王宮の実態 2
建物がない以外は、王宮内の他の場所とそれほど大きな変化はない。
ただ貯水池と間違われるほどに広範囲で四角く地面を掘り下げ、水が溜められている。
木々が赤く色づいている周りの風景は美しいのに、風が吹くたびに水の色が変化する様子や水底に大きな魔法陣が描かれているのが、異様な雰囲気を醸し出していた。
「これはひどい」
「なんなのこの魔力量は? いったい何か月放置したらこうなるの?」
グレンとシンディーの反応を見て、これはまずいと王宮魔道士たちも理解したようだ。
いつのまにかふたり仲良く寄り添っているのは、無意識に身を守ろうとしているためでしょうね。
騎士たちが無意識に鼻と口を手で覆っているのも、空気に毒素が含まれているかもしれないと本能が感じているからだ。
結界を張ったから問題はないけど、魔力の弱い人は強い魔力に長時間晒されると体調を崩してしまうから、ここにいるのは危険ではあるのよ。
「これってなんなんだ?」
「説明を受けなかったの?」
「受けてない。こんな場所があるってことだって、今日初めて知ったん……です」
なんてこと。
じゃあ、他の魔道士も説明を受けていなくて、ただ貯水池の水を浄化して任務を終えた気になっていたんじゃない?
だからこんなに魔力が溜まっているのよ。
「グレン」
「はい」
「これを持って」
コールリッジ公爵家の紋章のはいったブローチを渡す。
「コンラッドおじ様の執務室に行ったことあるわよね」
「あります」
「非常時だから転移して、アメリアが大至急来てくれと頼んでいる。魔力処理施設がまずいことになっていると報告して、おじ様を連れてきて」
「了解」
必要なことだけ簡潔に言って転移したグレンを、若いふたりの魔道士はなぜか目を輝かせて見ていた。
もしかして、ああいうのって男の子からは格好良く見えたりするの?
「あの、ここは魔力処理施設? って場所なんですか?」
私も格好良く見えたのかもしれない。
すっかり態度が変わって、尻尾がぶんぶん振られているのが見えそうな様子だ。
「そうよ。王宮も王都も大勢の人間が暮らしているから、地中に魔力が溜まりやすいでしょ? 放置しておいたら王都の地下にダンジョンが出来てしまうわ」
入り口が王宮内に出来てごらんなさい。
大惨事よ。
「だから定期的に集めた魔力を消費しなくてはいけないのに、ただ浄化だけして仕事を完了したと報告していたんでしょう。それでこんなに魔力が溜まってしまっているの」
「水から魔力が漏れ出て大気にも溜まっているってことは、もしかすると年単位で処理していないかもしれませんよ」
シンディーの指摘に無言で頷く。
王宮魔道士って、選び抜かれた優秀な魔道士の集団じゃなかったの?
掃除なんてやりたくないと文句を言うのはわかるけど、この仕事は魔道士にしか出来ない重要な仕事でしょう?
それにどう見てもただの貯水池ではないじゃない。
これだけの魔力量を魔道士が感じないわけがないのだから、わかっていて気付かない振りで逃げていたんでしょ。
それで今回は、新人に仕事を押し付けたのね。
「ここのことを知らないのは、俺たちだけではないと思います。入団した時にも説明されませんでしたし、先輩方が話題にしているのも聞いたことがありません」
「そうだよな。なんで貯水池なんてあるんだろうって不思議に思っていたんです。あの、ここの魔力はどうやって処理すればいいんですか?」
はあ? そんなこともわからないの?
「魔法陣を使用するに決まっているでしょう? 魔法陣なら周囲の魔力を使用して発動するように指定できるのよ」
「そうなんですか!? 俺は魔法陣を使ったことがないんです」
「俺も基礎的なことしか知らなくて」
眩暈がしてきたわ。
この国の魔道士教育はどうなっているの?
我が国は、他国より魔道士が多い国として有名なのに、中身はこれ?
「あの、もうひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。コンラッドおじ様というのは……」
「コンラッド・タイラー公爵。宰相よ」
「…………へ?」
何を驚いているのよ。
下手な横やりが入る前に、この状況を首脳陣に見せたほうが話が早いじゃない。
特にコンラッドおじ様はこの国を動かす中心人物なのだから、すぐに陛下にも報告できるでしょう?
「お、おい、俺たち大丈夫なのか?」
「さ、さあ」
「今更慌てないでちょうだい。何も知らないあなたたちに責任を取れなんて言わないわよ」
それよりこれ、どうしましょう。
もう王宮魔道士を辞める私が処理すると、面倒なことになるわよね?
王宮魔道士部隊上層部を処分するのなら、多くの人にこの状況を確認してもらったほうがいいでしょうし、地方に追いやられていた中堅層の魔道士が帰ってくるのだから、処理出来る人はいるはずだわ。
「アメリア、どうし……なんだこれは」
グレンに連れられて転移してきたコンラッドおじ様は、周囲の魔力の高さに気付いて眉を寄せた。
コンラッドおじ様は風の魔法の使い手なので大丈夫だろうけど、一緒に転移してきたふたりの側近は心配だわ。
念のためにコンラッドおじ様とおじ様の側近たちにも魔法防御の魔法をかけましょう。
「彼らが、ここの様子がおかしいと教えてくれたんです」
ふたりの王宮魔道士を手で示した。
「先輩に仕事を押し付けられてここに来て、こういう場所があることを初めて知ったそうです。ここがどんな場所なのか説明されたこともなくて、浄化をすればいいとだけ言われていたんだそうですよ」
「つまり王宮魔道士は、ここをただ浄化してあとは放置していたと」
「そういうことですね」
コンラッドおじ様は軍師として有名だけど、優秀なアーチャーでもあるの。
とても宰相には見えない爽やかな笑顔の持ち主でありながら、冷徹に物事を判断し処理する能力に長けている人なのよ。
昨日のお茶会で話題になっていたマシューのお父様ね。
「すまないが魔道士をひとり借りてもいいだろうか。すぐに対応しないとまずいからね。また転移で戻らなくては」
お疲れみたいね。
首の後ろを揉みながら、深いため息をついている。
「わかりました。グレンよろしくね。私は王宮魔道士部隊の建物かその近くにいるわ。おじ様、このふたりが知らせてくれなかったら、このまま誰も気付かずにダンジョンが生まれていたかもしれません。彼らが上官に責任を押し付けられないように守ってあげてください」
「そうだね。きみたちがどういう説明を受けていたか話を聞きたい。一緒に来てくれないか」
「は、はい」
「わかりました」
緊張して直立不動になっている様子を見ると、ふたりはやっぱりまだ新人なんでしょう。
擦れてしまう前に泥沼から救出してもらえそうでよかった。
きっとご家族は息子が王宮魔道士になって喜んでいらっしゃるのでしょうけど、私が思っていた以上に、あの組織はもう終わっていたのね。
「ではここのことはよろしくお願いします。私は用事がありますので失礼させていただきます」
「王宮魔道士を辞めるんだそうだな」
「はい」
「やめてどうするんだい?」
「いろいろと考え中ですわ。決まりましたらお知らせしますね」
辞表を出しに来ただけなのに、とんでもないことに巻き込まれてしまったわ。
コンラッドおじ様にあとはよろしくと声をかけて、私たちは先程の広場に転移で戻った。
「王宮魔道士部隊の建物に戻りましょうか」
王宮内って、本来は訓練施設以外では魔法を使用してはいけないのよ。
非常時は問題ないので、先程グレンが転移でコンラッドおじ様を迎えに行ったのは大丈夫だけど、普段は便利だからって勝手に使うわけにはいかない。
ただし私は、王命で王宮魔道士部隊に入隊させられた経緯があるし、お父様が王宮防御魔法結界を構築する際に、自分と私の魔法だけは引っかからないようにしたせいで、こうして使えてしまっているわけなの。
けっして娘だけ特別扱いしたわけではないのよ。
三か月ごとに正常に結界が機能しているかどうかの確認を、ふたりで行っているからなの。
魔法を構築するのは大好きで天才的な才能があっても、あのずぼらなお父様に定期点検させて維持させるというのは至難の業よ。
私以外にそんなことをさせられる人間はいないわ。
だから陛下も私が魔法を使うことを大目に見るしかないの。
ああ、生活魔法は王宮に攻撃を仕掛けているわけではないから反応しないのよ。
転移魔法は記録に残るし、特定の場所に転移しようとした場合、地下牢に直行するようになっている。
なかなかよく出来ているでしょ。
それでも今までは変な噂にならないように魔法を使わないようにしてきたんだけど、もういいんじゃない? なんとでも言いなさいよって気分になってきたわ。
「もうめんどうだから王宮魔道士部隊にも転移で移動しちゃおうかな」
「歩かないと太りますよ」
「シンディーが?」
私は毎朝訓練しているから大丈夫よ。
「あなたたちは転移酔いしていない?」
自分で転移できる魔道士は平気だけど、普通の人は慣れない転移を繰り返すと気分が悪くなることがあるのよ。
でも騎士たちはむしろ元気そうだ。
「問題ありません。やはりお嬢様の護衛はやりがいがありますね」
「王宮内にあんな場所があるのは知りませんでした」
護衛の仕事を楽しんでいない?
観光のために連れてきたのではないのよ。
「アメリア様!」
遠くで誰かが私を呼んでいる気がする。
今までは王宮で私に話しかけてくる人なんていなかったのに、なんなの今日は。
「また何かあったようですね」
「楽しそうね」
「とんでもありません」
そう言いながらも騎士たちの目が輝いている。
私の護衛チームに配属されたのに、今までほとんど仕事がなかったから、やっと仕事ができる! って心境なのかもしれない。
……いいわ。これからはこき使ってあげるわ。
でも今はそれより目の前のことを処理しなくては。
また厄介事じゃないでしょうね。
無視して逃げちゃ駄目かな。




