出来損ない王宮魔道士 1
晴れ渡った青い空、色づいた木々の葉を揺らす心地良い風、一年中温暖な気候のラフィアット王国でも秋のこの時期が私は一番好きだ。
「それでは今日もよろしくお願いしますね」
侍女の制服を着た品のいい初老の女性の笑顔に、私も控えめに笑顔を返した。
「王宮筆頭侍女様にわざわざ御足労いただくなんて、たいへんありがたいことです」
「とんでもありません。王宮の建物をこれほどに美しく保っていられるのは、コールリッジ王宮魔道士の力があってこそなのです。これらの建物の維持管理は、本来なら大変な労力が必要ですからね」
本当にね。いったい誰がこんな宮殿を建てようと考えたのか、そしてどうして許可を出したのか、ぜひとも説明していただきたいものだわ。
今日私が外壁の清掃をまかされているのは、ラフィアット王国の栄華の象徴として国民に愛されている水晶宮よ。
王宮の正門に続く大通りを進むと、真正面に姿を現すのがこの建物なの。
白い尖塔と装飾のアメジストの輝きが美しく、優美な姿を遠目からでも眺めようと街の高台が観光名所になるほど有名なのだけど、その美しさを保つのがどれだけ大変なことか。
そもそも、風雨にさらされる外壁やテラスの欄干の飾りに、アメジストを使用するなんて間違っているでしょう。
アメジストって紫水晶よ?
美しく磨き上げて、アクセサリーやインテリアに使われるべきものではないの?
「コールリッジ王宮魔道士? 何か問題でも?」
「あ、いえ、風が心地よくて、お掃除をするのにちょうどいい天候でよかったと考えておりました」
「そうですね。晴れてよかったです」
でもこのいかれた建物があるおかげで、お仕事を与えられ、生きていられる人たちもいるのだし、私も思い切り魔法が使える機会を与えてもらっているのだから、文句を言ってはいけないわ。
ここは心から感謝をしつつ、用意した魔法陣を思う存分使わせていただきましょう。
「いちおう魔力回復ポーションを用意していますので、必要でしたらおっしゃってください」
「ありがとうございます」
王宮修繕管理部門のディクソン部長もいらしているのは、きちんと作業が済んだのか確認する必要があるのでしょう。
前回、黒曜宮の清掃に当たった王宮魔道士が、雑な仕事をしたと問題になっているそうなので、見張っているのかもしれない。
かまいませんとも。
生活魔法に関してだけは、私もいっぱしの働きが出来るのですよ。
「では、始めます」
「お願いします」
答えながら王宮筆頭侍女は、豪華な装飾のついたベルを顔の高さにかざし、チリンチリンと鳴らした。
透き通った小さな音なのに、すぐに王宮の全ての窓に人影が現れ、開いていた窓が閉じられていく。
あのベルを鳴らすと、部屋に置かれているベルが呼応して鳴る魔道具なのだそうだ。
「全ての窓が閉じられたか確認をお願いします」
「はい」
王宮筆頭侍女の指示に応えて、控えていた侍従と侍女が建物を見上げて確認をしていく。
以前、窓が開いたままなのに気付かずに魔法を使用したところ、重要な書類が白紙になってしまったという事件があったためだ。
さて、私も自分の仕事をするために建物の正面広場に移動しましょう。
水晶宮正門側には、出入口へのアプローチになっている広い円形の広場があるので、そこでいつも魔法陣を展開することにしている。
水晶宮は我が国を代表する建築物なのだから、いつも完璧な状態で美しく保たなくてはいけない。
他にも王宮には、後宮に当たる黒曜宮や王子や王女が生活する瀟洒な建物が広大な敷地に点在しているため、毎日王宮のどこかで魔法による清掃が行われているのよ。
「確認が終わりました。お願いします」
「了解しました」
掃除の間は正門が閉じられ誰も中に出入りできなくなるため、手早く作業を終わらせなくてはいけない。
空中に手を伸ばして収納魔法で作った空間から、おもむろに黒いバインダーを取り出す。
魔法ごとに分類した魔法陣を収めたバインダーを、私は日頃から多数持ち歩いている。
これがあるおかげで魔法陣を正確に描く作業を省いて、一度に多くの魔法を使用することができるのよ。
視線で魔法陣を展開する場所を指定し、バインダーから取り出した紙を一枚ずつ空中に放り投げていく。
風が吹いていないのにふわりと空に舞った紙は指定した場所に移動し、溶けるように消えて、光る線で描かれた魔法陣だけが次々に浮かび上がった。
「サーチ」
まずは破損個所を確認しなくては。
先日の強風のせいで屋根や尖塔の装飾にいくつか破損があるようだわ。
見つけた場所にはあるべき形に復元する魔法を展開しつつ、同時にクリーンの魔法で掃除もしてしまいましょう。
手を休めることなく次々と紙を放り投げるという、一見簡単そうな作業を二十回ほど繰り返してから、私はうっとり空を見上げた。
「いつ見ても美しいわ」
陽の光を受けて虹色に輝く魔法陣は、お父様と協力していっさいの無駄を省き、最大限に魔法の効果を高めた独自のものよ。
とはいえ元になっているのは、何世代もの魔道士たちが研究を重ねて作り上げた英知の結晶なのだから、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
ああ、青空に映えてなんて美しい。
「コールリッジ王宮魔道士?」
「ああ、お待たせしてすみません」
王宮筆頭侍女はとても素敵な方なのだけど、この美しさを分かち合うことが出来ないのが残念だ。
「発動」
全ての魔法陣をいっせいに発動させると、一気に体内の魔力が吸い取られていく。
うん。でもだいたい予想通りの減少量だ。これなら問題はない。
魔法陣は派手だけど、発動した魔法のほうはかなり地味だ。
建物が光に包まれるわけでもなく、効果音が流れるわけでもない。
ただ瞬き一回ほどの時間で、白い壁の傷はもちろん黒ずみひとつなくなり、細かい装飾のひとつひとつが磨き上げられたかのように新築当時の姿に戻り、アメジストが本来の輝きを取り戻す。
同時に修復も行ったので、屋根や彫刻の欠けていた部分も元通りになっている。
「終わりました」
「いつも通りお見事です」
「話には聞いておりましたが……本当にこの巨大な建物の正面側を一度で綺麗に出来るのですね」
どうやら満足してもらえたようでほっとしたわ。
生活魔法だけは得意だと公言しているのだから、ここで失敗するわけにはいかないもの。
「ご覧ください。はがれかけていた屋根も欠けていた彫刻も直っています」
母やローズおば様と古い付き合いの王宮筆頭侍女は、私が掃除担当の時は毎回様子を見にきてくれる。
彼女もディクソン部長も、王宮の建物群の保守管理をお仕事にしているだけあって、地味な魔法であってもしっかりと役目をこなしていることを、見落としたりしないのがありがたいわ。
「素晴らしい。この短時間で掃除だけではなく修復まで……。クリーンと修復の魔法を同時に魔法陣の数だけ発動したのですか?」
ディクソン部長は魔法にも詳しいのかもしれない。
ここまで興味を持たれたのは初めてよ。
「いえ、同時ではなくて順に魔法を発動しております。まずはサーチで破損個所を見つけ、そこに修復魔法をかけつつクリーンで清掃を行いました。生活魔法は得意ですし、魔力量だけは父にも呆れられるくらいに多いのです」
「サーチは生活魔法では……」
「また派手に魔法陣を並べているのかよ」
ディクソン部長の言葉を遮るように、敵意をむき出しにした声が聞こえてきた。
「大変な仕事をしていますってアピールか?」
「やめてやれよ。あいつは魔法陣がないと魔法を使えないらしいぜ」
離れた場所で立ち止まり大きな声で話しているのは、私と同じ制服を着た三人の王宮魔道士たちだ。
「まあ。あなたがたは魔法陣を使用しないで清掃をしているんですか? すごいわ!」
さすがは一流揃いと言われる王宮魔道士。
英雄たちに、まあそれなりにできているよ、としか言ってもらえない私とは違うのね。
なぜか避けられてしまうことが多いので、この機会に質問させていただきましょう。
「魔法は発動した場所から遠くなるほど威力が落ちるでしょう? これだけの広さだと、魔法を複数発動しないと効果にムラが出来てしまうので、魔法陣で発動箇所を指定しているのですけど、そのあたりをみなさんはどうしているのでしょう」
同じ魔法を、発動箇所を変えて複数同時に発動するのに、魔法陣以外にも方法があるのならぜひともマスターしなくては。
何か特別な詠唱でもあるのでしょうか。
「え……いや」
「なんで複数同時にやる必要があるんだよ」
「ええ!? 一回の魔法でこんな広大な範囲を清掃できるんですか!? なんてすごい範囲魔法なの!?」
子供の頃とは違い、今では生活魔法は二流の魔法だと言われているのは知っているし、魔法陣も一般の魔道士からは邪道扱いをされている。
でも、そんなことはまったくかまわないの。
私は少しだけ、そうほんの少しだけ舌ったらずなので、古い言語を使用する魔法詠唱を正確に発音するのが苦手なので、魔法陣がなくてはまともに魔法の使えない魔道士で、生活魔法しか得意ではないのは事実だもの。
七年前の襲撃を受けて強く図太くなった私は、弱いということを受け入れたうえで、自分なりのやり方で工夫して大事な人たちを守るって決めているの。




