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エピローグ

 レグルスから告白されて、一週間経った。

 一週間も経ってしまったのに、アークは未だにレグルスに返事が出来ていない。

 それどころか距離感がわからなくなってしまい、彼とまともに話すことも出来ない。

 依頼はフルカネルリとサーシャに頭を下げ、三人で行ってもらっている。

 自身は食堂の手伝いをすることで規則をクリアした。『牙』の規則、第二条。病気や怪我以外の理由で、一週間以上依頼を受けない場合、『牙』経営の食堂兼酒場での労働を命ずる。

 食堂で働くと言うことは、嫌でも顔を合わせることになると気付いたのは初日。

 皿洗いや料理の盛り付けに専念させてもらうことで数日は凌いだが、女将のパメラに「そろそろ挨拶ぐらいはしな」と今日からフロアを任された。

 昼と晩は外で食べてくるにしても、朝は絶対にここで食べるわけで。

「おはよう。アーク」

「ぴゃっ!? あ、お、おは、よう」

 注文を取って戻る途中、レグルスに声を掛けられて小さく悲鳴を上げてしまった。その後の挨拶は動揺していてぎこちない。

 だが彼は気にする様子もなく、今まで通りに笑って席に着いた。

「注文よろしく」

「え、あ、えと、あの、ネーヴ! お願いー!!」

「はいはーい」

 今持っている注文を渡してきてから、戻ってくることも出来るし、レグルスだって待ってくれる。それは分かるのだが、まだ彼と近距離で話す覚悟が出来ていない。

 故に、アークは別のテーブルの給仕を終えたところで手が空いた仲間を呼んだ。

 手が空いていない以上、呼ぶのは不自然ではない。だが、ネーヴはアークとレグルスを見ると、面白そうに笑った。

 いたたまれなくてアークは厨房へと逃げる。


 *****


「おはよ、レグルス。今日も見事な避けられっぷりねー」

「おはよう、ネーヴ。笑うなよ……」

 パタパタと逃げていくアークを見送り、レグルスはため息を漏らす。ネーヴは楽しげだ。

「五日目だっけ。そろそろキツいんじゃない?」

「一週間だよ。……まだ堪えられるけど、あの可愛さを振りまくのは辞めて欲しいね」

「人形みたいだったアークが、普通の少女みたいに愉快な百面相してるもんねぇ」

「愉快な、って……まぁ確かに見たこと無い顔してるけど」

 人形みたいに常に微笑みを浮かべた顔が、レグルスが近くに居るだけで表情を変える。

 トマトのように真っ赤になった顔、恥ずかしそうな顔、泣きそうに困惑した顔、申し訳なそうな顔でちらりとレグルスを窺うこともある。見られていないと本人は思っているだろうが、横目で盗み見るぐらいはレグルスだって出来る。

 今だって、別のテーブルに料理を持っていって、そこの連中にからかわれているのか顔を赤くしている。何を言われたのか知らないが、アークが窺うようにこちらを見たのでレグルスは立ち上がった。

「ネーヴ、朝食セットAで。肉多め」

「はいよー」

 注文は忘れず言っておいて、やや大股でアークの側まで行く。

「おう、レグルス。ちょっとお前からも注意してやれ。昨晩、またお前の部屋の前にいたんだ」

 からかわれているわけではなかった。真剣な注意だった。

 アークを見下ろす。彼女はお盆で顔を隠し身を縮こませていた。

「昨日だけじゃない。一昨日もだ」

「俺が見たのは三日前だから、ここ連日、お前の部屋の前に居るぞ」

 レグルスの部屋の左右と更に隣からの情報に、眉が寄る。アークはお盆をテーブルに置いて逃げた。


「あ、待てっ!」


 制止の声で止まるわけもない。

 外へと走っていく彼女を追おうとして、いったんカウンターに向かう。

「パメラさんっ! 俺の注文あとで! アーク借ります!!」

「はいはい、決着つけといで!」

「はいっ!」

 女将の了承を得てから、改めて彼女を追った。



 まだ朝食の時間なので、外に出ている人間は少ない。

 通りを見回し、駆けていく鋼をすぐ見つけた。遠いが身体強化をかけて走ればすぐに追いつく。

 前まで回り込んで、両腕を広げてアークを抱き留める。走ってきた勢いそのまま抱き留めたので衝撃がそこそこあったが、身体強化のおかげで倒れずに済んだ。

 それでもなお逃げようとする彼女を抱えて、路地に連れ込む。手を離すと彼女は奥へと逃げたが、残念ながらそこは行き止まりである。

「行き止まりっ!?」

「さて、話を聞かせてもらおうか」

 ようやく落ち着いて話が出来る。腕を組んで仁王立ちすると、アークは臨戦態勢を取った。銃はないので魔法を使う方の構えだ。

「帰ったからいいじゃないですか!」

「なんで帰る。俺が怒ってるのは、用があるのに話さず帰ったことだ」

「そっちなの!?」

 レグルスが怒っているのは最初からそっちである。用があったのに帰るなど気になって仕方がない。

 三日前からなんて、よほどの用事ではないか。

 むすりと拗ねたレグルスに、アークの方は困惑しながら構えを緩める。

「だ、だって夜に訪問したら、怒るでしょ?」

「注意はするけど、怒りはしない。でも堪えられなかったらごめん」

「やっぱり怒るんじゃない!」

「怒るわけじゃない。……俺も男だから、うん」

 夜、自分の部屋にいる惚れた女。『牙』で貸し出している部屋は、相談事やその他色々なことに使えるよう、全室防音が成されている。

 つまりは、そういうことだ。察してほしい。

 流石に恥ずかしくて濁したが、アークはまだピンときていないようだ。それでいい。

「それはいいから! 何の用だったんだよ?」

 理解されてまた逃げられるのは非常に困る。勢いで話を元に戻せば、アークの頬が赤く染まった。

「…………その。…………謝りたくて」

「うん?」

 俯き、視線を彷徨わせ、胸元で手をもじもじと動かしながら何とか言葉を紡ぐ彼女は、非常に可愛い。

 しかし、内容が謝罪とは。わからずに続きを促す。


「さ、最近、レグルスを直視出来なくて、今日も、逃げてしまってるので、それを謝りたくて……。

 あ、いえ、嫌ってるわけではなくて、ですね。私にも分からないのですが、妙に恥ずかしくて……。レグルスはいつも通りだと思うんだけど、告白されてからずっと、なんか、レグルスが格好良く見えていて……。声とかも今まで通りだと思うのに、なんか違う声に聞こえてて……。

 昨日なんて、お風呂上がりのレグルスに悲鳴を上げてしまって、本当にごめんなさい。

 お、おかしいよね。今まで、髪下ろしたとことか、半裸ぐらい見慣れてたはずなのに……急になんか、知らない人に見えて、恥ずかしくなっちゃって……。

 それと、その、告白してくれた答えも、ちゃんと伝えたかったんだけど……。いざ答えたら、その、手を繋いだり、とか、抱きしめたり、とか……き、きす……とか、するでしょう?

 い、今でこんな心臓痛いのに、これ以上なんて、その、私が壊れちゃいそうで……恐くて……。

 あの……レグルス? 蹲ってどうしたの? 走ったからお腹痛くなった?」


 誰か助けてくれ。この可愛い生き物を衝動に任せて抱きしめない自分を褒めてくれ。

 思わず蹲り、頭を抱えてしまった。

 しどろもどろな謝罪とその理由は、どう聞いてもレグルスを意識した乙女の悩みだ。

 どれもこれも心当たりがある。告白してからと言うもの、レグルスはアークへの態度を変えた。抑え込んでいた愛おしい感情を全て開け放ったのだ。

 フルカネルリとサーシャにはドン引きされたくらい、アークに対して愛情を向けているのは自覚している。

 それがしっかりと効果が出ていて、ここまで彼女をかき乱していたなんて、予想外も良いところだ。

「……そんなヤワな鍛え方してません」

 心の吐露から一転、心配そうに近付いてきた彼女に、何とか答えを返す。

「じゃあ、あの、どうして?」

「……気にしないで」

 同じようにしゃがみ込んで、覗き込んでくる彼女を片手で制す。今、彼女の顔を見たら、自分でもどんな行動を起こすか分からない。

 本当にアークは八年間、恋愛に興味の欠片も持たなかった。六年前からはひたすらに強さを追っていた。

 その彼女がこんなにも自分の事を考えて、混乱しているなんて。

 心臓が痛い。彼女が恐れるように、確かにこれ以上は自分が壊れそうで恐い。

「……あの、さ。アーク」

 それでも、何とか手を伸ばして、彼女の指先に自分の指を絡める。二本だけ。

 ひゅっと息を飲んだアークに、レグルスは小さく笑った。

 幼い頃は当たり前に繋げていた手が、今ではこんなにドキドキするなんて思ってもみなかった。


「俺も、壊れそうで恐い」


 へにゃりと浮かべた笑顔はきっと情けないものだろうが、向けられた彼女は少し安心したように笑った。

「……レグルスも、恐いんだ」

「うん。……一緒に、慣れていこう」

「……うん」

 まずは、指を繋ぐところからで。


レグルスとアークトゥルスの物語、完。

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