嬉しい変化とひび割れた関係 5
「なんでちゃんと教えてあげなかったのかしら」
背もたれに身を預けて、ロザリンドは天井を見上げた。
「いくら公にしないようにしていたとしても、彼女も関係者のひとりなのよ。ランプリング公爵夫妻がきちんと説明していれば、彼女もこんな形で知らされないで済んだのに」
それもそうだけど、公爵令嬢なのに教育を受けていないというのが驚きよ。
ドレスもアクセサリーも一流のものだし、お友達と遊び歩いているという話は聞くから、放置されているわけではないはずなのに、どうして家庭教師をつけないの?
今は身内やランプリング公爵家傘下の貴族とばかり接しているから問題なくても、社交界デビューすればいろんな方と接する機会が増えて、彼女が恥をかいてしまうってわかっているでしょう?
「私たちが気にしても仕方ないわ」
背もたれから身を起こしてロザリンドがことさら明るい声で言った。
「確かにグレンダにとってはつらい席になってしまったけど、だからってアメリアに対するあの態度は許されるものではないわ。お父様とお兄様にもきっちり報告させてもらいます」
……報告するの?
ということは、回りまわってお父様の耳にはいる前に、私からも報告しなくてはいけなくなるってことね。
これは……だいぶまずいわ。
「ねえアメリア、さっきの話の続きをしてもいい?」
ドリーンに言われて首を傾げた。
なんの話をしていたかしら。
「七年前の事件の日に、みんなを守って戦ったのはアメリアなんでしょう? それなのになぜ、生活魔法しか使えない出来損ないだなんて言われているの?」
「私だけが戦ったんじゃないわ。ユーグもルイスもヒューも戦ったし、スタンピードが終わったと連絡をくれた伝令の騎士もいたのよ」
「でもマヒューが、アメリアがいたおかげで弟たちは無事だったって言っていたわ」
あの男、ずいぶんとおしゃべりじゃない?
好きな女性には何でも話してしまうタイプだったの?
「そんなことはないのよ。マヒューは大袈裟ね。私は魔法陣を使わないとランク4の魔法が使えないし、それ以上強い魔法は魔法陣があっても使えないわ。英雄の娘なのに、魔法陣がなくてはまともに魔法の使えない娘。生活魔法以外強い魔法が使えない出来損ないというのは、間違った評価ではないのよ」
……なんでロザリンドまで驚いているの?
あなたは、知っていたはずでしょう?
「でもランク4は使えるのね。どの属性の魔法を使うの?」
「全属性使えるわ」
「え?」
セレストとドリーンの驚きはそれ以上みたいだけど。
「攻撃魔法や防御魔法がいっさい使えなかったら、王宮魔道士として採用されるわけがないでしょう?」
「そうなんだけど、王命で特別扱いされて王宮魔道士になったって聞いていたのよ」
「私も」
王命で王宮魔道士になったのは正しいけど、特別扱いではないと思うのよ。
どうもこの国の貴族社会には、情報を捻じ曲げて広めている人がいるようね。
「お姉様、だから他人にどう思われようとかまわないなんて言っていないで、きっちり反論しないと駄目なのよ。いい? 王宮魔道士の採用条件は、ランク4の魔法を一属性以上使えることなのよ。お姉様は、全属性のランク4の魔法を使えるの」
「ランク4は決して強くないのよ。王宮魔道士の中にはもっと強力な魔法が使える人がたくさんいるの。うちの魔道団にもいるでしょう」
「強くない? え? そうだった?」
「そんなわけ……彼女、何を言っているの?」
セレストとドリーンは小声で何か言い合っているし、ロザリンドとエメラインは顔を見合わせて首を横に振っている。
なんで?
みんな、魔法について誤解していない?
「アメリア、ランク4の魔法は充分に強いのよ?」
ロザリンドもアーチも、英雄の子供たちもそう言ってくれるけど、そんなわけはないわ。
うちに来た新人だってランク4の魔法が使えたし、王宮魔道士はみんな使えるから採用されているの。
ランク4は魔道士の基本なのよ。
それ以下は一般人でも使える人がいる程度の魔法なの。
「一般人は魔法が使えないんじゃないかしら」
「少なくとも私の周りには、魔法の使える人は数えるほどしかいないわ」
「あら、オファレル公爵家は護衛に魔道士を雇っていないの? それは駄目よ。いざという時に転移で逃げられるようにしないと」
そういえば、彼女たちの護衛って騎士ばかりだったような気がするわ。
お茶会の席には自分たちの護衛や侍女はいれられないので、私の記憶が正しいか確認のしようがないけれど。
「でも、たいていの魔道士は見える範囲しか転移出来ないでしょう?」
「それでも何回かやれば遠くに行けるじゃない」
「お姉様、複数人を何度も転移で運ぶには魔力がかなり必要なのよ?」
「……見える先の転移で? それってランク4の魔法よ?」
だから五回は使えないとまずいわよ。
そんなのは常識……待って。もしかして、うちの魔道団と王宮魔道士ばかりに優秀な人材が集中しているから、他の魔道士ではランク4の魔法も難しくて、それでみんな強いと思っているんじゃない?
「お姉様は確か、一度行ったことのある場所にはかなり大勢の人間や物を転移出来るわよね」
「そうね。だって転移魔法は生活魔法ですもの」
「……え? これはボケなの? 突っ込んだほうがいいの?」
「わからない。彼女、天然?」
セレストとドリーンの私を見るまなざしが、珍獣でも見つけたみたいな雰囲気なのはなぜかしら。
「みなさん、何を驚いているのかよくわかりませんが、私の話を聞いてください。父はスタンピードでランク9の魔法を使ったんですよ? 寿命を縮めてしまうようなのでもう二度と使わないと言っていましたけど。それに比べたらランク4が強いわけがないじゃないですか」
「それはコールリッジ公爵が特別なだけよ。人間を辞めているって言われているでしょう?」
「ロザリンド、王家の人間がそんなふうに納得してしまってはいけませんよ。父と自分たちは違うからと魔道士たちがランク4程度で満足してしまったら、魔法がどんどん退化してしまいます。英雄だって老いるんです。この先、またあの時のようなスタンピードが起きた時に、強い魔道士がいなくなっていたらどうするんですか?」
「それはまあそうなんだけど……」
「だから弱い自分に納得するわけにはいかないんです。少しでも強くならなくては」
私はコールリッジ家の跡取りだから、この国最強と言われている魔道団もいずれは私が率いるのよ。
その時に部隊員に信頼される領主になっていなくては、領民を守れないわ。
七年前は、幸いにも全員無事だったけど、それは幸運だっただけよ。
「でもお姉様は、浄化、サーチ、解毒、クリーン、空間収納に転移魔法も使えるでしょう。どれも基本の魔法かもしれないけど、魔法自体にもランクがあって、お姉様の使っているのはかなり魔法ランクが高いと聞いたわよ」
「だから、生活魔法なら得意なのよ」
「……解毒と空間収納魔法が生活魔法?」
セレストに聞かれて、エメラインもロザリンドも肩をすくめて首を捻った。
なぜ? どれも生活を豊かにする魔法でしょう? 攻撃でも防御でもないわよ?
「解毒って、どんな毒なら治せるの?」
ドリーンまでどうしたの?
「解毒は全ての毒を治すから解毒魔法なのよ?」
「そうなの!? 本当に? 絶対?」
ドリーンがこわい。
私はそんなおかしなことを言っている?
「でもお父様や英雄たちは、それなりだねとか、まあ普通かなとしか言わないわよ? 剣も学問も礼儀作法も、そこそこにしか出来ない器用貧乏なんじゃないかしら」
横でエメラインがまだ首を横に振っているけど、あなただって私がそう言われているのを聞いていたでしょう?
「ともかく、あなたが変だということはわかったわ」
「私も。無口な子だとは思っていたけど、こんな変で面白い子だとは思わなかった」
セレストとドリーンにだいぶ失礼なことを言われているような気がするのだけど、いい意味で言っているようなので怒れないわ。
それに変だと言われるのはいつものことだし。
「王太子殿下があなたを特別扱いする理由がわかったような気がするわ」
「私もよ、彼女は公爵家次期当主としていろいろ考えていたのね」
「そうね、私たちも見習わなくてはいけないわね」
……やっぱり、褒められてはいるのよね。
なぜか尊敬のまなざしで見られている気もする。
「でも英雄たちがそんなふうに言うってことは、あまりこのことは他言しないほうがいいってことなんじゃないかしら」
セレストが急に真剣な顔で妙なことを言いだした。
私が器用貧乏だってことを知られると何がまずいの?
「そうね。悪い噂は気になるけど、それよりアメリアを守るほうが重要よ」
「私を守る?」
誰から?
「私は大丈夫よ? ねえ、聞いてる?」
転移魔法で逃げられるし、いつも解毒魔法は防御魔法と一緒にかけ続けているから、睡眠薬も毒も影響ないのよ?
護衛もいるんですもの。私を拉致したり殺したりするのはまず無理よ?
「話を聞けば聞くほど、他所で言えないわ」
「そうでしょう。王家もそれで困っているの」
親しくなれたみたいだけど、セレストにもドリーンにも呆れられている気がするわ。
そういえば、たまに魔道団の人にも同じような顔をされるのよね。
なんでなんでしょう。
「七年前の事件を公にできない理由のひとつがこれなのよ」
ロザリンドが苦笑いを浮かべて言うと、私以外の三人が同時に頷いた。




