していたのかも。
「そうね。どうでもいい貴族たちのために働くより、領民の生活を豊かにするために働きたいわ。向こうにも騎士団と魔道団のメンバーが交代で行ってくれているから、治安はいいのよね?」
振り返って尋ねたら、護衛たちがすぐに力強く頷いてくれた。
「我々は兵舎や訓練場にしか出入りしないので屋敷内のことはわかりませんが、少なくとも庭は綺麗に整備されていますし、見かける使用人たちも明るい顔をしていましたよ」
「ただ七年前に魔獣に破壊された部分が綺麗になっているだけで、他は古い屋敷のままですし、こちらの屋敷に比べてだいぶ小さいです」
騎士たちは私の護衛につく仕事がほとんどなかった分、交代で領地の治安維持にも行ってくれていたのよね。
情報を持っている人がいるのだから、積極的に話を聞いておくべきだったわ。
次期公爵になるなんて言っておいて、本当に私は駄目ね。何もかも中途半端だ。
「あちらの屋敷は伯爵だった頃のままだから、こちらに比べれば確かに小さいでしょうね。増築するか新しく屋敷を建てるか。兵舎だって使用人の住居だって増やさなくてはいけないし、早めに実際に見に行きたいわ」
「当然我々もついて行きますよ」
「私も! アメリア様は領地を歩き回るでしょうから、護衛が必要な場面も増えるでしょう」
グレンとシンディーの存在は本当にありがたい。
こんな情けない私のために、いつも率先して動いてくれる。
彼らだけじゃなく、私を信じてくれる人たちのためにも、領地を豊かにしなくては。
「ありがとう」
話をしているうちに、どんどん楽しくなってきた。
自分でやることを決めて自分で動けるって、素敵だわ。
「アメリア、あなた本当に平気なの? 無理をしていない?」
護衛たちと話す私の腕にそっと手を添えて、お母様が尋ねてきた。
お母様にとって私は大事な娘だから、その私が暗殺者とはいえ人間と戦って殺さなくてはいけなかったことへの申し訳なさが、襲われた恐怖よりも大きかったと聞いたことがある。
本当なら母親の私が守るべきなのに、娘や他の英雄の子供たちを戦わせてしまった。
自分は恐怖で何も出来なかったことが今でも心に残っていて、しかも私は国王命令で王宮魔道士にならなくてはいけなくなって、なんで国を守るために夫が戦ったのに、娘がこんな目に合わなくてはいけないんだと、それが悲しくて悔しいって言っていた。
「無理なんてしていませんよ。私、わくわくしているんです。七年前のことだってもうなんともありません。だって今はもう、あの時よりずっと強くなっているんですから。それに頼りになる騎士団と魔道団がいるじゃないですか」
お父様みたいには戦えなくても、私には私の戦い方があるわ。
お母様は信じていないみたいだけど、七年前だって私たちは一方的に敵をやっつけちゃったのよ。
「これからは私が領地を守っていきます」
「……そうね、だったら私も行くわ」
「え? お母様こそ無理をしないで」
「いいえ。領地に残してきた人たちに謝るのは私の仕事よ。屋敷のことも使用人のことも、私に責任があるわ。私も引っ越す準備をしなくちゃ」
「お母様も向こうに住むんですか!?」
ということは、お父様も引っ越すわよね。
私だけ領地に住むことになると考えていたのに、家族全員で引っ越すことになりそうだわ。
そうなると移動する使用人の数も荷物もかなりの量になりそう。
もういっそのこと、部屋の家具ごと転移してしまおうかな。
「ふたりともちょっと待って。あまりに急なことで追いついてこられない人がたくさんいるわよ」
エメラインに言われて気付いた。
使用人たちが突然引っ越すと言われて不安そうな顔になってしまっている。
「今日はお姉様が王宮魔道士部隊を辞めたお祝いをしようって、ご馳走を作ってもらっていたの」
「まあ、そうなの? だったら夕食までにはこちらに戻ってくるわ。お父様とも話をしなくてはいけないし、みんなだって考える時間が必要でしょう。心配しないで。いろんな働き方が出来るようにするから」
王都に残りたい人だってたくさんいるでしょう。
家族がこちらに仕事を持っている人もいるはず。
全員の事情に合わせて、今後のことを考えるのも私やお母様の仕事よ。
「護衛のみんなはそれぞれのチームから、すぐに動ける人間を何人か連れてきて。特に転移魔法が得意な魔道士が必要だわ。執事長と侍女長は一足早くあちらに行って、私とお母様とエメラインが行くことを知らせて。突然、これからそっちで生活するなんて言ったら慌ててしまうでしょう」
公爵家ごと引っ越すとなると、普通は移動だけでもかなりの日数が必要だけど、私もお父様も転移魔法は得意だから大丈夫よ。
たぶんお父様なら建物ごと転移することだって出来るでしょう。
……それは、ちょっと見たい気がするわね。




