嬉しい変化とひび割れた関係 4
七年前の事件が頻繁に会話に出てくるので、わかりやすいようにプロローグを長くし事件の話をいれました。
プロローグの1と2を先に読んでください。
「七年前なら、あなたは九歳でしょう? 何も覚えていないの?」
王女や自分側の人間だと思っていたドリーンに冷たい目を向けられて、グレンダは両手で口を押えたまま震えている。
「ロザリンド様、実は私も覚えていなかったんです」
セレストが申し訳なさそうに小さい声で言った。
「マヒューとの縁組の話が出た時に、初めてその話を聞かされてどれだけ驚いたことか。スタンピードのあった時にうちの家族は安全な王宮に避難して、いつでも逃げ出せる準備をしていたそうです。それで私は覚えていないんだろうと言われました」
安全な場所で、いつもと変わらない夜を迎えていた彼女たちは、遠い町で何が起こっているかなんて気付きもしなかったのね。
でもそれは仕方ないわよ。まだ幼い子供だったんだもの。
「それを聞いて、情けなくて、恥ずかしくて、申し訳なくて、あなたたちに謝るべきだと思っていたのに、その勇気も持てなくてごめんなさい」
しっかりと頭を下げるセレストにどんな言葉をかければいいかわからなくて、私はただぼんやりと眺めてしまった。
エメラインも意外な話の流れについて行けないようで、茫然と話を聞いている。
「私も、セレストから話を聞いて父を問い詰めたの」
ドリーンまでもがおずおずと話し出した。
「そしたらすべて話してくれたわ。父は英雄たちが国のために精力的に動く姿を見て、何もしなかったくせに血筋がどうの、歴史がどうのと文句を言っていた自分が恥ずかしくなり、彼らに謝罪したと言っていたわ。そしたら、気にしていない。そう考えるのは当然だと言われて、もっと申し訳なくなったそうよ」
「父も英雄たちに感謝しているって言っていた。この国は彼らのおかげで発展し、彼らがいるから他国から一目置かれているんだって。格がどうのなんてくだらないことを言っていたのは私だけで、父は英雄たちをずっと前から認めていたの」
「……まあ」
まさか、こんなふうに言ってもらえるなんて思いもしなかったから、何か答えなくてはと思うのだけど言葉が出てこないわ。
「だったらもっと早く教えてよって怒ったわよ。兄たちは知っていたんですもの。でも私は年が離れた末っ子で女の子だから、そういう話を聞かせるのをためらってしまったって言うの。アメリアやエメラインだって女の子なのに、事件の真っただ中にいたんでしょ? その恐怖を思ったら、私だったらどうしたんだろうって」
最後のほうは涙ぐみながら話すドリーンの腕に、セレストが慰めるようにそっと手を置いた。
確かに事件の真っただ中にいたけど、私は魔法が使えたし、男の子たちは全員が戦闘訓練を受けていて異常に強かったのよ。
もちろんこわかったわよ?
恐怖で歯がガチガチなっちゃうほど震えるくらいにこわかったけど、こっちは軽傷ふたりであちらは主犯以外は全員死亡。
あまりにも間抜けな襲撃事件だったということで、ランプリング公爵は関わっていないだろうと思われて、それも公爵家が存続できた理由のひとつなのよね。
「この事実を知らなかったら、私はマシューとの結婚を考えられなかったかもしれない。マシューにも三年前まで何も聞いていなかったことは話したのよ。そしたら、知った後の行動のほうが大切だって言われたの。でも私は知らないのも罪だと思う。公爵令嬢としてもっと視野を広げなくてはいけないんだわ」
「そうね。私もそう思う。私のことを思うのなら、ちゃんと伝えなくちゃ駄目なんだって家族とも話したの。逃げようとしたことも、命を懸けて戦ってくれた人がいたことも、忘れちゃ駄目なのよ」
セレストやドリーンの言うことは正しいと私も思うわ。
でも公爵家当主としては、家族や一族を守ることも考えなくてはいけない。
それに魔法を使えないのだから、避難することを考えてしまう気持ちも理解できるのよ。
「あのね、そもそもこの話はあまり公にはしてはいけないってことを忘れないで。公爵たちを責めるのも筋違いだし、グレンダが知らなかったのも仕方がなかった面もあるの」
なんで、みんなで生暖かいまなざしで私を見るの?
私の言っていることは、まっとうなことなのよ?
「そもそも公にしないという判断が間違っているわ」
「そうよ。もう七年も経ったのだもの。そろそろ正しい歴史を世間に知らせるべきよ。コールリッジとランプリングの当主の弟たちが手を組んで行ったお粗末な襲撃事件だって話にすれば、ランプリングだけが悪者にはならないでしょう?」
ドリーンってこういう性格だったのね。
お粗末な襲撃事件ってことになっているだけで、本当はそんなことはなかったのよ。
ただ英雄の子供たちが強かっただけよ。
「あの……男性陣はどうなのかしら?」
セレストとしては、それも気になるわよね。
マシューの弟のルイスとヒューも襲撃に遭遇したメンバーだし、ユーグもそうだから。
彼らは異常に強かったわよ?
目の前に魔獣が出現しても、落ち着き払っていたわ。
「ユーグやルイスは、二度とあんなことが起きないようにって考えて働いているんじゃない? ヒューは戦いが楽しかったみたい。そして、ランプリング公爵家が存続するのが許せなかった」
エメライン、事実だとしてもグレンダがいるのだから、そのあたりを話すのはやめましょうよ。
「ヒューは国を出て冒険者になっているのよ。魔法も弓も出来る天才なの」
彼らもオファレル公爵家やフェアバーンズ公爵家のことは、悪く思ってなんていないのよ。
国をまとめる人間たちが全滅してしまうわけにはいかないから、避難するという選択は当然だったと話していたわ。
「あの……それでもしよかったらなんだけど」
セレストがもじもじしながら上目遣いでこちらを見てきた。
「これからはお友達になってほしいなって思っているの。今後はもっと頻繁にお茶会をしたいわ」
「私もよ。こうして話してみて、ふたりのことをとても好ましいと思えたの。もっとお話ししたいわ」
意外過ぎる。
出来損ない魔道士と言われて馬鹿にされている私の噂は知っているでしょうに、公爵令嬢がお友達になりたいですって?
「そうね。こんなふうにお話出来るのなら、今後もお茶会を開催してほしいわ」
エメラインも乗り気なのね。
でもあなたたち、グレンダのことを忘れていない?
なぜか、今日は初対面から敵意を向けられていたけど、何も聞かされていなかった彼女の衝撃は計り知れないわよ?
「私、お父様から聞いたのだけど、スタンピードの夜、家族や使用人を守って戦ったのは、アメリア、あなたなんですってね」
「嘘よ!」
ドリーンの言葉に、急に勢い良く立ち上がりながらグレンダが叫んだ。
「この女にそんな力があるわけないでしょう!」
「グレンダ、お姉様を侮辱するのは許さないわよ」
エメラインまでゆっくりと立ち上がり、グレンダを睨みつけた。
「お父様でもアーチでもなく、お姉様こそが私にとっての命の恩人で英雄なの! お姉様が家族を守ってくれたから、英雄たちは今でも国のために動いているのよ」
「この女は出来損ないの……」
「グレンダ!」
ロザリンドの声の険しさに、さすがにエメラインもグレンダもはっとして口を閉じた。
「私が先ほど言った言葉を忘れたの? アメリアは私の大切な友人なの。彼女を侮辱することは許さないわよ」
「で、でも……」
「七年前の事件の話を聞いてもまだ、そんな態度が取れるなんて……」
セレストの言葉にきつく拳を握りしめて、それでもグレンダは私を睨みつけた。
「だからって、この女がなんで殿下に選ばれるのよ。こんな女が王太子妃なんて認めないわ!」
「あなたが認めなくても、誰も気にしないわよ」
ドリーンって結構きついことを言うのね。
エメラインと気が合いそう……。
「あの、何か勘違いしているようなんでちょっといいかしら」
私のことで揉めているのだから、ここは私がはっきりと言わないといけないわ。
「私は王太子妃になんてならないわよ? なんでそんな誤解をしているの?」
「はあ!?」
あ、今のその馬鹿にしたような反応はちょっとイラっとしたわ。
女の子がそんな顔をしたら駄目でしょう?
「私はコールリッジ公爵家の跡取りなのよ? 次期公爵なの。他所に嫁ぐわけがないじゃない」
「……は?」
だからその反応は何?
この国では女だって爵位を継げるんですからね。
「グレンダ、お姉様は本気なのよ。本気で次期公爵になる気なの」
エメラインに言われて、グレンダはなぜか余計に怒りだした。
「馬鹿なんじゃないの? 王太子殿下にあんなに好かれているくせに公爵になるですって!?」
え? なんで公爵になると馬鹿なの?
意味がわからないわ。
「だったら私に譲ってよ! 私が王太子妃になるから!」
「無理よ」
きつい声で言った後、ロザリンドはため息をついて額を押さえた。
「さっきの話の何を聞いていたの? ランプリング公爵家と王族が縁組するなんてありえないわ」
「でもそれは、叔父がやったことで……私は何も……」
「そんな理屈が通用するわけがないでしょう」
ロザリンドに言い切られて、グレンダは唇を噛みしめて立ちすくんだ。
瞳に涙が滲んでも、目を大きく開いたまま微動だにしない。
「ねえ、あなたはお兄様と結婚出来れば勝ちだとでも思っているんでしょうけど、大変なのはその後なのよ? 今はあなたの周りにはランプリング公爵家の息のかかった貴族しかいないんでしょうけど、王太子妃になったら他の派閥の御婦人方とも渡り合わなくちゃいけないし、公務も山ほどあるの。でもあなたのその態度からして、まともに礼儀作法を学んでいないでしょう? 領地経営に関しては? 他国の歴史や我が国との現代の関係性については学んでいるの?」
「……いえ」
「何も教育を受けていないということは、ランプリング公爵は最初からあなたを王太子妃にする気がないってことよ」
それでもしばらく立ち竦んでいたグレンダは、急に踵を返して駆け出した。
座っていた椅子にぶつかり倒しても、振り返りもしないでバタバタと部屋を出て行く様子は小さな子供のようだ。
「なんでちゃんと教えてあげなかったのかしら」
背もたれに身を預けて、ロザリンドは天井を見上げた。
「いくら公にしないようにしていたとしても、彼女も関係者のひとりなのよ。ランプリング公爵夫妻がきちんと説明していれば、彼女もこんな形で知らされないで済んだのに」




