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それから毎日、依頼がない日は訓練に明け暮れた。暇そうなメンバーを見つけては模擬戦を頼む。治療魔法の訓練も兼ねて、模擬戦後の治療は私がやった。
レグルスとは、依頼の時以外は会わないようにした。彼は何かを言いたそうにしているが、完全に無視だ。
依頼中はちゃんとしているので問題は無いはずだ。
「……なぁ。レグルスと喧嘩した?」
訓練後の休息時間。唐突に声をかけられて瞬きを一つ。
今日の相手は不本意ながらもフルカネルリだ。戦ってみてわかったが、彼は道具の使い分けが上手い、万能タイプだった。腕前自体はそこまで強くないが、作ったり強化した武器が強い。
彼の弱点を考えていて、何を聞かれたのか理解が遅れた。しっかり理解して、瞬きをもう一つ。
「してませんよ。どうしてです?」
喧嘩はしていない。だけど、避けてはいる。
「や、なんか最近、二人の空気がおかしいから」
「戦闘はちゃんとしてますよ」
「あー……そうじゃなくて」
「?」
過ごしにくい空気になっているのだろうか。それなら少し問題だ。改善していかねばならない。
フルカネルリは宙を見つめながらぶつぶつと呟いている。そのまだ幼さの残る横顔に傷があるのを見つけて、指を伸ばした。
触れて、撫でる。
「うへぇ!?」
途端、変な声を上げながらフルカネルリが身を引いた。
頬を手で押さえて私から離れる。あまりの驚きっぷりに、こちらも驚いた。
「何!? 何したのアーク!?」
「え、と。傷がついてたから、治療魔法やっただけなんですが……痛かった?」
「い、痛いどころか、変な気分になる気持ちよさだった! ゾクゾクと来た!」
ぱちくりと、瞬き一つ。
フルカネルリはフルカネルリで「あ、あーーー。成る程ね。こりゃヤバいな」なんて呟きながら頬を強く擦っている。耳まで顔が赤い。
「……。」
自分の腕にも擦り傷があるので、そっとやってみた。細胞が活性化してこそばゆい感じはするが、フルカネルリの言っている意味が分からない。
「……フルカネルリ。わかりません」
「そりゃ、自分でやっても分かんないと思うよ。治療魔法は最近覚えたのか?」
「この魔法は最近。もう一つあるけど効果が薄くて、自己回復で手一杯でした」
「なるほどなぁ……。訓練付き合ったみんなにもこれやったんだ?」
「ええ……。何も言われなかったんですけど」
「………『牙』の野郎共はやっぱり大人だなぁ………」
感心している様子に、少し想像力を働かせる。
フルカネルリ曰わく、変な気分になる気持ちよさ。変な気分というのがイマイチ分からないが、そんな気持ちよさを文句も言わずに耐え続けた。
「……皆さんに謝るべきでしょうか」
「……それはしなくていいと思う。レグルス以外」
「……レグルスには、必要ですか」
「うん。絶対。マジ必要。……変な気分ってぼかしたけどさ。はっきりと言えば……エロい気分になる気持ちよさだった」
「はい!?」
はっきりすぎて逆に困惑した。だが、数日前のレグルスとメイゼンさんの会話を思い出して、納得する。精神が保ちません。それは保たないだろう。拷問だ。
「……そ、そうですね。好みではなくとも女にそんなことをされれば、拷問ですね。反省します」
「ああ、もう使わないでや」
「なるべく表面だけを触れるようにします」
「それもっと拷問だからね!?」
首を傾げる。そんなもんなんだろうか。しかしフルカネルリが必死にやめてくれと懇願するので、使うならいつも通りの触り方にすることを誓った。
*****
右腕を左手で握る。腕に残る柔らかい感触は、握ったところで感じないが、消えもしない。手のひらの感触も消えない。何よりも。くすぶった熱が、消せない。
「……これじゃあ変態じゃないか……」
ベッドに寝転がり、深々とため息をつく。吐きだした熱は、それでも冷めてくれない。
「……昔のままだったら、良かったのにな……」
アークは母親と二人で水の都に来て、なんとなしに『牙』に居着いて、そのまま過ごしていた。
父親は風の国にいたときに、病で倒れたらしい。だからレグルスは母子しか知らない。
思いだすのは彼女が理想を失った日。あの日を境に、アークは変わった。
彼女の母親は『牙』で最強の女銃士だった。母親が、彼女の理想だった。精密射撃だけでなく、近接格闘術にも長けていた。
その母に隠れて、ちまちまと治療魔法をかけていたのが昔のアークだ。母親に似ずに力は弱く、気も弱かった。母が討伐任務で外に出ている間は、レグルスが常に子守としてそばにいた。
それが、八年前。
少しずつ人にも慣れ、引っ込み思案ではあるが明るさを得てきた、二年後に事件は起きた。
休日に親子とレグルスで遊んでいるとき、街中での乱闘が発生。鎮圧自体は簡単だったが、犯人が鞄に爆発物を仕掛けていて、それを離れて見ていたレグルスたちに向かって投げた。彼女は子供たちを庇い、そのまま帰らぬ人となった。
レグルスとアークは、全てを目の前で見ていた。
アークは泣いた。声を殺し、涙だけを流し続けた。
葬儀の日、雨だった。雨の中、アークは共に埋められようとしていた母の魔銃剣を手に取った。『牙』の何人かが止めようとしたのを、ギルドマスターのフォッグが制止し、代わりに問うた。
「戦わなくても、パメラやメイゼンの手伝いでもしてくれてりゃ、俺たちはお前を追い出したりはしない。
それでもお前は戦うか?」
「……私は、お母さんのようになりたかった。私が弱いから、お母さんは死んじゃったんだ。
だから私は強くなる。この銃を使えるように、なってみせる」
強い意志にフォッグは諦めたようにため息をつき、小さな頭に手を乗せた。
「……わかった」
引っ込み思案で泣き虫な少女は、この時から少しずつ変わっていった。
長かった鋼のような銀の髪をばっさりと切って、スカートからズボンに履き替えて、手には銃を。
そして、怪我が増えた。
「……。」
思い出して腹が立つ。死にそうな怪我は何度もあった。その度に心臓が止まりそうになる。
フォッグに言わせれば「母親そっくりの戦い方をしているが、補強魔法が上手く作動しねぇ。ありゃ体質だな。術者向きの魔力なんだよ」。それを本人が気付くしかないのだが、彼女はがむしゃらに強さを求めている。
フルカネルリが戻ってきた時には、心の底から感謝した。
隣を気にしなくて良い分、自分の怪我も減ったし、なによりもアークの怪我が一気に減った。
後ろに惚れた女がいる。単純なもので、それだけで集中力が上がる。絶対に後ろには攻撃を通さない。相手よりも速く、鋭く。
倒す数は格段に増えた。その分、疲労度も増したが。
そこまで考えて、ごろりと寝返りを打つ。
「……小さかったな……」
右手を見つめる。あちこちマメが出来て硬くなった自分の手とは違い、細く、小さくて柔らかかった。
幼い頃よりも大きさは変わっていたが、温かさだけは、昔と変わらない。
「……。」
握り締め、改めて決意する。
あの少女を守ると。
ノックが鳴ったのは、その時だった。
*****
訓練後の風呂上がり、自室に戻る前にレグルスの部屋に寄った。
半ば拗ねて避けていたが、仲間に居心地の悪い思いをさせてまで貫くようなことでもない。私の治療が下手だったせいでないと分かった以上、早急に和解すべきだ。
部屋の前で深呼吸。もう日はとっくに落ちて、酒場が活気づく時間。いくら付き合いの長い相手といっても、この時間帯の訪問は緊張する。
二度、三度。深呼吸をして、意を決してノックする。
ややあって、ドアが開いた。
「誰だ、よ……」
閉まった。
この対応は、人としてどうなのか。
顔がひきつる。笑みの形になってるような気がする。
「どういうつもりですかレグルス! 怒りますよ!!」
『もう怒ってるじゃないか!』
「人の顔を見るなり閉められた分の怒りです! 早く開けないとこれ以上怒りますよ!!」
『開けられるか!! なんて格好で来てるんだ!!』
「いつもの服じゃないですか!!」
『上着着ろ!!』
ただのタンクトップシャツなのに。谷間はないが一応ブラジャーも着けてる。このあとは寝るだけなのだから上着は持っていない。いちいち部屋に戻ってここに来るのも面倒だ。
「……じゃあこのままでいいです。聞いてください」
『……いやまてよくない』
ぷちっ。
「んじゃあ今すぐここ開けるか、貴方の上着でも貸せ!」
怒りのままに思いっきりドアを叩いた。手が痛いがそんなことお構いなしだ。
『待て! ドア叩くな!』
「おーい。うるせぇぞそこー」
「すいませんガルファ。このバカが人の話聞こうとしてくれないもので」
風呂上りなのだろう、仲間が歩いてくる。身長こそ私より低いが、筋肉は三倍、四倍以上ありそうな体格の、鍛冶師だ。そう言えば隣の部屋だった。
「おいこらレグルス。女の子を閉め出してんじゃねぇぞ」
『え!? 悪いの俺!? でもガルファ、その格好は流石にダメだろ!?』
「あ?」
何がダメなのか。全く分からない。
レグルスのどこか必死な言葉に、ガルファが私の格好を眺める。少しして、大きく頷いた。
「喜ばしい格好じゃねぇか」
「このエロ親父があぁぁ!!!」
突っ込みと同時にドアが開いた。
それを狙っていたのだろう、ガルファが私の背を押し、中に押し込む。
「まだまだ青いな」
ドアは内開きだ。それで中に押し込むということは、開けた人物が退かない限り、その人にぶつかるというわけで。
そしてガルファはかなり怪力で、不意打ちで押されてはどうしようもなく。
私は結構な勢いでレグルスの胸板に鼻をぶつけることになった。痛い。
レグルスも踏ん張り切れずに数歩後ろに下がったため、後ろから聞こえたドアが閉まる音は、ガルファが閉じたのだろう。それにしても、最後の笑いを含んだ言葉はどういう意味だろう。
なんにせよ、話が出来る。少し離れて鼻をさすりながらレグルスを見上げた。
部屋はランプが薄く付いている。光量が足りていないが、それでもはっきりわかるほど、レグルスの顔は赤く染まっていた。
深夜ではないが近い夜の時間。部屋には二人きりで、私もレグルスも風呂上がり。
これは世に言う。
「据え膳?」
「食わねぇよ!?」
「そうですよね」
実はそこそこ混乱していたようだ。顔を真っ赤にしたまま即座に返ってくる否定に、冷静さを取り戻した。いくら据え膳でも、そもそもレグルスは気のない女に手を出せるような性格じゃない。
だが、それでも落ち着きはしないだろうから、手短に用件を済ますことにした。
「ここから話しますので、レグルスはどうぞ座ってください」
手でベッドを指すが、彼は首を振った。
「……いいよ。このまま聞く」
「わかりました。では手短に。……治療の件について、謝罪します。ごめんなさい」
言って、一歩下がり、頭を深く下げる。
「え?」
驚いた声が聞こえる。彼にしてみれば唐突な言葉だろう。
顔をあげ、真っ直ぐ彼の顔を見つめた。もう赤くはない。
「フルカネルリに聞きました。触れる治療魔法は、その、……エロい気分になると。
それで酷い拷問をしていたのだと気付きまして、今は反省しています。もう二度とレグルスには使わないように気を付けます」
レグルスは、何故か顔を一瞬赤くしたあと、顔を背け深く深くため息をついた。
「…………。」
何かをぼそぼそと口の中で呟いて、再びため息。その様子に少しもやっとした。らしくない。
「……レグルス。言いたいことがあるならはっきり言ってください。最近多いですよ」
苛立ちを込めて一歩迫り、睨み上げる。彼は嫌そうに横目で見下ろしてくる。しばらく睨みあっていて、先に折れたのはレグルスだった。
深いため息をついて、視線を真っ直ぐに合わせる。
「……どう拷問か、分かってる?」
問いかけに、眉が寄る。そんなの分かるだろう。
「好いてるわけではなくとも、女に無理やり快感を与えられたら、レグルスの性格からしたら拷問でしょう?」
「……だろうと思った……」
落胆の声と共にしゃがみこむレグルス。その頭を無性に蹴り上げたくなった。説明はきちんとしろ。
「いいよ。それで正解」
明らかにそうではない声で言われても、こちらとしては全く納得がいかない。
それでもレグルスはもう終わりにしたいらしい。立ち上がり、こちらを見ることなく一方的に口早に告げる。
「謝罪は受け取った。もう触んないならそれでいい。早く出てけ」
確かに時間も時間だし、用件も終わった。出ていくのが正しい。
背を向けて、ベッドに横になったレグルスは、もう会話する気はないことを態度で示している。
ただ、これまで向けられたことのない明らかな拒絶に、何故か酷く泣きそうになった。
唇を噛んで堪えながら、何も言わずに部屋を出た。
自室に戻って、お風呂セットを明日の分と入れ替えて、ベッドに座るまでは何とか堪えた。
だが、寝転がったらもうだめだった。
何だかもうよく分からない感情が溢れてきて、私は泣いた。こんなに泣くのは、母を亡くして以来かもしれない。