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くねくね談合お嬢様

作者: あおい蜜葉

最後だけちょっとイチャイチャ風味ですが百合ではないです。

「おはようございます、シュクレ様ぁっ! あぁんっ、朝からシュクレ様に会えるなんて、わたくしったらなんて幸せなのぉっ!」

「「「「!?」」」」

 

 くねくねくね。

 媚び媚び媚び。

 普段よりだいぶテンションの高い調子でカン高い声をあげる一人の女子生徒。

 両頬に掌を添え、おしりふりふり、意味ありげな目線をシュクレ――貴族の令息を十人ばかり侍らせたピンク髪ツインテールの令嬢――に向けている。

 目が合ったら頬を染めて「キャッ、目が合っちゃった!」と目をそらし、くねくねくね。

 またチラッとそっちを見ては「シュクレ様、素敵ぃ……!」ともじもじもじ。


 どう見ても異常事態である。


 この異常事態を起こしている女子生徒、名をヴェルテ侯爵令嬢マルグレーテと言う。

 この国に五家しかない侯爵家の一つ、ヴェルテ家で現在唯一の直系令嬢である。

 淑女教育は当然しっかり受けているので、こんな大声を出して挨拶するなんて考えられない。

 いくらここが、成人直前の若手貴族が通う学園であろうとだ。


 周囲の生徒は一瞬ドン引きし、それから納得した。

 ただし納得の内容は三つに分かれた。


『あぁ、一服盛られたのかな』派と。

『魅了持ちの疑惑は本当だったようですね』派と。

『作戦があるってそういうこと!? こんなの笑い堪えるの大変なんだから先に言ってよ!』派である。

 比率的には70:25:5くらいであった。



 与党『毒じゃね』派の大半は、その犯人を自国の第一王子かその取り巻きあたりだと考えていた。

 何しろ第一王子イディオときたら、半月前からコン伯爵令嬢シュクレにお熱である。

 学園を卒業して成人となるまでには婚約者を選ぶ、という不文律でもう十年も婚約者候補に三人の令嬢を抱えながら、その全員を放り出しての愚行である。

 

 それも人目を憚るどころか、あえて自分とシュクレのいる場に婚約者候補を呼びつけて、目の前でイチャイチャするのを楽しんでいる。

 性格以外にも頭まで悪いので「婚約者候補さえいなければ君と結婚できるのに」とか言い始めたのを、学校中が知っている。

 だから「王家のツテで人をおかしくする毒でも手に入れて、一服盛ったんだろうなぁ第一王子」とすんなり納得されるだけの素地があった。


 同世代の貴族子女たちに『婚約者候補に毒を盛る人間であること』がすんなり納得される第一王子。

 その程度の人望しかない時点で、彼が即位したら貴族が見切りをつけることは火を見るより明らかであった。

 当然、立太子の可能性はお察しであるが、本人は王妃腹の長男である自分が王太子になると信じて疑っていない。

 マトモな生徒はさっさと親に報告し、元気よく側妃腹の第二王子派に乗り換え中だ。




 最大野党『魅了かぁ』派の内訳のほとんどが聖属性持ちの生徒だ。彼ら彼女らには、洗脳も魅了も媚薬も効かない。

 その性質ゆえに一切シュクレに靡かないわけだが、客観視できるゆえに、彼女の周囲で起きることには厳しい疑いの目を向けていた。


 曰く。

 見えている泥沼に我関せず、を貫いていた生徒について。作法の授業でお茶会を行い、シュクレのいるテーブルで同席した。その翌日から彼女を庇う言動が増えた。

 曰く。

 シュクレに侍っていた男子生徒の一人について。領地の仕事でしばらく学園に来れなかったが、次に出席したとき、それまで婚約者を蔑ろにしていたことを急に自覚して謝った。

 曰く。

 シュクレより背の高い生徒の証言。シュクレはやたらとこちらの目を覗き込んでくる。ちなみに標的と目を合わせるのは、洗脳呪術の基本である。


 聖属性持ちの生徒たちのおおよその見解は『魅了持ち疑惑、ほぼ黒』であった。そこに加えて今朝のこれである。


 ――あぁ、第一王子(バカ)の「婚約者候補さえいなければ」を真に受けたコン伯爵令嬢が、ついにヴェルテ侯爵令嬢に魅了をかけたか、と。

 それはそれはすんなり納得したのである。


 これまで彼女が魅了の毒牙にかけてきたと思われる男子生徒たちの、その婚約者たちはみな伯爵家以下の令嬢だった。

 だがついに、コン伯爵家より格上であるヴェルテ侯爵家の相手にまで手を出した。そうなると実家の力で潰される可能性がある。

 それを防ぐためには、婚約者候補たちごと魅了にかけて「邪魔しないでね」と洗脳するのが手っ取り早い。

 誰もが思い付く手段であるだけに、すんなり納得された。




 そして弱小野党『先に言ってよ』派。これはマルグレーテが信用するごく一部の女子生徒たち。

 シュクレに婚約者を誑かされた被害者女子生徒と、マルグレーテと同じ立場の婚約者候補たちで構成された『白薔薇のお茶会』の面々である。

 ほとんどが伯爵家以下の令嬢であり、シュクレの実家であるコン伯爵家に圧力をかけられる立場にない。


 たった一人だけ、コン家に納品されるジュエリーの原産地であるブラン伯爵領の令嬢だけは、父親に頼んでコン伯爵家に圧力をかけ、シュクレを退けた。

 それにより『圧力は有効』と知っていたマルグレーテ。

 第一王子がターゲットになったと知るや否や、情報を集めるために、そして流すために、被害者の会を結成したのである。


 侯爵令嬢様が立ち上がってくれた、と令嬢たちは喜び、即日彼女の下に馳せ参じた。

 結果的に、親の政治的派閥を越える、超党派の令嬢組織が出来上がった。

 中には聖属性持ちであり、シュクレの魅了持ち疑惑をかなり深く知っている令嬢もいた。


 曰く。

 聖属性の魔力を込めて作り、婚約者に持たせていた邪気破りの指輪がある。

 シュクレにまとわりつかれるようになってから、いつの間にか婚約者はそれを身に着けていなかった。

 魅了の魔力に曝されすぎて壊れたか、邪魔だからと抜き取られた可能性がある。

 

 この証言はかなり重視され、『白薔薇のお茶会』においてもシュクレが魅了持ちなのは既定路線となる。

 集まる情報を吟味し、作戦を立てたマルグレーテは、前日のお茶会で一同に告げていた。


「明日の朝、面白いものをお目にかけますわ。わたくしもあの馬鹿……いえ、第一王子の婚約者候補はそろそろ考え直したいと家の了承が取れましたの。リリアンヌもロゼマリーも、準備はよろしくて?」

「もちろんよ、マルグレーテ。私たちの世代から第一王子の人望がないのは既に確定。なら婚約者に昇格するのは泥舟。お父様にも既に委細承知で、候補の内に辞退するよう指示を受けたわ」

「お父様――公爵も『いいよー、やっちゃいなー』とのことです。『これで苦情を言うような王家であればパパがメッ!してくるね』とも」

「まぁ。なんて心強いこと」


 政治的にはヴェルテ侯爵家の対立派閥に当たる、リリアンヌの実家のルーシュ侯爵家。

 両侯爵家が第一王子から手を引くとなれば、残る候補は公爵家のロゼマリーだけとなる。

 だがロゼマリーの父が現王の弟であり、つまりロゼマリーは王子たちの従姉妹である。

 血が近すぎるため元より数合わせであり、本来の役目はマルグレーテとリリアンヌの仲が悪くならないよう仲裁することだ。


 ロゼマリーが最終候補になった場合は、実質的に婚約無効となるのだと、二人も昔から知っている。

 本来なら候補者二人に聞かせていいことではないが、野心のない王弟公爵と、刺繍さえできれば幸せな公爵夫人の間に生まれたロゼマリーは、やっぱり野心がなかった。

 それゆえ自分の居心地の良さを求めて、変にライバル視されてギスギスしないよう、さっさとネタバラシしたのである。


 王家の分家である公爵家がそういう付き合いを求めてくるならと、積極外交派のヴェルテ侯爵家も、内政充実派のルーシュ侯爵家も、腹を割って付き合うよう娘たちに指示した。

 そこからなし崩しに仲良くなり、最終的には『誰が王子妃になっても、あとの二人はその侍女になりましょう』という密約までできていたほどだ。

 なにしろ誰が選ばれるにしても、誰かが正妃になり、残りが側妃にされて、なんて明らかにギスギスする関係にはなりたくなかったのだ。


 その関係が数年越しに結実した結果がこの『白薔薇のお茶会』とも言える。

 婚約者候補の実家が三家揃って第一王子を見捨てる方針で一致したのだから、令嬢たちによる政変と言っても過言では……まぁ、さすがにちょっとはある。


 もちろん第二王子にもそれぞれの派閥から婚約者候補を提供しているので、正直どっちが王太子になっても構わないのである。せいぜい派閥内の順位が入れ替わるだけだ。

 だから王家への叛意とまでは言えない。そもそも王家の血の予備たる王弟のお墨付きなのだから。


 実に周到に用意して、しかし実際にはリリアンヌやロゼマリーですらも、マルグレーテが何をやるのかは知らされていなかった。

 そして迎えた翌日の登校時間、馬車溜まりにて――つまり各家の使用人たちも見ている中での――この『異常事態』である。


 さすがに高位貴族の令嬢たちは、顔には出さなかった。

 低位貴族の令嬢たちは『マルグレーテ様が言ってたの、これかぁ!』と内心叫びつつ噴き出した。

 何も知らない生徒たちはざわついた。

 そして一部の生徒たちは、冷静に状況を眺めて、何種類かに分かれた『納得』をしたのである。





 この事態に、誰より面食らったのはシュクレである。


(はぁ!? 確かにあんまり圧力がウザくなるようなら魅了かける予定だったけど、まだやってないわよ!?)


 魅了持ちは、暴れる者を取り押さえるのを容易くするなど、公的な利用価値が高いため『力を持っていること』が罪ということはない。

 だが私的に濫用すれば地位も財も思いのままであることは間違いない。そのため『魅了を濫用すること』は強く忌避される。

 だからシュクレも、バレない程度に……というつもりで使っていた。

  

 ただ悲しいかな、彼女は伯爵令嬢の割に自制心が無かったし、頭も悪かった。

 低位貴族の男子生徒を二人侍らせた時に、とても気分が良かったのだ。

 二人でこんなに楽しいなら三人ならどうだろう、四人なら、と試してみたくなり、数が増え続けた。

 少なくとも今子供ができたら誰が父親か分からないような人数を日替わりで侍らせるに至った。

 

 家庭で姉に虐められ元々女性に嫌悪感を持っている男子生徒すら効いたことから、自分の力は『好意を増幅するもの』ではなく『強制的に自分への好意を抱かせるもの』であると正しく理解もしていた。

 この魅了を使えば、いずれ文句を言ってくる格上の令嬢ですらも黙らせられるのでは? と気づいたシュクレは、ついに第一王子に手を出した。

 王子もあっさり虜になり、この半月、シュクレは幸せの頂点にいた。


 その一方で、婚約者を奪った女たちが何やら第一王子の婚約者候補のところに出入りしているのも、手足扱いしている下位貴族の男子生徒からの報告で耳にしていた。

 詳細は分からないのかと聞くも「女子生徒だけのお茶会には、さすがに潜入できなかった」と言われてそれはそうかと捨て置いた――それが、シュクレの致命傷となった。



 ――コン伯爵令嬢シュクレは、第一王子に媚薬を盛るか魅了をかけて迫り、その婚約者候補である侯爵令嬢まで同様の手口で陥れ、人前で辱しめた。



 その噂は、居合わせた各家の使用人たちからあっという間に主家に報告が及び、その日の夕方には貴族社会で既定路線となり。


 翌朝には「格下の令嬢の魅了にかかるなど、隙の多いわたくしは王子妃に相応しくありませんわ」と言ってマルグレーテが婚約者候補を辞退し。


 同時に「コン伯爵令嬢の蛮行を知りながらも、所詮他人事と積極的な動かなったために王子まで被害を及ばせてしまった私は王族妃に相応しくありません」とリリアンヌも婚約者候補を辞退し。


 その報告を受けた公爵が王家に面会し。


「第一王子の婚約者候補が我が娘一人になってしまったので、当初の条件通り婚約者選びは無効ということでよろしくね。何故そんなことになったのか、よーく調べてみるといいんじゃないかな」


 輝く笑顔で釘を刺したことにより、ようやく第一王子が同世代に全く求心力を持てていないことが分かった両陛下は、ガックリと肩を落としてヴェルテ・ルーシュ両侯爵家からの辞退をただ了承する他なかったという。







「あースッキリしましたわ! 王妃腹というだけで王太子になると疑いもしない、年々傲慢になっていくお馬鹿さんを相手するのも面倒になっていましたものね」

「本当よね。やっと解放されて伸び伸びできるわ~。国一番の働く女性である王妃の立場には憧れるけど、あのお馬鹿さんを支えて王妃業やるにはちょーっとキビしかったものねぇ?」

「あらあらお二人とも、お口がヤンチャでしてよ。相手は仮にもまだ王族なのですから」

「『仮にも』『まだ』……ですのね。うふふ、ロゼマリーがそう仰るなら、公爵家筋の情報ということですわね?」


 近日中に第一王子は除籍されて、第二王子の立太子が確実となった、と。王弟からリークがあったぞ、と仄めかすロゼマリーに、にんまりと笑みを交わす二人。

 これで自分たちは完全に自由の身だが、さて。


「それにしても、マルグレーテ一人で泥を被らなくても良かったのに。魅了にかけられたことにしたせいで、貴女、どの家にも嫁げなくなってしまったじゃない」

「そうね、人って口さがないものね。魅了にかけられたわたくしを、侍らせた令息たちに凌辱させたのではないか……なんて話も出ているそうね」

「事実なんてどうでも良くて、噂をするなら派手な方が面白い、と思った愚昧な方々が尾ひれをつけているんでしょうねぇ」

「侯爵家の援助金狙いの低位貴族の方々が、より酷い噂になればなるほど自分のところで恩を着せて娶りやすいのでは、と浅知恵で噂を広げているとも聞きましたわね」


 真実はどうあれ、そんな噂が立てられてしまった令嬢を嫁に取る貴族家などありはしない。

 もちろん襲われたとされる時から月の物が一度来れば『どこの男の子供か分からない』ということはなくなるが、血筋の問題だけでなく、やはり醜聞のある令嬢は、金目的以外では好まれないのだ。


「そういうわけでリリアンヌかロゼマリー。どちらか、私を侍女に雇わない?」

「え!?」

「元々どっちが王子妃になれても、あと二人が侍女になる約束だったでしょう?」

「そうだけど。誰もならなくても有効なの?」

「だってわたくし、もうお嫁には行けないもの。かといって兄が結婚したら、家に世話になり続けるのもね」

「それもそうね。公爵家は一代限りだから私は嫁入りも婿取りもしなくていいとお父様から言われているけれど、働きに出るのは悪くないわ。どうせなら私も雇ってもらおうかしら、リリアンヌ」

「ちょっと、落ち着いてロゼマリー。王族妃でもないのに公爵令嬢を侍女にする侯爵息女が居てたまりますか!」





 それから二年ほど。

 立太子した第二王子の結婚が決まったのに伴い、一人の公爵令嬢が外交正使として、隣国の王族へ披露宴の招待状を届けに赴いた。

 国外の貴賓を滞在させる館にて、正使の側には非常に洗練された侍女が二名付き添っており、館つきの高級使用人たちも思わず唸ったという。

「イディオ」「コン」は「アホ」、

「シュクレ」は「砂糖菓子」。


ヴェルテが緑キャラ、ルーシュが赤キャライメージです。

緑キャラって穏やかな分、ぶちキレさせたら怖い。


最後は百合ではないよ、白薔薇だよ。という。

一代限りの公爵家なら、令嬢は結婚するかキャリアウーマンするかだけど、人生楽しそうで何より。

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公爵家の人々のノリが良くて良いですね。 テンポ良く読みやすかったです。
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