紙飛行機のゆくえ ~合同遠足での一幕~
小学生のソヨカちゃんとミキオくんは地域の遠足イベントに参加しました。
塩濆け幾等様主催の『秋の風まかせ企画』参加作品です。
別の小説『ランコ推参! ~キャンプ場での一幕~』等の登場人物がでますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
「ソヨカちゃん。今日は晴れてよかったね。そんなに暑くならないみたいだし」
「そうだね。ミキオくん。ちょうどいい遠足びよりだよ」
今日は日曜日。あたしたちの住んでいる市の主催で、複数の町内会での合同遠足だ。
市内にある広々とした自然公園に着いたところだ。
美しい森、静かな池、広がる草の広場、そして野鳥がたくさん住んでいる場所なんだ。
バーベキュー場や木製のアスレチック遊具、犬を遊ばせるドッグランなんかもあるんだ。
隣にいるのは、小学生であたしと同じクラスの元気な男の子、ミキオくん。
町内会のイベントにはいっしょに参加することが多い。
ここでしばらく自由時間だ。
参加者たちはレジャーシートを広げてお弁当を用意している。
「ソヨカちゃん。お弁当はどこで食べようか? オレはあっちの木陰がいいと思うよ」
「そうね。涼しそうだし、シートを広げやすそうなところを探そっか」
あたしはミキオくんを何本かの木が生えているところに移動した。
ふと、少し離れた池の近くに小柄な女の子が一人でいるのが見えた。
木陰でレジャーシートを広げようとしていて、寂しそうな感じだ。
「ねえ、ミキオくん。あの子、一人ぼっちなのかな」
「誰かとはぐれたのかな。でも、どっかで見た顔だな。あ、ひょっとしてあの子、フウナちゃんかも。ほら、幼稚園で一緒だった子」
「あ、ほんとだ」
あたしたちはその子に近寄って、声をかけた。
「こんにちは、もしかしてフウナちゃん? わかるかな、あたしソヨカ」
「……あー、ソヨカちゃん。覚えてるよー。それにミキオくんだよねぇ」
風菜ちゃんはあたし達と同じ学年で、幼稚園時代は一緒だった。
彼女は違う小学校にいったから、会うのは久しぶりだ。
話を聞くと、フウナちゃんと一緒に遠足に来る予定だった友達が急病で来られなくなったそうだ。
フウナちゃんの町内会では同学年の子が来てなかったので、気まずくて一人で行動してたんだって。
ミキオくんはレジャーシートを広げて、フウナちゃんのシートの隣にしいた。
「じゃあ、フウナちゃん。いっしょにお弁当を食べようよ。いいよね」
「うん、いいよー。三人でぇ、お昼ご飯を食べるのはー、ひさしぶりだねぇ」
三人でお弁当や水筒を出しながら、最近小学校で起きた出来事を話した。
みんなで弁当箱のフタをあけて、さあ食べようというところで、フウナちゃんが首を傾げた。
「あれ、あれぇ? あたしー、もしかしておハシを忘れてきたかもー。どうしよー」
お弁当袋とリュックをごそごそやっているが、見つからないようだ。
そういえば幼稚園のころも、たまにフウナちゃんは忘れ物をしていたような……
「大丈夫。フウナちゃん、オレはワリバシもってきてるから使いなよ」
ミキオくんがどこからワリバシを取り出して、フウナちゃんに渡す。
弁当用のハシは別で持ってた。ずいぶんと用意がいいね。
「わぁー、ミキオくん、ありがとー。たすかったよー」
「すごいね。ミキオくん。誰かがおハシを忘れてたり落としたりしたときのために持ってきてたんだね」
するとミキオくんは「違うよー」と言いながら首を横に振った。
リュックからスルメの入った袋とタコ糸を取り出した。
「この後、そこの池でザリガニつりをやろうと思ってたんだ。べつにワリバシがなくても釣れるからいいの」
「えー? ミキオくん。このワリバシってぇ、よごれてないよねぇ」
「だいじょうぶ。朝に紙袋から出してビニールぶくろに入れ替えただけだから、きれいだよ」
こうして、ミキオくんのおかげで無事にお弁当を食べることができた。
食べている間、レジャーシートの周りにハトとスズメがうろうろしていた。
おこぼれを狙っているのかもしれない。
エサをあげちゃダメって言われているから気を付けよう。
フウナちゃんは帽子に遠足の参加記念のバッジをつけていた。
あたしとミキオくんもリュックにつけている。
バッジには西暦が書かれてて、あたしとミキオくんは昨年と一昨年のバッジもリュックにつけてた。
「ソヨカちゃんとミキオくんは三回目なんだー。あたしは今回が初めてぇ。いいなぁ、バッジをいっぱいもっててぇ」
「オレよりもっとすごいおじさんがいたよ。十個以上つけてた」
あたしもその人みたけど、どっかの町内会の係の人だと思う。
「でもオレは、あまりたくさんバッジはつけないほうがいいと思うよ」
「どうしてぇ?」
「バッチがごちゃごちゃしてると、バッチぃかんじだから」
「ミキオくーん。そのダジャレー、つまんなーい」
あたし達は、この後の自由時間の間、何して遊ぼうかって相談した。
フウナちゃんもあたしも、ザリガニつりはあまり興味がない。
「じゃあ、そこの川で石を積んで、石橋とダムをつくろうか」
「石橋?」
「ダムー?」
あたし達がきくと、ミキオくんは池から伸びている小川を指さした。
「あっちに大きい石がゴロゴロ転がっているんだ。小川を渡すように石を並べて水をせき止めるんだよ。その後でいっきに水を流すと面白いよ」
その時、あたし達の後ろから声がかかった。
「ミキオくん、スートーップッ!! ダムなんか作っちゃだめだぞっ」
ふりかえると、髪を後ろでくくったお姉さんが立っていた。
町内会のお手伝いをしている霧宮ランコさんだ。
「ミキオくん。大量の水を流したら、下流の人がびっくりするだろう」
「あ、ランコちゃん。面白いと思ったけど、ダメ?」
「その水でころんだりケガをするかもしれないよ。だからやんないでね」
「はぁい」
ミキオくんは素直に従った。
ランコさんには、いつもイベントで色々なことを教わっているんだ。
あたしはフウナちゃんのこともランコさんに紹介した。
フウナちゃんは、ランコさんが持っている木の棒が気になったようだ。
「あのー。お姉さん。その棒は何に使うんですかー?」
手のひらぐらいの短いくて太い木の棒に、ネジが1本ついている。
「これはバードコールっていうんだ。このネジを回して野鳥を呼ぶんだよ」
そう言って、ランコさんはその道具のネジをひねった。
キュッキュという音がでている。
この音で鳥さんが寄ってくるのかな?
そういえばこの公園には珍しい野鳥がいるらしいね。
周りの木々を見回してみたけど、新しい鳥さんは見当たらない。
地面にスズメが二羽いるだけだ。
「ランコちゃん、オレにもやらせてっ」
「うん。いいよ。回す速さを変えると音が変わるから試してみな」
ミキオくんがその道具を借りてネジを回した。
いろいろ回し方を変えてたけど、野鳥がくる感じはなかった。
あたしも試してみたけど、ダメそうだ。
最後にフウナちゃんが試す。やっぱりダメかな。
「ソヨカちゃーん、野鳥はこないけどー。さっきからスズメが増えてきてないー?」
地面を見ると、スズメが五羽になってた。いつの間に?
「今日は人が多いから、珍しい野鳥はあまりこないかもね」
ランコさんが苦笑いをしている。
運がいいときには、バードコールを鳴らすと野鳥が鳴いて返事をしてくれることもあるとか。
この道具は木の棒とネジがあれば簡単に作れるらしい。
今度作り方を教えてくれるって。
ただ、春先にはバードコールは使っちゃいけないんだって。
野鳥の巣作りの邪魔になるそうだ。
「あ、そうだ。ランコちゃん。ちょっと前にうちのクラスの子が公園でカラスを見かけたんだ。で、その子がカラスの鳴きまねをしたら、他のカラスがいっぱい集まってきたんだって」
「ミキオくん。それはあまりやらない方がいいかもね。仲間だと思って寄ってきたんじゃなくて、敵だと思って集団になったかもしれないんだ。いっせいに襲われる危険性もあるから、試さない方がいいよ」
「そうなんだ。あいつ、よく無事だったな……」
「三人とも。もうすぐイベントの時間だから、あたしは先にステージの方に行ってるよ。今のうちにお手洗いを済ませておいた方がいいからね」
「はーい。ランコさん、また後でねー」
「お仕事がんばってね、ランコちゃん」
「お姉さん、それじゃあまたー」
ランコさんはステージの方に歩いて行った。
イベントの手伝いもするみたいだ。
あたし達もレジャーシートを片付けて野外ステージに向かう。
遠足に参加した子供たちが集まっていた。
ステージのイベントでは、クイズゲームとかビンゴゲームをやった。
イベントの最後は紙飛行機の飛ばしっこだ。
係の人たちといっしょに、ランコさんも紙飛行機用の紙を子供たちに配っていた。
あたし達も紙を受け取った。
「ランコちゃん。よく飛ぶ飛行機の作り方を教えてよ」
ミキオくんがランコさんに声をかけていた。
「いや、それはまずいだろう。ミキオくん。遠くまで飛ばした人は景品が出るけど、あたしが教えたらズルしたことになりそうだ」
「えー……だめかなぁ。ちょっとコツを教えてくれるだけでいいんだけどね」
あたし達の話が聞こえたのか、近くにいた他の子供たちも「教えて教えて~」って寄ってきた。
腕章をつけた係の人がランコさんに声をかけていた。
「希望者には教えてあげても大丈夫ですよ。霧宮さん」
「あ、いいんですか。それなら……」
ランコさんは紙を周りの人に見せながら話し始めた。
「作り方を説明する前に、一つ注意しておきます。折り紙を作るとき、机の上で折り目をつけていた人もいると思います」
ランコさんの説明では、紙が変に曲がってしまうと紙飛行機がうまく飛ばないそうだ。
机で折るのと同じつもりで、地面とかベンチに紙を押さえつける人がけっこういるらしい。
そうすると紙がゆがむんだって。
折り目は空中でつけるのがコツだそうだ。
あたしたちはランコさんの説明をききながら、紙飛行機を折っていった。
ランコさんの指示どおり、ぴったり左右対称で、変な折れ方はしていない。
これならよく飛びそうだ。
何組かのグループに別れて、ステージの上から紙飛行機を飛ばしている。
グループごとに、一番遠くへ飛ばした三名が景品をもらえるようだ。
あ、ランコさんに作り方を聞いてた子が景品をもらってる。
「ソヨカちゃーん。ランコお姉さんってぇ、すごいねぇ」
フウナちゃんが言った。
「そうなのよ。他のイベントでもいろいろ教えてくれるの」
「オレ、ランコちゃんのおかげで少しは頭がよくなった気がする。あ、さっきランコちゃんに教わったけど、飛行機を飛ばすときは『少し斜め上に投げろ』ってさ」
あ、そっか。見ていると、ステージの何人かはステージの下に向かって紙飛行機を投げていた。
上に投げた方がよく飛ぶような気がする。
あたし達の番になった。
ミキオくんとあたしとフウナちゃんが、他の子たちにまじってステージに並ぶ。
ステージの向こうには、青空の下に自然公園の草地が広がっている。
おだやかな追い風で、紙飛行機を飛ばすには絶好のタイミングだ。
「オレの飛行機は、絶対に空高く飛ぶぞ!」
ミキオくんが自分の紙飛行機を持ち上げて、自信たっぷりに言っている。
「ミキオくん。あたしの飛行機も負けないよ!」
「あたしもー、頑張るねぇ。っていうかー、同じ作り方だからー、あとは投げ方だよねぇ」
係の人の合図で、あたし達はいっせいに紙飛行機を構えて、投げたっ!
「それーっ」
あたし達の紙飛行機は風に乗って秋の空に舞い上がり、どこまでも飛んでいった。