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「おはよう」


 どれだけ苦しくても、頭の整理がついていなくても、翌朝はやって来るし、共同生活をしている以上、顔を合わせることになる。

 食堂に向かう途中、ばったりと出会ってしまい、硬直してしまった私に対し、レグルスは欠伸をしながら当たり前のように挨拶してきた。

「…………おは、よう」

 ぎこちないながらも、なんとか返した。そのまま並んで食堂へと向かう。

 何故レグルスは平然と出来てるのか分からない。そもそも、何故私はこんなにも混乱しているのかが分からない。泣きそうでもあり、怒りそうでもあり、自分の気持ちがよくわからない。

 視界が回る。耐えるために足を止めると、レグルスも足を止めてこちらを覗き込んでくる。

「お前、その顔どうしたんだ!?」

 ぎょっとした顔で言われて、初めて自分の顔が酷い事に気付いた。泣き続けていたために目の回りが腫れてるのだろう。

「食堂行かない方がいいな。部屋戻ってろ、すぐ朝御飯運ぶから」

 心配してくれるレグルスはいつも通りで、だからこそ、昨日の事がわからなくなって。走り出そうとしたレグルスの服を、両手で掴んで止める。

「……レグルスの、せいです」

「え?」

 目頭が熱い。それでも堪えて睨み付けた。

「レグルスがはっきりしてくれないから! 昨日だって! そもそも、治療の件だってすぐに言ってくれればもうやらなかったのに! なんで、なんで言ってくれないの! よくわからないまま放り出されて、昨日、どれだけ悲しかったか!」

 堪えていたのに、決壊した。

 溢れるのが悔しくて、見られたくなくて、俯いて拭っていると、後頭部に手が乗った。二度三度撫でられ、引き寄せられる。

「……悪かった」

「……悪いと思ってるなら、理由を言って」

「…………言えない」

「このまま食堂にいって皆にレグルスに泣かされたと言って」

「脅すな!?」

 あーもー、とうめき声をあげつつもレグルスは頭を撫でるのを止めない。私も、脅しておきながら彼から離れられない。

「…………治療のことは、言ったら蔑んだ目で見られそうだから、言えなかった。アークの治療だから、余計気持ちよくて困ったのも、ある。アーク以外ならどうってことないんだ」

 ぽつりぽつりと話される理由は、不思議な理由で。顔を見ようとしても、彼の手が妨げる。

「……好いてなくとも、じゃないんだ。逆だから、余計拷問っつーか。昨日だって、無防備に部屋に来るし」

「? それはどういう……?」

 顔を上げると、今度は彼は妨げなかった。ただ、顔を赤くして背けている。

 右手で口元を押さえる、いつもの考え込む仕草に首を傾げる。好いてなくとも、の、逆?

「…………っ!!!!」

 思い付いて顔が火照る。反射的に離れようとしたら、離してくれなかった。

「……やぁっと気付いてくれましたか」

 顔を赤くしたまま、どこか拗ねたような顔で見下ろしてくる彼に頭突きをかましたくなった。

 しかし右手は腰に、左手は後頭部をがっしりホールドしていて、身動きが取れない。

「ま、まって。なんで!? なんで私!?」

「わからない。気付いたら好きだった」

 あっけらかんと言われてしまっては、絶句するしかない。レグルスは吹っ切れたのか笑っている。

 それに無性に腹が立って、頬を抓った。

「痛い痛い」

「笑うなっ!」

 なんでか力が入らなくて、抓ってもそんなに痛くないはずだ。

 口先だけで痛いなんて言って、笑っている彼に怒ってしまう。

「わた、しは……っ!」

 突然向けられた好意に、どうしたらいいのかわからない。

 いや、きっと違う。レグルスはきっとずっと私を見ていたのだろう。

 思い出すのは、数日前の会話。彼は、言っていたじゃないか。


『隣よりも後ろにアークがいる方が、俺としてはやる気が出るんだけど』

『何度も言うけど、アークは俺が守りたい女の子なの!』


 ぶわりと、自分でも分かるほどに熱が上がる。手を下げて、自分の頬を押さえた。びっくりするほど熱い。

「アーク?」

 レグルスが心配そうに見てくるけど、彼の顔が直視できなくなって、思わず肩口に顔を埋めた。

 だって、どうしよう。気付いてしまった。

 自分がどうして、母のように戦いたいのかを。

 最初はもちろん母のように強ければ、誰も犠牲にならないと思ったからだ。

 それがいつしか変わっていた。彼の隣に立ち続けたいと思ってしまった。

 チラリとレグルスを見上げる。心配げに見ている彼と視線が合ってしまい、慌てて埋め直す。

「……あのさ」

「……はい」

 後頭部にあった手が離れて、レグルスが困ったように頭を掻いた。

「……あんま可愛いことしないで」

「はいっ!?」

 驚いて顔を上げた。突然の大声に彼が少し仰け反るが、腰の手は離さない。

 いくら驚いたからって、耳元の大声は流石にダメだ。謝罪をしようとしてはたりと気付いた。

 近い。

 レグルスの顔が、とても、近い。

 彼からの好意と自覚してしまった想いに、もう許容量を超えた。

 私は渾身の力でレグルスの腕から逃れ、自室へと駆けだした。


 レグルスの顔なんて見慣れているはずなのに!!

 あんなに格好良かったなんて、知らなかった!!


 *****


 逃げたアークを呆然と見送ったレグルスは、やがて小さく拳を握った。

 あの反応は、どう見たって脈がある。脈どころか、両思いだ。

 こちらとら八年間、ずっと見てきたのだ。

 恋愛なんてしてる暇が無いと言わんばかりに依頼に、訓練に明け暮れていた彼女。

 レグルスは特別と言いながら無防備に近付いて、抱きついて。こちらのことを異性として意識を全く、欠片も、これっぽちも、雀の涙ほどもしてくれていなかった彼女が!

 自分を見て、顔を真っ赤に染めて、逃げ出した!

 見たことない顔はあまりにも可愛らしくて、それを引き出したのが自分だと思うとにやけてしまう。

 今日は一日避けられるだろう。だが、訓練に明け暮れて避けられていた日々よりも全然良い。自分を意識してくれているのだから。

「……朝御飯、持っていってやらないと」

 にやける口元をなんとか引き締めて、レグルスは何気ない顔を装って食堂に向かった。


 まさか、一週間も逃げられ続けるとは思ってもみなかった。

 可愛いから許した。



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