第3話 これって観光? 初デート?(後編)
3人で初デートっぽい京都観光をしている僕たちは、いろいろな会話を弾ませながら、哲学の道を抜けた。しかしエルフィナさんの言う通り、びっくりするくらい誰もこっちに視線を向けない。これだけの美人なら、二度見する人や隠し撮りする人がたくさんいても不思議じゃないんだけどな……大きな塀を見ながら、スマホの案内で、予約している湯豆腐のお店を探す。
「これ、お金持ちや有名人とかの別荘も多いらしいよ」
「そうなんだ。ずっと歩いていても、入口がないもんね」
そして間もなく、お昼ごはんのお店にたどり着いた。エルフィナさんが予約の名前を告げると、日本庭園が見渡せる個室に案内される。ちょっと薄暗くて、しっとりとした静けさが漂っていて、とても心地よい。このままお行儀悪く畳に寝転がって、お昼寝をしたくなる。
「わぁ、やっぱりこういう場所はいいよね」
「こうして静かなところでゆっくり食事をするのは、贅沢な時間ね。でもごめんなさいね、男の子には量が足りないかもしれないわね」
「いえ、気にしないでください。エルフィナさんのおかげで、こんなに良いお店で食事をさせてもらえるんですから」
「ありがとう。ラーメン屋さんとかは、チアリちゃんと行ってきてね」
「あっ、そうだね。京都はラーメン屋さんも有名だもんね。哲郎くん、行ってみたいお店とかある?」
おおう、僕と一緒にラーメン屋さん巡りまでしてくれるつもりなんだ、中西さん。まだ出会って2日目なのに、口を開くたびに僕を夢中にさせてしまう。いや冗談抜きで、何でこんなに良い子に彼氏ができなかったんだろう?
そうしているうちに、コース料理が運ばれてきた。湯葉やお刺身などを美味しくいただいていく。本来なら今日のお昼ご飯は業務用パスタを茹でて食べるつもりだったのに、すごい格差だ。
そしてメインのお鍋として、湯豆腐が運ばれてきた。食べると、ふわりと口の中で豆腐がとろける。えっ、豆腐ってこんなに美味しい食べ物なの? 僕が人生で食べてきた豆腐と格が違うんだけど? 思わず中西さんと視線を交わす。
「えっ、すごく美味しいよね、これ」
「うん、すごく美味しいよね」
「やっぱり、一流のお料理はすごいわね。ただのお豆腐のはずなのに、こんなに美味しいんだもの。私が元々いた世界では、こんなに美味しい料理はなかったわ」
あっ、そう言えばエルフィナさんって第1世代だから、どこかの異世界からこの現代日本に転移してきた人なんだっけ……今度、異世界のこととか、転移してきた経緯とか、聞いてみたいなぁ。僕たちはリラックスした雰囲気の中、美味しい食事を楽しんでいく。エルフィナさんはお昼から日本酒もいただいて、上機嫌だ。
それにしても、美味しいものを食べて幸せオーラ全開な中西さんが、ちょっと子供っぽくて可愛い。食べていても、ふとした瞬間に中西さんと視線が合ってしまう。
あぁ、早くラーメン屋さんの行列に一緒に並んで、周りの男たちから羨ましがられながら、幸せオーラ全開の中西さんとラーメンを食べたいなぁ。テーブル席で向かい合って食べても良いし、カウンター席で身体を寄せ合いながらというのも捨てがたい。
「どうしたの、哲郎くん」
「いや、中西さんとラーメン屋さんに行くのも楽しみだなぁと思って」
「うんっ、たくさん2人で、ラーメン屋さん巡りしようね!」
あぁ、これだよ。このフレンドリーさとハードルの低さ。エルフィナさんもニコニコしながら、僕たちの会話を見守ってくれる。エルフィナさんからしたら恋愛初心者同士のじれったい会話かもしれないけど、これが僕の精一杯だ。
そして湯豆腐を楽しんだ後、外に出る。ほっぺたに小さな雨粒が当たるのを感じた。ふと空を見上げると、薄暗い雲が空を覆い始めている。あれ、天気予報って雨だったっけ? でも、あっちの空は晴れてるな。あっという間に少しずつ雨粒が大きくなり、周りの観光客も雨宿りする場所を探し求めて、あわてて動き始めている。
「雨、降ってきたね。すぐに止みそうだけど、傘を持ってきてないから、急ごうか」
雨宿りを促す僕の声かけに帰ってきたのは、中西さんの思わぬ言葉だった。
「大丈夫だよ、ちょっと待ってて。お母さん、私がするね。哲郎くんに見てもらいたいから」
中西さんの手のひらが、空に向けてゆっくりと動く。その動きに合わせて、周囲の空気が、ふわりと変わった。柔らかい光が、中西さんの手元から広がって僕たちの周りを包み込んでいく。
「えっ、これって」
頭上では雨が相変わらず降り続けているのに、僕たちの周りだけは全く濡れることがない。まるで透明な膜が、雨から守ってくれているかのようだった。いや、噂に聞いたことはあるけど、これってアレだよね?
「これ、もしかして……魔法?」
「うん、ちょっとした結界魔法だよ。これくらいなら私も使えるんだ」
中西さんはにっこり笑った。当たり前のことのように話すけど、僕にとっては非日常そのものだ。エルフが魔法を使えることは知識としては持っていたけど、実際に魔法を見るのは初めてだ。でも、明らかに僕たちに当たらない雨が、その存在を証明してくれている。
「中西さん、すごいね。こんなことができるなんて」
「えへへ、見直したでしょ?」
「うん、でもその素敵な笑顔の方が、すごい魔法だよ」
「えっ、ちょっと、そんな不意打ちは止めてよ」
「あらあら、哲郎くんもなかなかやるじゃない。あなたたち、本当にお似合いね」
桜の花びらが雨に濡れてしっとりとした景色の中、僕たちだけが傘を差さずに雨を避けながら歩く。さすがに周りが、驚きをもって僕たちを見つめている。まるで別世界にいるような、不思議な感覚が続いていた。
そして南禅寺や周辺の観光を終えてから、エルフィナさんは新幹線に乗って自宅に帰って行った。とは言っても、また入学式の時には来るらしい。僕たちは京都駅のホームまでついていって、エルフィナさんを見送った。
「さぁ、帰ろうか」
「うん、そうだね。昨日はお母さんのお友達と外食だったからできなかったけど、今日の晩ごはんはちゃんとご馳走するから、楽しみにしててね」
えっ……晩ごはん、本当に作ってくれるの? こうして、『中西さんは実は魔法が使えることが判明した事件』の余韻も冷めやらぬまま、次の重大な案件が発生したのだった。
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