嬉しい変化とひび割れた関係 1
アーチの用意してくれたドレスは、確かに素敵だった。
女性にしては長身で、幼少の頃から剣を学んで筋肉のついた体をしている私には、フリルやリボンのついた可愛らしいドレスは似合わない。
でもこのドレスは、繊細な刺繍の入ったシフォン生地が品よく華やかで、すっきりとスタイルよく見えるデザインだった。
「お姉様、準備は出来た? あら、よく似合っているわ。素敵」
髪を結ったり化粧をしたりする時間がないので、用意されていたアクセサリーだけつけていると、扉が開いてエメラインがはいってきた。
素敵なのはエメラインのほうよ。
バイオレットのドレスがよく似合って、今日は一段と華やかだわ。
「アーチも頑張るわね。その刺繍、アルベルティーナじゃない?」
「まさか」
アルベルティーナは五年も予約が埋まっていると有名な刺繍家よ。
本当にそうだったら、このドレスの値段、いったいいくらなの?
「ぬ、脱いで返すわ」
「やめなさいよ。返されたって困るでしょ。とても気に入ったわ。素敵なドレスをありがとうって感謝の手紙でも送ればいいのよ」
よくないでしょう。そんな高いドレスをプレゼントしてもらうなんて駄目よ。
私はエメラインのように社交に参加していないからどこからも招待されないし、招待されたとしても、王太子殿下からいただきましたなんて言えないじゃない。大騒ぎになってしまうわ。
「お姉様は友達にプレゼントする時に理由がいるの? あ、これ似合いそうだなとか、喜んでくれるかもって送りたくなる時もあるでしょう?」
「その時は、相手の負担にならないお値段のものにするわ」
「アーチは王太子で私たちは公爵令嬢なの。ドレスの一枚や二枚で負担に感じないで」
「……そういうもの?」
「そうよ。もっと高いプレゼントをもらったこともあるでしょう?」
「ないわ」
「……いっさい社交の場に出ないからよ」
社交の場に出ると、そんな高いプレゼントを贈り合うのが普通なの?
私の感覚が庶民的すぎるということ?
もしかして伯爵令嬢の頃の感覚のままで公爵令嬢らしさがないから、周りも失礼なことを言ってもいいと思うのかもしれない。
それは気をつけなくてはいけないわ。
「何を考えこんでいるのよ。いいから早く行きましょう。グレンダを見かけたからここに来たの。あの子、お姉様を目の敵にしているでしょう。ロザリンドはどうしてこんなお茶会を開いたのかしら」
「さあ、でもお父様は嫌だったら帰ってきていいし、王宮にいるから呼びなさいって言っていたわよ」
「あら素敵」
「本当に呼ぶのは駄目よ?」
「わかっているわよ。お父様に助けてもらわなくたって、私のほうが強いもの」
確かにそうでしょうとも。
エメラインは自慢の妹だ。
両親の華やかな部分だけを受け継いだ彼女は、何人もの男性に求婚されるほど美しい。
それでいて芯が強く聡明なのだから王太子妃にぴったりだと思うのに、本人は全くその気がないみたい。
「あちらは誰が来ているの?」
「各家の末っ子がひとりずつよ。他は結婚しちゃっているか男の子だから」
英雄公爵家は親が同じ歳だから子供の年齢も近いけど、あちらの公爵家は年齢がバラバラなのよね。
それに四英雄のうち、女の子が生まれたのはうちだけでしょ?
女の子がほしかった英雄たちは、私とエメラインを幼少の頃から可愛がってくれて、それぞれの得意分野の教師にもなってくれたの。
私は何をやっても、あまり出来が良くなかったんだけど。
「アメリア、まあ素敵じゃない。さあ、こっちに座って」
庭のよく見える大きな出窓のある部屋まで侍女に案内された私たちを、王女宮の主であるロザリンド王女は親しみの籠った笑顔で出迎えてくれた。
やはり私たちが最後だったようで、秋らしいシックな色合いで飾られた窓際の席で、他の令嬢たちはすでに談笑していた。
「遅くなって申し訳ありません」
「いいのよ。理由は聞いているから」
ロザリンドは気さくで思いやりのある女性だ。
王族は他国との政略結婚が何代にもわたっておこなわれているので、黙っていると異国情緒のある謎めいた美人だけど、話すと急に親しみやすい雰囲気に変わる。
年齢が同じこともあって、私は幼い頃から彼女とは大の仲良しで、ふたり揃ってローズおば様に礼儀作法を教わっては、厳しすぎると愚痴をこぼし合ったものよ。
「時間を守れないなんて失礼だわ。それに、その地味なドレスは何? 質素で見栄えがしないデザインね。あなたに華やかなドレスは無理だとしてもそれはないわ」
突然、喧嘩腰の強い言葉をぶつけられたので、足を止めて声のした方向に視線を向けた。
「グレンダ……」
青地に金の刺繍やビーズをたっぷりあしらったうえに白いフリルまでついたドレスを着た彼女は、うちとは敵対していると言っていいランプリング公爵家の令嬢よ。
確かに彼女のドレスと比べたら、たいていのドレスは地味になってしまうでしょう。
三年前に会った時には、ここまで傲慢で失礼な様子ではなかったのに、今日は私に対する敵意を隠そうともしていない。
「まあ、グレンダってば最新の流行をわかっていないのね。この刺繡の素晴らしさを理解できないなんてびっくりよ」
言い返すエメラインの目が輝いている。
これはまずいわ。負けず嫌いの彼女がやる気になってしまっている。
「刺繍? もう少し年齢が上の女性には似合うかもしれないけど、十代には向かないデザインよ」
「そう? ではアーチにそう伝えておくわ」
「……え?」
きつくエメラインを睨んでいたグレンダの瞳が初めて揺らいだ。
「どういうことよ、まさか」
「そのドレスはお兄様がアメリアに贈ったものよ」
エメラインの代わりにロザリンドが答えると、グレンダは目を大きく見開き、きつくハンカチを握りしめた。
「なんで王太子殿下がこの女にドレスなんて」
「グレンダ」
いくら気さくで優しくても、さすが王女。
ちょっとした表情の変化と声のトーンで、別人のように冷ややかで厳しい雰囲気になった。
そういえば、こういう時の顔はアーチに似ているとよく言われるって、とっても嫌な顔で話していたことがあったわね。
「ひさしぶりに顔を合わせるのだから和やかなお茶会にしましょうと、つい先程話したばかりでしょう? どうしてそういう態度を取るの? いつまでも大目に見てもらえると思わないでちょうだい。私の開催するお茶会を台無しにする気ならば、今すぐに帰ってもらうわよ」
「あ……私は……」
おそらく自分だけが叱られたことが納得できないのでしょう。
エメラインをきっと睨みつけたけど、彼女はもうグレンダを無視してお茶を用意してくれている侍女に言葉をかけていた。
十代の一年って見た目の変化が大きいでしょう?
私たちの場合、三年ぶりよ? 一瞬誰かわからないくらいよ。
そして何より意外だったのは、グレンダ以外の令嬢たちのまなざしがとても柔らかくなって、親しみさえ垣間見えることよ。
目が合ったら微笑んでくれるなんて、三年前にはなかったことだわ。
「アメリア、エメライン、三年の間にそれぞれいろんなことがあったでしょう? それに私たち全員、成人しておとなになり、前は知らなかったことを知る機会も増えた。だからね、今日は忌憚なく意見を言い合える場にしたいの」
ロザリンドの言葉に、私とエメラインは思わず顔を見合わせてしまった。
だって、あまりにも意外な言葉だったから。
「実は今日のお茶会は、セレストとドリーンから、コールリッジ公爵家の姉妹とお話がしたいので場を設けてくれないかと頼まれて開催したのよ」
「え?」
「まあ」
「突然で驚いたでしょう? でも、どうしてもお話したいこととお詫びしたいことがあって、それでロザリンド様にお願いしたの」
オファレル公爵令嬢のセレストは、銀色の髪に青い瞳の可愛らしい女性だ。
透けるように白い頬をうっすらと染めながら話す様子は、守ってあげたくなるようなどこか儚い雰囲気がある。
実際は、彼女もしっかりとした結構気の強いお嬢さんなのだけれど、何人もの男性が彼女の見た目に騙されて痛い目に合っているみたいよ。
「私もよ。あれからいろいろと学ぶ機会があって、今まで信じていた世界が覆された感じがしたわ。そして、あなたたちに対する自分の態度が恥ずかしくなったの」
フェアバーンズ公爵令嬢のドリーンは黒髪に黒い瞳の、年齢よりも大人びて見えるお嬢さんで、冷静沈着で感情を表に出さない印象だった。
でも今日は、私たちの反応が心配なのか、先程からずっと落ち着きなく扇についている飾り紐をいじっている。
「……なんの話? 私は何も聞いていないわ」
グレンダは私たち同様、ここで初めて話を聞いたのね。
「だって、私達は普段お付き合いがないでしょう? あなたはランプリング公爵が選んだ人としか交流しないじゃない」
「私とドリーンは普段から、共通のお友達と観劇に行ったり、お茶会をしたりしているの。前は、あなたにも招待状を送ったのよ? でも、返事もくれなかったでしょう?」
「招待状? 知らないわ」
なんということでしょう。
私たちを放置して、あちらの公爵家同士で揉めているわ。
「今回のお茶会はね、劇場で私がセレストとドリーンに偶然会った時に話が出たので決めたことなのよ。だからグレンダは知らなかっただけなの」
「……はい」
ロザリンドにそう言われては、グレンダもこれ以上は何も言えないようだ。
あちらは三人仲良しなのかと思っていたけれど、そうでもなかったのね。
なんとなく、セレストもドリーンもグレンダに対してよそよそしく見えるのは、気のせいかしら。
「さあセレスト、大切な話があるんでしょう?」
ロザリンドに言われて、セレストはこくりと頷いた。
「アメリアもエメラインも遠慮なく意見を言ってね。それが聞きたくてお茶会を開いたのだから」
「え? もうさっそく話すんですか?」
セレストってこんなにあどけない表情をする子だったかしら。
頬を赤くして困ったようにロザリンドや私たちを交互に見て、口を開いては閉じてを繰り返している。
「しょうがないわねえ」
一方、ロザリンドとドリーンはとても楽しそうだわ。
「あなたたちふたりはもしかして気付いていたんじゃない? ずっと領地に篭っていて王都に来なかったマシューが、最近たびたびこちらに来ているでしょう?」
「そういえば……」
なんで突然、マシューの名前が?
あまりに意外な名前が出てきてびっくりよ。
お茶会で話題になるような男じゃないでしょ、彼は。
「え? まさかマシューとセレストが!?」
エメラインが目を丸くして言うと、セレストの顔が一気に赤くなった。
「そうなの。最近セレストはマシューと仲がいいのよね」
笑顔で言うロザリンドはとても楽しそうだ。
マシュー・タイラーはコンラッドおじ様とローズおば様の長男よ。
英雄の子供たちの中では一番年上の二十歳。
結婚する気がまったくなくて困ると聞いたのは何年前だったかしら。
「もしかして……恋バナ?」
エメラインが小声で呟いた。




