おネエな婚約者が兄に恋をしたので、婚約解消しようと思います。
「シエル様、私との婚約を解消していただけませんか?」
私、アリアナは、隣に座る婚約者のシエルから顔を背けるようにして言葉を絞り出した。
形の良いエメラルドの瞳、ひとつに纏めた腰まで伸びる金髪はサラサラで、中性的な美しさを持つ顔立ち。更には性格まで言うことなし。好みドンピシャ。優勝。大好き。
けれど、彼の幸せのためには私が相手ではいけない。
「アリアナ・・・? 急に何を言っているの? アタシ何か気に障ることでもしたかしら? ねぇ、理由を教えてくれない?」
閉じてそろえられた足、困惑した表情の口元にはハンカチを持つ手が添えられている。
そう、服装やビジュアルは美青年だが、彼はいわゆる「おネエ」なのだ。
顔を背けたまま押し黙っているアリアナに体を向けたシエルは、アリアナの手を取り、眉を寄せて言った。
「アリアナ、こっちを向いて? アタシのこと嫌いになった? それとも何か理由があるの?」
アリアナは握られた手を見つめ、自分を奮い立たせるようにぎゅっと瞳を閉じた後、シエルのほうに向きなおすと意を決して言った。
「わ、私は見てしまったのです・・・。この前、シエル様がうちにいらっしゃった時に、アランのことを優しい瞳で見ていらっしゃったのを・・・。」
アランは私の双子の兄で、ちょうどその時鍛錬をしていた。シエルは動き回る兄を視線で追っていた。熱を持ったそのエメラルドの瞳で。
いくら鈍いと言われる私でもわかりやすすぎた。
涙がじわりと滲んできて下を向きかけたとき
「ぶふっ!」
と横から吹き出すような音が聞こえた。
「えっ?」
思わずシエルの方を見る。彼は口元にハンカチを当てたまま向こうを向いてふるふると震えていた。
「コホン。アタシがアランの事を、熱い目で見ていた、と。イヤだわ、そんなわけないじゃない~。アタシの婚約者はアリアナ、あなたなのよ。」
「でも! それだけじゃないのです。この間、街に刺繍糸を買いに行ったときにも見てしまったのです!」
思わずシエルの方に身を乗り出す。ここでうやむやにしてしまったら、シエルに幸せは訪れない!
「アランとデートしていらっしゃったでしょう? 宝飾店で!」
「ぶふっ!」
シエルは思いっきりせき込んだ。
「ふぅ~。ごめんなさい、続けてくれる?」
先を促すように手を差し出したシエルに、アリアナは小さく頷くと続けた。
「アランに、ピアスをあてて選んでいらっしゃって・・・。最近流行っているでしょう? 小説の『許されないカップルが、ひそかにお揃いのピアスを身に着ける』 それで、ああ、そういうことか、と納得してしまいましたの。」
引きかけていた涙がまたじわりと滲んでくる。そんなアリアナの隣に腰掛けるシエルは小刻みに震えていた。
(震えていらっしゃるわ。秘めていた恋が婚約者にバレていたんですものね。)
「・・・ですから、私との婚約は解消してください。シエル様は、本当に想う方と添い遂げていただきたいです。」
「だったら、婚約は解消しないわ。」
シエルはハンカチで顔を半分隠し、ふーっと大きなためいきをついた。
「でも! それじゃあシエル様が幸せになれな・・・」
言いながらアリアナはハッと気づいた。
この国ではまだ同性婚は認められていない。
双子であるアランとアリアナは、体型は違えど顔はそっくりなのだ。そういうことか。
「私との結婚を、隠れ蓑にしようということですか・・・?」
表では、アランと同じ顔をしたアリアナを妻として隠れ蓑とし、実際はアランとの愛をはぐくむ。秘められた恋!
「ぶふー! ははっ! あははははは」
シエルが突如盛大に吹き出した。
「えっ?」
いつもと違う大口を開けた男らしい笑い声に驚いて、涙もカラリと乾いてしまった。
「はーまさか、アランとそういう仲になっていると思われていたなんてね。アリアナは思い込みが激しいタイプだとは知っていたけど・・・斜め上を行かれたな。」
大きな手で前髪をかきあげながら天を仰ぐシエルのしぐさは男の人のそれで。
見慣れないしぐさに鼓動が大きく音を立てる。
「し、シエル様、いつもと口調が違いません?」
「ああ、こっちが素だよ。アリアナは小さい頃から男がかなり苦手でいつもアランの後ろに隠れていただろう? だから怖がらせないように、女性のような態度をとるようにしていたんだ。そのせいで・・・っこんな勘違いをされるなんてね。ははははっ」
こっちが、素・・・? おネエな言動は私のために?
「え、では、シエル様の想い人はアランではないのですか・・・?」
「あんな話し方をしていたのは、君に好かれたいからで、中身が女性なわけではないよ。私が愛しているのは君だよ。アリアナ。」
「でも、アランを見つめていたまなざしは恋人に向けるものでした!」
「私にはアリアナに見えていたんだ。君たちは顔がそっくりだからね」
「宝飾店でのデートは・・・?」
「それも同じ理由だよ。アランに付き合ってもらって君に似合うアクセサリーを探しに行っていたんだ。」
(全部、私の勘違い・・・?)
「本当は来週の誕生日に渡そうと思っていたんだけど。」
シエルは片手に乗る小さな箱を差し出してきた。
「アランじゃない、君にだよ。アリアナ。」
そっと手に取り蓋を開けると・・・シエルの瞳と同じ色をしたエメラルドのネックレスがきらめいていた。
意中の相手に自分の瞳の色のネックレスを贈る意味は・・・『いつもあなたの傍に』。
「あ、ありがとうございます! とってもきれい・・・。」
「着けさせてもらっていいかな?」
シエルはアリアナの顔を覗き込むようにして言った。
アリアナがこくんと頷いたのを確認すると、箱からネックレスを取り出し、そっと金具を外すと、前から抱きしめるかのように首元に手をまわした。
シエルからふわりと香る柑橘系の香り。嗅ぎなれたその香りが濃くなったことに、胸がどくんと大きな音を立てる。
(お、思った以上に近い! 恥ずかしい!!)
顔が熱を持っているのを感じる。思わずぎゅっと目をつむると、頬にやわらかなものが当たると同時にリップ音がした。
「えっ!?」
思わず頬に手を当てて固まる。
「ふふっ。あまりにも可愛いからガマンできなかった。ダメだった?」
いたずらした後の少年のような笑みを浮かべて、かるく首を傾げるシエル。
(くっ・・・かっこよくて、可愛くて。私はどんなシエル様も好きなんだわ。おネェでもね。)
「・・・シエル様。」
えいっとばかりにアリアナもシエルの頬めがけて突進した。
「ダメじゃないです! どんなシエル様も大好きです!」
おネエだと思っていた婚約者の溺愛が加速していくのはこの先のお話。