親の思い
うちはまだ伯爵家だった頃から、家族用の小さなダイニングで食事をしている。
幼少の頃、子供たちに何かあった時にすぐ手を伸ばせるようにと、お父様とお母様が向かい合って、私とエメラインが向かい合うように座っていた習慣が、大人になった今でもまだ続いているので、お茶会での話をしながら私とエメラインは何度も顔を見合わせて、両親の衝撃の大きさにこれはまずいねとアイコンタクトを取った。
「……なんてことだ」
「あなた、これはそのままにはしておけないわ」
「当然だ。明日さっそく王宮に行き、国王に抗議してくる」
そうなりますよね。
おそらく今頃王宮でも、同じような会話が王家の食卓で交わされているんでしょう。
「アメリアが王太子につき纏うわけがないだろう。むしろ何かとつき纏っているのはあいつのほうだ!」
お父様が気にしているのはそれ?
もちろんその噂も嫌だけど、問題はそこではないでしょう?
「あなた、抗議するのはグレンダの態度です。王女主催のお茶会で私の娘たちにそんな態度を取るなんてありえないわ」
お母様は片田舎に領土を持つ伯爵家の三女として生まれた。
魔法が使えないし美人とも違うのだけど、笑顔が素敵で可愛くて、傍にいるとこちらまで優しい気持ちになってしまうような女性だ。
優秀な魔道士で国王陛下の友人で、しかも美男子という好条件のせいでたくさんのお嬢さんにアピールされていたお父様は、華やかな御令嬢たちよりも、お母様の笑顔と実はしっかり者で愛情深い性格に魅かれて恋に落ちたんですって。
今でもお母様が癒しだとよく惚気ているわ。
「ランプリング公爵は血筋を重んじすぎるきらいはあるが、王族への忠誠と国を思う気持ちは確かだと思っていた。だからこそ七年前の事件にも彼は関わっていないだろうと、公爵位のままでいることを認めたというのに、娘と叔父を放置しているとは」
「公爵令嬢でありながらまともに教育を受けられないのは気の毒だけど、グレンダのアメリアへの態度は別問題よ。王太子に相手にされないのはアメリアのせいではないでしょう?」
グレンダは王太子妃になった先の人生を、きちんと考えたことがあるのかしら。
煌びやかなドレスを着てちやほやされる自分の姿しか、思い描いていないんじゃないかしら。
アーチはグレンダを嫌っていることを隠さないし、王妃様は顔には出さないけど上手に彼女を避けていることは、社交界では誰もが知っていることなのに。
「そもそも出来損ないだなんていう噂も失礼だわ。アメリアは優しくて真面目で礼儀正しい娘よ。魔法が使えない人間が、使えるアメリアを侮辱する権利なんてないでしょう」
「その通りだよ。アメリアは普通にできる子なんだ。魔道団でもたよりにされている」
「ねえ、あなた。明日ははっきりと陛下に話してくださいね。そういう噂を放置しては、コールリッジ全体が軽く見られてしまうわ。うちで働いてくれている人たちにまで肩身の狭い思いをさせるわけにはいきません」
……そこまでは考えていなかったわ。
私が弱いのは事実だし、わかってくれる人がいるから構わないと思っていたけど、わかってくれる人たちまでもが軽んじられるのは駄目よ。
「そうですね。今後は私も毅然とした態度で臨みます」
「そうじゃないの。私は、あなたが幸せになってくれればそれでいいのよ。英雄の娘だとか公爵家の跡取りだとか、そんなことより自分のことを考えてほしいの」
「お母様? もちろん考えていますよ?」
私は他の御令嬢より自由に生きられていると自分では思っているのよ?
剣や乗馬を習うなんて、許してくれる親はそうはいないでしょう?
護衛はつけるけど、いつでも好きな時にいろんな場所に出かけることもできるし、学びたいことはなんでも学ばせてもらっている。
「私は英雄の娘に生まれて嫌だなんて思ったことは一度もないのですよ? むしろ魔法が便利で使えるのは楽しくて、魔法陣を描くのは趣味でもあるのです。それに今日はセレストとドリーンともお友達になれましたし、これでも結構楽しく生活できているんですよ?」
そうしてお金に不自由なく、やりたいことをやって自由に生きられている分、果たさなくてはいけない責任もあるのだから、それは当然長女として果たしていかなくてはいけないわ。
「そうね。そうなのだけど、もしこの先好きな人ができて、その人がうちに婿になれない場合は」
「そんな男はいりません。一時の恋愛感情より、長い時間を共に歩める関係が大事です」
「そうなんだけどね、王太子の気持ちも少しは考えてみる気はないの?」
アーチの気持ち?
お母様は何を言っているの?
「彼は七年前のことを、まだ申し訳なく思っているのではないでしょうか。自分が戦いに行くと言い出したせいでお父様は領地を留守にして、それで私たちは襲撃されたんですから」
「…………そうかしら」
そうですとも。
そうでなかったら、私を特別扱いする理由が見つからないわ。
「それに、出来損ないだのなんだのと噂が広まっているということは、私は王宮にいる貴族たちにあまりよく思われていないのでしょう? そんな私が王太子妃になれるわけがないし、なった後のいばらの道を考えたらなりたくもありません」
「ああ……それはそうね」
「説得力があるから困っちゃうのよね」
エメライン、家族しかいないからといってテーブルに肘をつくのはやめなさい。
子供の頃からローズおば様に何度も怒られていたでしょう?
「そんなにアメリアと結婚したいのなら、あの男が王家を離れて婿にくればいいんだ」
「それもいいわね」
「そうね。ありだわ」
お母様もエメラインもお父様をその気にさせないで。
本当にアーチにうちに来いって言いそうだから。
「そんなこと言わないでよ? 絶対よ?」
「明日は抗議しに行くだけだよ」
明日だけじゃなくて、この先永遠によ!




