王宮の実態 1
翌日も晴天。
雲がないせいか空の青がいつもより濃く見える気持ちのいい朝だった。
辞表を提出し、新しい生活を始める日にふさわしい天候かもしれないわ。
「え? 騎士もいるの?」
支度を終えて玄関を出たら、王宮に向かうために用意された馬車の前に、グレンとシンディーと一緒にコールリッジ公爵騎士団の制服を着た騎士がふたり、しっかりと武器を携帯して立っていた。
「王宮魔道士を辞めれば、アメリア様はただの公爵令嬢ですから、隠密ではなく見えるようにしっかりと護衛をつけるようにと公爵閣下からの指示がありました」
「ただの公爵令嬢って……」
言っている意味はわかるけども。
それにグレンのやつ、普段はお父様を公爵閣下なんて呼ばないくせに、得意げに胸を張ってマントまでつけているわ。
……まあ、かまわないけど。
今まで他所の公爵家の護衛を見るたびに、羨ましそうにしていたのは気付いていたもの。
これからは堂々と護衛につけることが誇らしいのでしょう。
「でも騎士までつけなくても」
「お嬢様、騎士が就くのが護衛の基本です。王宮内は魔法の使用は禁止なのですよ」
シンディーまでマントをつけて杖を携帯しているのね。
いいのよ? とても似合っていて素敵だわ。
でもだからって四人も護衛をつける必要がある? 王宮内よ?
「我々も連れて行ってください」
「魔道士ばかりで、我々は頼りにされていないと騎士団で不満が出ています」
「そうなの!?」
騎士団にも週に何回か顔を出して一緒に訓練をしているから、自分たちに出番はないのかと言われたことは何度かあったけど。
「私の護衛なんて退屈なだけでしょう」
「とんでもない。むしろ退屈だということは安全だということで喜ぶべきことです」
「我々にも仕事をさせてください!」
ん? どうも視線を感じるなと思ったら、向こうの建物や木々の陰から騎士たちが様子を見ているじゃない。
とうとう私が王宮魔道士を辞めると聞いて、様子を見に来たわね。
「……では、これからは騎士にも護衛についてもらうことにします」
「おお、よろしくお願いします」
「皆が喜びます」
……嬉しそうだ。
遠くで見ていた騎士たちも、隠れていたのを忘れて喜んでいる。
「まったくもう……今日は辞表を出したらすぐに帰るだけなのに」
うちでまともに護衛をつけているのって、エメラインだけだものね。
お母様は社交の場にはお父様と一緒の時にしか顔を出さないし、お父様には護衛なんて全く必要がない。
ちゃんと連れてはいるのよ? 公爵としての体裁もあるし、訓練にもなるから。
そして私も周りに気を使って、魔道士をふたり、それも隠密で連れていただけだから、頼りにされていないと不満に思う人がいるのも無理ないかもしれないわ。
「では、これからはよろしくね」
「「はい」」
馬車に同乗するのは魔道士のふたりだけ。
騎士は馬に乗って馬車の護衛に当たる。
……結界をどうしようかしら。
今までは馬車を守ればよかったけど、これからは騎士にも防御魔法をかけておきたいわね。
それぞれに結界を張って、全部維持するのもいい訓練になりそうだわ。
「またとんでもないことをやっているよ、このお嬢さんは」
「素晴らしいじゃない」
向かいの席で魔道士ふたりがぼそぼそ話しているけど、よく聞こえなかった。
それより、王宮魔道士として王宮に通うのも今日で最後なのね。
王宮魔道士部隊には、まったく心残りはない。
公爵家の忠誠心を示すための人質みたいなものだったし、週に二回くらいしか働いていなかったことを考えれば、さっさとやめてしまったほうがいいわ。
私がいなくなっても水晶宮や黒曜宮の美しさが保たれるのか不安だけれど、地方で働いていた魔道士が戻ってくるのならきっと大丈夫でしょう。
「なんだよ、公爵家の護衛付きかよ」
東門から王宮に入って馬車を降りていると、さっそく不満そうな声が聞こえてきた。
どうせそういう反応されるんだろうなと思っていたので、笑いそうになりながら声のしたほうに視線を向けると、騎士がこわくて近づけないのかふたりの王宮魔道士が離れた位置からこちらを見ていた。
「王宮魔道士は今日で辞めるのよ。だから制服を着ていないし、公爵令嬢が護衛をつけているのは普通のことでしょう?」
今日は、どこの制服でもない魔道士用のローブ姿だ。
白地に青いラインが入っているのが、今の流行だと店員が言っていたわ。ローブにも流行があるのね。
でも私は白なんて汚れが目立って嫌なので、紺色に赤の差し色の入ったローブ姿よ。
王宮魔道士の制服は返却しなくてはいけないし、公爵家魔道団の制服を着て王宮魔道士部隊の建物に入るのはまずい。
だからってドレスを着ていくのは違うでしょう?
「やめる?」
「おい、どうする?」
ふたりでこそこそ話し始めたから、もう行ってもいいかしら。
いったい何のために声をかけてきたのでしょう。
「ちょっと待てよ。なんで行くんだよ」
でも私が歩き出したら、ふたり揃って慌てて追いかけてきた。
護衛がいるので傍に近寄れなくて、周りをうろうろしていると不審者みたいよ?
「なんでって、辞表を提出するからよ」
「いや、あの、少し相談に乗ってほしいことがあってだな」
「そうなんだ。ここではまずいから、この先の広場で話そう」
目の前の建物に用があるのに、なんで通り過ぎてまで話を聞かなくてはいけないの?
今まで声をかけてきたことなんてなかったじゃない。
中途半端に遠慮がちなのが気持ち悪いわ。
「聞いてくれたら、何か奢るからさ」
「本当に困っているんだ」
あら? ……頼み方が、仲間みたいじゃない?
私を下に見たり脅したりするんじゃなくて申し訳なさそうな様子だし、お礼をする気まであるのね。
こういう頼まれ方は初めてかも。
「まあ……話を聞くくらいは」
「お嬢様」
「すぐそこの広場でしょ? そんなに時間はかからないわよね?」
「ああ、もちろん」
「わかったわ」
私が歩き出すと、彼らはほっとしたのか表情を明るくして、時々後ろを振り返って、私が付いていくのを確認しながら前を歩き始めた。
「ちょろすぎますよ」
歩き出してすぐ、小声でシンディーに言われてしまった。
「本当に困ってそうだったじゃない。仕事でアクシデントがあったのなら、放置は出来ないでしょう?」
「やめるのに?」
「シンディー、アメリア様の判断に口を挟むな」
おお、騎士が味方してくれたわ。
「でもこの人、危なっかしいのよ」
そんなことはないわよ。
私はしっかり者だってみんなに言われているわ。
「それはよくわかる」
……え?
私はエメラインよりもしっかり者でしょう?
何かやらかしたことなんて一度もありませんけど?
「ここでいいか」
「よかったら座ってくれ」
若いふたりの魔道士は広場の端にあるベンチの前で足を止めた。
自分たちは座らないで、私に席を勧めてくれるなんて本当に困っているのね。
まだ十代かしら?
年下ではないと思うのだけど、態度の悪い魔道士が多い中で彼らは初々しいから、新人なのかもしれないわ。
「それで? どうしたの?」
私とシンディーが腰を下ろし、グレンとひとりの騎士が背後に、もうひとりが私の横に立った。
「実は今日、先輩に貯水池の浄化の仕事を押し付けられてしまったんだ」
「貯水池?」
王宮は、全て魔道具か魔法で作った水を使用しているのに、貯水池なんてあった?
「南門から右に行ったところにある塀に囲まれた貯水池だよ」
「南門……あれは貯水池じゃないわよ」
「いやでも、さっき行ってみたらちゃんと水が溜まっていたぞ」
「ただ様子がおかしいんだよ。あそこだけ大気の魔力量が多いし、水も不思議な色をしていて……」
「なんですって!?」
私が急に勢い良く立ち上がったせいで、魔道士たちはびくっと肩を震わせて目を丸くした。
「ちょっと見に行くわ。みんな、そばに来て。あなたたちもよ」
「なんで?」
私を囲むように護衛たちはすぐに移動したのに、ふたりの魔道士は意味がわからないのか動かない。
もうめんどうだわ。
「その距離なら平気だからいいわ。転移するわよ」
「転移!? この人数をか!?」
「王宮では魔法は……」
喚いているのに答えていたら時間がもったいないのよ。
強制的に転移して、彼らが貯水池と言っていた場所への入口の前に移動した。
高い塀に囲まれたその場所は何重にも防御魔法がかかっているため、入り口のカギを手順通りに開かないと中に入ることは出来ない。
それだけ重要な施設だってことなのよ。
「この先は行ったことがないから転移出来ないの。鍵はあるのよね?」
「え……あ、本当に移動している」
「誰が? 彼女ではないよな」
何をのんびりしているの。
それで本当に戦闘訓練を受けた魔道士なの?
「早くしなさい。鍵は?」
声を張って命じたら、彼らははっとして慌てて出入り口の鍵を開け始めた。
こちらは五人、彼らはふたり。
逆らわないほうがいいと判断したのかもしれないわね。懸命だわ。
「あいたよ」
「では私が」
「待って」
先に中に入ろうとした騎士を止めて、全員に魔法から身を守る結界を追加した。
「いいわよ」
「え? 結界?」
「あなたたちは自分で出来るわよね」
「結界が必要な場所だったのか?」
それがわからないから念のために防御するんじゃない。
足を踏み入れてから危険だったら遅いでしょう。
「先に行くわよ」
もう彼らは放置して、先に門の中に足を踏み入れた。




