嬉しい変化とひび割れた関係 3
「同じ公爵家でも私たちの家と英雄公爵家では格が違います。そうでしょう?」
同意を求められたロザリンドは先程までの楽しそうな様子から一転、背筋を伸ばし無表情でグレンダの視線を正面から受け止めた。
それはそうよ。なぜこの場で王太子妃について話をするの?
私たちが決めることではないでしょう?
「グレンダ、あなた、自分の言っていることがわかっているの? 王太子殿下の結婚に私たちが意見するなんてありえないわ」
ロザリンドに代わり、セレストがグレンダをたしなめた。
「それに私は英雄公爵家を格下だなんて思っていないわ」
「裏切り者は黙っていなさいよ」
顔は前を向いたまま、ぎろりと視線だけセレストに向けてグレンダは言い放った。
「公爵夫人になるために態度を変えるなんて浅ましい。あなたにはもう関わりのない話でしょう」
「……なんですって」
ゆっくり食べようと思って取っておいたお皿の上のカヌレ、バイバイ。
一気に空気が殺伐としてきたわ。
自分に向けられた敵意より、以前は仲良さそうに見えた人たちが敵対する姿を見ているほうが居心地が悪いんだって、今日初めて知ったわ。
平気でお茶を飲んでいるエメラインは、こういう状況に慣れているのだとしたら、社交界ってこわいところね。
「前から言いたいと思っていたのだけど」
今度はドリーンがそっとカップを乗せたソーサーをテーブルに置いて、グレンダに向き直った。
「せっかくの機会ですから私も今日は言わせていただきますわ。グレンダ、うちとランプリングを一括りにしないでいただける?」
「なんですって?」
テーブルの下で、エメラインが私の腕を掴んで揺らしてきたからちらっと顔を見たら、興味津々で成り行きを見守っている。
特等席で修羅場を見られる状況に興奮しているんじゃないでしょうね。
「あなた、もしかしてランプリング公爵から何も教えられていないの?」
今のドリーンの話し方や表情は、たぶんローズおば様に満点をもらえるはずよ。
声にも表情にも感情が全く見えなくて、それでいて小首を傾げる姿は大変美しいわ。
「……何が言いたいのよ」
「七年前のスタンピードの夜に何があったのか、まさか知らないわけがないでしょう? ランプリング公爵には事実を伝える義務があるわ」
他人事だと思って呑気なことを考えている場合じゃなかった。
「待って」
思わず腰を浮かせてしまったわ。
「なぜその話をあなたたちが知っているの? あの事件は一部の高位貴族にしか知らされていないはずよ」
家族に知らせるのも必要な時だけ最小限にという話になっていたはずだわ。
「父に聞きましたわ」
あっさりとセレストが言うと、
「必要な情報なので教えてもらったんです」
ドリーンもまっすぐに私の顔を見ながら言った。
「ちょっと待ちなさいよ。いったいなんの話なの?」
自分だけが知らされていない話があると知って、グレンダは肩をいからせて私を睨みつけてきた。
気持ちはわかるわよ。
これでは除け者にされているみたいだものね。
「お姉様、これでグレンダの失礼な言動に説明がつきましたわ。知っていて、あんな態度を取るなんてどれだけ非常識なんだろうと呆れていたけど、知らないのなら納得よ」
「そうね」
でもこの場で話していいものなのかしら。
私たちに聞くより、帰ってから家族に聞いたほうが衝撃が少ないのではない?
「なんなのよ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
グレンダは無視されていると受け取ってしまったみたいで、テーブルの上で拳を握りしめて叫んだ。
「いいわ。私が話すわ」
ロザリンドが静かな声で言った。
「七年前のスタンピードの夜、あなたの叔父は、スタンピードから国を守るために当主が留守にしていたコールリッジ伯爵家に、ランプリング公爵家の魔道士にエレンゲン高原の魔獣を転移させて、その混乱に乗じて騎士を引き連れて襲撃したのよ」
「……な、何を言って」
「あなたの叔父は英雄たちの家族を暗殺しようとしたの」
「嘘!」
「グレンダ」
さすがに声音がきつくなるのを止められない。
「ロザリンド王女様に対してその態度はなんなの? こんな嘘を言うわけがないでしょう?」
「公にするわけにはいかなかったのよ」
エメラインが今回はグレンダを煽ろうとはしないで、落ち着いた冷静な口調で言った。
「スタンピードのせいで国が混乱している時に、宰相の弟が英雄の子供たちを皆殺しにしようとしたなんて公になったら大混乱よ」
「叔父様のことは……あまり覚えていないわ」
「詳しく聞きたい? それとも聞かなかったことにする?」
グレンダはびくっと肩を震わせてからロザリンドを見た。
「聞きます」
そうよね。自分だけ知らないことがあるって不安だもの。
「あなたの叔父がコールリッジ公爵……あの頃はまだ伯爵だったわね。彼の弟、つまりアメリアやエメラインの叔父にあたる男と共謀して、伯爵家を乗っ取ろうとしたの。彼らはコールリッジが生きて帰ってくるとは思っていなかった。だから残された夫人と子供たちを殺せば、伯爵家を継ぐのは彼の娘しかいなくなる。そう考えたのよ」
ロザリンドの話を聞いていると、自然とあの日の夜のことが思い出された。
襲撃の日、叔父と従妹も屋敷にいて、叔父は何かと使用人に指示を出し、食堂に集まって移動しないようにと念を押していたわ。
でもその中に、体調が悪くなり部屋にいた母と中庭近くの部屋に集まっていた子供たちは含まれていなかった。
「あなたの叔父は、自分の息子とコールリッジの弟の娘……ややこしいわね。つまりアメリアとエメラインの従妹を結婚させる気でいたんですって。ふたりとも優秀な兄と子供の頃から比較されて、不満を溜めていた者同士だったから協力して、地位も領地も財産も全部自分たちの物にしようと企てたらしいわ。でも変よね?」
ロザリンドは言葉を切り、ため息をついた。
「なぜその日にコールリッジが留守にするってわかっていたのかしら。それに彼らはエレンゲン高原の魔獣を転移させたのよ? つまりスタンピードが起こるってわかっていたって言うことでしょう?」
「……そんなの知らない」
それはそうでしょう。
わかる人はもう誰もいないのだから。
「ただ襲撃は失敗し、全員返り討ちにされて、唯一生き残っていたあなたの叔父はランプリング公爵の手で殺されてしまったので、真相はわからないままなのよ」
「お、お父様が?」
本当に聞いていなかったのね。
衝撃で顔色が真っ白になってしまっている。
「襲撃者の中にランプリング公爵家の魔道士と騎士がいたのよ? 当主である公爵の指示がなければ彼らが動くことはありえない。……そう思わせることでランプリング公爵を失脚させて、自分が次期当主になるという計画をあなたの叔父さんは考えたと聞いたわ。でもそれも本当かどうかは、ランプリング公爵しか知らないわ」
命からがら逃げかえってきた弟から話を聞いたランプリング公爵は、その場で弟を手にかけた。
許されないことをした弟の始末を、自分でつけたのだと証言したそうだけど、死人に口なし、弟に罪をかぶせたのではないかと考えた人も多かったのよ。
でも証拠がなくては、由緒正しい大貴族を罪には問えなかった。
「うちの叔父は処刑される前に取り調べを受けたのだけど、襲撃に関しては何も知らされていなかったそうよ。ただ使用人を食堂に集めておけとしか言われていなかったんですって」
エメラインが言うように、主犯格はランプリング側だという話になっているけど、それも本当かどうかはわからない。
ただ襲撃者は皆殺しにしろと叫んでいたから、叔父や従妹も殺す気だったのかもしれない。
一番気の毒なのは従妹よ。
何も知らされないまま巻き込まれ、今では遠い修道院で過ごしているわ。
まだ十五歳なのよ?
襲撃は大失敗して被害者はいなかったということもあって、両親は従妹を引き取ると申し出たのだけど、自分の父親が仲のよかった私とエメラインを殺そうとしたというショックが大きくて、従妹は自分から修道院に行ってしまったの。
「ランプリング側が主犯だとしても、コールリッジ側にも犯人がいたわけでしょう? そのあたりが非常にデリケートな問題になっているのも、この事件があまり公にされていない理由のひとつなのよ」
ドリーンの父親であるフェアバーンズ公爵は、しっかりと全てを娘に話したみたいね。
セレストもマシューと結婚するというのなら、知っておく必要のある話でしょうからオファレル公爵に詳しく聞いているんでしょう。私やドリーンの説明に何度か小さく頷いていた。
「まさかお茶会の席でこの話をしなくてはいけなくなるとは思わなかったわ」
先程までの楽しい雰囲気が一転し、ロザリンドは顔をしかめている。
「本来ならランプリング公爵家は取り潰しになるところだったのよ? でも、ランプリング公爵が計画に加担した証拠はひとつもなく、主犯は殺されてしまって何も話せない。だから、彼が宰相の任を降りて領地の半分を国に返還し、英雄たちを公爵に陞爵することに同意することで、公爵家のままでいられているの」
それがきっかけで、王家よりも発言力があると言われていたランプリングの勢いはなくなり、タイラー公爵が宰相になることで国の勢力図は大きく変化した。
それでもいまだに英雄公爵家は血筋的に正当性のない公爵家だと考える貴族もいて、小さないざこざは起きているわ。
私を露骨に馬鹿にする人たちも、生活魔法しか使えないということだけではなく、不当な公爵家の娘だという思いもあるのかもしれない。
でもこわくて英雄たちや男の子供たちには面と向かって言えないのよ。




