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リオが見合いをして、数日後。
「いいかげんにしなさいよね!!」
食堂の扉を開けたフルカネルリは、デジャヴを感じてまばたきをした。
双子の片割れが激高しているのは一緒だが、その先にはどこかで見たような気がする青年が座っている。
アルカがリオを庇うように身を乗り出して相手を睨み付けているが、青年はどこ吹く風で相手にもしていない。まっすぐリオを見つめていた。
『牙』のメンバーも少しだけ殺気立っていることから、どうやらただならぬ事態であると理解はした。しかし青年の正体が分からずにフルカネルリは困惑していた。
見覚えはあるのだが、どこでかは思い出せない。
以前と同じように仲間に訊こうとこそこそと移動をしてみたが、辿り着くよりも早くアルカが気付いた。
「ネル! こいつなんとかして!」
「なんとかって……」
まるで子供の癇癪だ。しかし、リオは珍しく非常に困った顔をしているし、何度も言うが『牙』のメンバーも微妙に殺気立っている。どんな奴が来ても笑って話のネタにするような連中が、こうも殺気立っているのはおかしい。
「とりあえず、状況説明を頼む」
「する必要ない!」
アルカはかなり頭に来ていて冷静さを失っているようだ。流石に腹が立った。むっとして口を開こうとした瞬間、青年が苛立った表情を隠さず口を開く。
「必要あるだろ」
「黙って。不愉快だわ」
「不愉快なのはこちらだ。見たところ彼はお前の守護者だろ。となれば無関係ではない。きちんと説明してから命令すべきだ。
それともなんだ? お前は駄々をこねるだけの子供か?」
「っ……!」
正論を突きつけられてアルカは苦々しい表情で、しかし口を噤んで受け入れた。一つ深呼吸をして、フルカネルリに向き直る。
「こいつ、この前のお見合いの騎士なんだけど、断ったのにリオに一目惚れしたって言って、ずっと居すわってるの」
「……おー。それはそれは」
なかなかの強者だ。しかし、それだけで『牙』の空気が少々おかしいのは気になる。
視線を青年に向けると、そういえば確かにあの見合い写真の騎士だ。鎧姿ではなく、黒のジャケットにシャツにズボンとごく普通のラフな格好だったので全く気付かなかった。
傍らに立てかけてある剣を見れば、確かにあの写真に写っていた物なので、間違いは無さそうだ。装飾でゴテゴテしてて全く実践向きではないので印象に残っている。
ジロジロと不躾なまでに見てしまったが、青年もまたこちらを見て検分してる様子だ。その目の剣呑さは恋する男だからか。
フルカネルリは変にこじれる前に自己紹介しておくことにした。
「初めまして。俺はアルカの守護者、フルカネルリだ。双子には妹以上の感情はないから、事と次第によっては味方してもいい」
「ネル!?」
アルカの非難の声を片手で制して、向かいの席に座った。実はいい加減座りたかった。
フルカネルリの言葉に青年の眉が訝しげに寄る。構わず続けた。
「もう少しで俺のバディも来る。リオの守護者だ。そこであんたの事と、惚れた理由を聞かせてくれ。その理由次第で、俺はどちらに付くかを決める」
「……問答無用で追い出しはしないのか」
フルカネルリの友好的な態度にエドは警戒心は隠さず、だがどこか拍子抜けしたような様子だ。それを見てフルカネルリは肩をすくめる。
「やるなら俺以外がとっくにやってるよ」
『牙』の連中は全員この双子を気に入っている。だから付いてきた虫はだいたい問答無用で追い出す。
しかし、彼を追い出さないのは、彼の態度が誠実だからだ。アルカがいくら怒っても、怒りを隠しはしないが怒鳴り返すことはなく、冷静に話そうとしているのが分かる。
彼の冷静さを見ると、いくら仲間だと言っても部外者の『牙』のメンバーは追い返されるのがオチだ。もう既に追い返された後かもしれない。
だが守護者は、結婚を機に交代することになるかもしれないため、関わることが出来る。だから『牙』のメンバーは睨みをきかせるだけで、フルカネルリを待っていたのだろう。
こういう時はギルドの責任者かつ、人生の大先輩としてギルドマスターのフォッグに居てもらいたかった。誰だ温泉旅行をプレゼントしたの。自分だ。
程なくしてフルカネルリの言葉通りサーシャが顔を出した。
『牙』の雰囲気に一瞬驚いた顔をしたものの、奥に居る双子とバディ、そして青年を見つけて不思議そうに瞬きをする。フルカネルリが手招きするまでもなく真っ直ぐにテーブルに来て、彼の隣に座った。
「どういう状況?」
「それを今から聞く」
ほむ。と呟いて、それっきりサーシャは黙り込む。
「こいつはバディのサーシャ。まぁ会ってるよな」
「そうだな」
青年が頷いたのに合わせて、サーシャも頷き、軽く会釈する。
テーブルの全員の顔を見やって、最後にフルカネルリに戻した青年は自己紹介を始めた。
「俺はエドゥアルド・ティエル・セングルド。辺境伯家の跡継ぎだが、今の俺は家とは関係なく出て来ている。できれば気軽にエドと呼んで欲しい」
「家とは関係なく?」
「ああ。辺境伯家の跡継ぎとしてではなく、俺個人として、リオ様に交際を申し込みに来た」
どこからか小さく口笛が聞こえてきた。
周りで聞いている『牙』の誰かだろう。アルカがそちらを睨み付けているが放置して、ここからは質問を重ねることにした。
「リオのどこに惚れたんだ?」
「歌声だ」
フルカネルリとサーシャは同時に固まった。と同時に、微妙に殺気立っていたのも理解した。
リオは歌えない、事になっている。
だが、本当はリオは歌える。アルカも踊れる。幼い頃、離れ離れにならないためにそれぞれ歌えない、踊れないことにしていたのだ。
それを、何故知っている。リオは郊外の森でしか歌わないが、その後を付けたというのか。
森はリオの聖域だ。『牙』のメンバーも、リオが行くと言ったときは気を遣ってなるべく近付かないようにしている。そこを犯したというのなら、相手が誰だろうと許しはしない。
「リオは歌えないぞ? アルカの間違いじゃないか?」
頼む、勘違いであってくれと祈りのようなものを込めて指摘してみたが、エドはしっかりと首を振った。
「俺の屋敷で聞いたんだ」
この瞬間、双子とバディが一瞬固まったのをフルカネルリは見逃さなかった。擬音で示すならギクリ、だ。
まさかと浮かんだ答えを脳内で否定してる間も、エドの話は続く。
「庭で、花を見ながら歌っていた。その姿が綺麗で、儚げで守りたいと思った。
リオ様はサーシャさんしか連れてなかったから、間違いなくリオ様だった」
思い出すように軽く目を伏せて語る表情は柔らかく、そして恋をしていた。
本人は無自覚かもしれないが、甘い笑顔でリオを見つめていて、その顔にリオは困惑した笑みを返すばかりだ。
たぶんアルカと『牙』のメンバーは、リオの歌声に惚れたとしか聞いてなかったのだろう。それで勘違いして激昂したところにフルカネルリが来た。
そして、今は。顔を若干青ざめさせている。そんなアルカの様子を視界の端に捉えて、フルカネルリは頭を抱えたくなった。
「オーライ、分かった」
とりあえず、この場をどうにかしなければならない。何も浮かばないが、今日の所はお帰り願おう。
「少し話し合いたい。また後日来てくれ」
「……分かった。次は……そうだな。明日、昼食の時間に来る」
では、また。とあっさりと帰っていく後ろ姿を見送った。尾行が得意な仲間が視線で問うてくるのを頷いて答える。その姿が見えなくなってから、フルカネルリは深いため息とともに額に手をやって天井を仰いだ。
「……アルカロッテ」
低い声にアルカの肩がびくりと揺れたのが気配でわかる。
「リオロッテ」
申し訳なそうな表情だろう。
「サーシャ」
あからさまに顔を背けられた。
手を下ろし三人を見ると、予想した通りの状態で、再び深いため息をついた。