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 が。拠点に戻ってもレグルスは何も言ってこなかった。

 おかえりと声を掛けてくる常駐しているギルド員におざなりに返事して、さっさと自室に戻ってしまう。

 もう一戦無かったことに拍子抜けしながら、今回の依頼の報告をした。一応リーダーなので。

「お疲れ様~。今日はレグルスは一緒じゃないのね」

「はい。ちょっと戦闘時の立ち位置について喧嘩しまして。明日には元通りだと思いますが」

「あ~……。互いに良い着地点が見つかると良いわね」

「そうですね」

 受付のトーリッグさんは、私の理想を理解してくれている。レグルスの思いもきっと理解しているのだろう。だから、必要以上に踏み込んでくることはない。

「でーも。どうしても自力で解決できそうになければ早めに相談。いいね?」

「はい。それは絶対に」

 いくつものチームの問題を解決してきた相談役に念を押され、私は素直に頷いた。

 今はまだ、レグルスとのコンビを解散したくない。いつかはコンビを解消して、違う人とコンビとなる日も来るかもしれないが、喧嘩別れのようになるのは嫌だった。

 母に連れられて水の都に来て、『牙』に居着いて八年。レグルスとはその頃からずっと一緒だった。私が銃を握ってからも、彼は隣に居てくれた。

 どうにか互いの妥協点を探ろう。そのためにも話し合わねばならない。

 それでもダメなら、トーリッグさんやギルドマスターに相談をしよう。

「レグルスの隣は、誰にも譲りたくないので」

 最近はフルカネルリに取られているので、何としても取り戻さねば。

 拳を握り、決意を固めた私を、トーリッグさんは微笑ましい物を見る目で見ていたが、気にせずその場を後にした。


 ****


 翌日、またも魔獣討伐依頼に駆り出された。

 昨日は結局レグルスと話し合う機会は一切無かった。彼が私を避け続けたからだ。

 依頼前のブリーフィングはいつものように終わらせた。ここで喧嘩になって依頼が完遂できないのも困ると、お互い分かっていたからだ。

 同行しているフルカネルリとサーシャには珍しそうに見られた。


 依頼自体は、昨日と同じようにレグルスとフルカネルリが無双した。

 特定の武器を持たず、その場の武器を相手に合わせて持ち替える戦い方をするレグルスと、武器を種類問わず召喚出来るフルカネルリは、誰から見てもとても相性が良い。

 今回の相手はハーピーが三体。腕は鳥の翼、足も鳥の足。胴体は人間の女性のような魔物は、猛禽類と同じく肉食。

 本来は森の奥、決まった場所にいるのだが、好奇心が強い個体が人里近くまで来て、家畜を襲い、味を占めてしまうことがある。

 このハーピー達もそういった個体だった。森に返すのは不可能なため、討伐をしなければならない。

 厄介なのは低級の風魔法を使う点だ。真空の刃はカミソリ程度で殺傷能力は低いが、当たり所が悪ければ失明や最悪死に至ることもある。

 森の中でハーピーを見つけ、木々を盾にしながら近付いて二匹は倒した。

 残った最後の一匹が空へと逃げていったところで、

「【剣は木々を避けハーピーを貫く】!」

 創造詩と共に、フルカネルリが長剣を投擲した。森の中で剣を投擲しても木々に刺さりそうだが、言葉の通り剣は木々を避け、ハーピーへと飛んでいく。

 そしてその片方の翼を刺し貫いた。

「レグルス!」

「おう!」

 その時にはもう、レグルスは左手に短剣、右手に大剣を持って落下地点に居る。

 放たれる真空の刃のうち、致命傷になり得るものだけ左手の短剣で防ぎ、間合いまで入って来たところで跳躍。左手の短剣を捨てて両手で大剣を握り直し、大きく振りかぶった。

 片翼しかないハーピーはそれでも体勢を変えて、頭からの両断は避ける。代わりに剣が刺さっていない翼が切り落とされた。

「【大剣は宙に止まる】!」

 両者はそのまま落ちていくが、フルカネルリの創造詩が再び発動して大剣が宙に止まる。

 急に止まった大剣を起点にレグルスが身を丸め、大剣を蹴ってハーピーの背に向かって跳躍する。いや、落下と言った方が良いのか。どちらにせよ、勢いが付いている。

 ハーピーの翼に残った剣を空中で引き抜くと、落下の勢いのままに背に向かって突きさした。

 なかなかに大きめな地響きが森に響く。

 落下の衝撃に成人男性一人分の重さも加わって、ハーピーは体積が半分になっていた。はみ出た色んなものがハーピーと地面との間で潰れている。

 今日のご飯、ソーセージ系はやめとこう。

「グロいわ!!!!」

 剣を抜いてこちらに来るレグルスに、サーシャが涙目で怒鳴った。気持ちは分かる。私も叫びたい。

「いや、まさかこんなことになるとは思わなくて」

「剣を刺したら途中で蹴って離脱すりゃ、ここまで悲惨なことにならんかった!!」

「そしたらちゃんと留めさせなかったかもだし」

「その時は首を撥ねれば良いだろ! 何度も言うけど、グロいわ!!!!」

 助けを求めて私を見てくるレグルスには悪いが、全面的にサーシャに同意なので私もグロいと返しておいた。彼はしょんぼりと肩を落とした。

 流石に死骸をそのままにしておけないので、先に倒した二体は穴を掘って埋めた。グロい方は触りたくないので火魔法で直接焼く。真っ黒な燃えかすになったところで土をかけ、耕すようにして埋葬する。

 処理を終えた頃にはすっかり昼を回っていた。

 鳴ったのは誰のお腹か。おそらく全員。顔を見合わせて笑った私たちは帰路についた。

 先頭をフルカネルリとサーシャが進み、当たり前のように隣にレグルスが来る。

 のだが、話しかけては来ない。右手で口元を隠して難しい顔をしているから、まだ言葉を探しているらしい。

 何を言われようとも、主張は曲げない。少なくとも理想に追い付くまでは。

 歩きながら言葉を待つ。と、その腕に傷があるのを見つけた。今度はまだ少し血が出ている。もう少しすれば勝手に止まるだろうから止血する必要もないが、気分的によろしくない。

 癒やしの光を宿らせて撫で、垂れた血を拭う。指先についたそれをどうするか一瞬考えて、大人しく服で拭った。

「……………………なぁ、アーク?」

「なんですか?」

「………………ちょっとフルカネルリの傷も治してやって?」

「嫌ですよ。なんで男の肌に触んなきゃいけないんですか」

「……………………俺モ男デスヨ?」

 何故かカタコト、しかも引きつった表情(口元は隠されてるが)で言われた内容に首を傾げる。

「分かってますよ? レグルスは特別です」

 何だかんだと付き合いが長いからレグルスは特別だが、本来はあまり触りたくない。それに。

「あんたは! だからまだ前線立つなってどれだけ言えばわかるわけ!?」

「そういっても気付いたら体が勝手に」

「それを辞めろっつってんのが分かんないのか、このかぼちゃ頭!!」

「って、サーシャ痛い!! 治療すんのか痛めつけんのかどっちが目的だよ!!」

「両方だ馬鹿やろう!!」

 サーシャが怒鳴りつけながら治療を施しているのが聞こえる。昨日も聞こえていたやりとりだ。これを邪魔するのは野暮だろう。

 レグルスも気付いていると思ったのだが、さてはよほど痛いから嫌になって、フルカネルリに押し付けようとしたのか。

「……治療を受けたくないなら、怪我しないでください」

 無理でしょうけど。とは口の中で呟いて、肩の傷に指先を伸ばす。が、掴まれた。予想していたので素直に手を引けばすぐ離される。

 レグルスは、それはそれは深いため息をついて、半眼で見下ろしてきた。右手は口元から離れている。

「……あのさ」

「はい」

 まだ顔が赤い。そんなに怒るほどか。

「…………不意打ち禁止」

「はい?」

 ぼそりと、絞り出すようにそれだけを言って、彼は昨日と同じように先に進んでいった。

 何が言いたいのか全く分からない。それがもやもやする。大体彼らしくない。はっきりと言えば良いのに、なんで避けているのか。

 腹が立って、今日は彼を追いかけた。

「レグルス」

「………どしたの」

「治療します」

「いらな……っ!?」

 許可なんて最初から求めてない。一方的に宣言して、右腕を抱えるようにして捕まえて、頬の傷を撫でる。

 信じられないと言わんばかりの引きつった顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。

 流石に怒られることを覚悟するが、言ってこないうちは見える範囲、届く範囲に指を走らせる。不意打ちはしていない。許可を得ていないだけで、ちゃんと宣言はした。

 問題は右腕を封じるために抱えるようにしてしまったことだが、そこは得したと思ってほしい。

「…………アークトゥルス」

 聞いたことがない低い声で、愛称ではなく本名で呼ばれた。

 見下ろす彼の目は、何かに堪えている目。これは本気で怒らせた。

 だけど覚悟の上だ。だから真っ直ぐ見つめ返す。どれだけ怖くても。たとえ、嫌われても。

「離して」

 静かな声が、逆に怖い。

 視線は逸らさないまま、言葉に従い離れる。

 自由になった手が私の左手を掴む。

「えっ」

 そのまま、有無を言わさず大股で歩き出した。訳が分からないまま引っ張られて連れて行かれる。

 フルカネルリとサーシャも追い越して進んでいく。街に着くと人混みもあるため少しスピードは落ちたが、それでもいつもより速い。何より手を絶対に離さない。

 拠点まで帰り着き、やや乱暴にドアを開ける。常駐してる人たちがそれぞれおかえりと言ってくれてたが、彼をみた途端口を閉ざした。すごい剣幕だったのだろう。私へ心配げな視線を送ってくる人も居る。

 ズンズン進んでいった先は、医務室。レグルスはこちらのドアもやや乱暴に開けるので、医術師のメイゼンさんが珍しく驚いた様子でこちらを見てきた。

 彼女の前まで来ると、レグルスは私を指して言った。

「こいつに、触らずに出来る治療魔法教えてやってください!」

「レグルス!?」

 何を言い出すんだろうかこの男は。

「どうしたの? 教えることは構わないけれど……アークは支援ではないでしょう?」

 メイゼンさんの困惑気味な問いは最もだ。私に必要ないのに覚えさせるなんてどういう理由だ。

「戦闘中は使わなくて良いんです。戦闘後が困ってるんです。…………俺の精神が保ちませんっ!!」

 一瞬間をおいて、メイゼンさんは爆笑した。

 訳が分からない。爆笑の理由も、レグルスの話した理由も。

「……そんなに痛いなら、強がらずに痛いと言ってくれればいいのに」

「痛いわけじゃない。………痛い方がよっぽどマシだ」

 後半、凄く小さかったが言っていることは聞こえた。だけど分からない。痛くないならいいじゃないか。

「オッケー、わかったわ。教えといてあげる。……もっと軽いタッチで、とんでもなくイイのを」

「メイゼンさんっ!!!」

「あははははははっ!!!!」

 何故メイゼンさんは笑っているのか、そしてレグルスは何故怒っているのか。全然分からない。

 もやもやが苛立ちに変わり、決壊寸前まで高まる。

「……私の治療が下手なのは分かりました。

 メイゼンさん、効果は薄いですが一応知っているので、教えてもらわなくても大丈夫です。お騒がせしました」

 普段通りの明るい声と笑顔が勝手に出た。逆に二人の顔が強張る。知るものか。私にはやることがある。

 怪我の治療をしてほしくないなら、怪我をしなきゃいい。それが出来ないなら。

「訓練するので、失礼します」

 私が一体でも多く倒して減らしてやる。

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