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水の都、ファルガールが誇る冒険者ギルド『抗う者たちの牙』。
通称『牙』はギルドとしては異質である。
普通、ギルドに所属する者は他に仕事を持たないのだが、兼任者が多く所属している。否。兼任者の方が多いと言える。ほとんどが戦闘には参加しない非戦闘員だからだ。
中には騎士団に所属しながら、非番時は『牙』に来る変わり者もいる。
そんな半数以上は非戦闘員のギルドだが、戦闘力は低くはない。むしろ水の都では一・二を争う強さを誇っている。
理由は単純。一人一人が強いのだ。それぞれ個性的で、独特の戦い方をするが故に、どこにも所属出来ないほどに。
そんな人たちに囲まれてると、自身の腕前に自信がなくなっていくのも仕方がないじゃないか。
今日も近隣の魔獣討伐に向かい、自分の出番がほとんど無く終わった戦闘を思い返して溜め息が漏れる。
「……どした?」
やや心配げにかけられた声に、思わず顔をしかめた。よりにもよって、今聞きたい声じゃない。
「……なんでもありません。お気になさらず」
自分でも可愛くはないと思う。
声の方を見ずに無愛想に返して、先を歩く。彼のことは嫌いではないのだが、卑屈な心がどうしても受け入れられずにいる。
最近『牙』に帰ってきた創造士――フルカネルリ。言葉を現実にする力を持つ創造士でありながら、支援より前線で剣を持って戦う事を選んだ変わり種。
ただでさえ創造士の力は強大なのに、そこに戦士としての強さを手に入れて、めきめきと腕を上げた。どこまで強くなる気なのかと問いたい。強欲にも程がある。
どうせ私は、どんなに頑張ってもそんなに成長してませんよ。前線に立っても役立たずですよ。
どんどん湧いてくる卑屈な言葉を、ため息に変換して吐き出す。
「……どうしたの?」
今度は違う声がかかった。こちらには素直に顔を向ける。
金髪に榛の瞳。顔立ちはごくごく平凡。身長もまた平均値なので、眼の色さえ除けばどこにでもいる普通の青年にしか見えない。
この青年が『牙』の中で十の指に入るほど、フルカネルリが帰ってきてからは五の指に入るほどの強者だなんて、誰も思うまい。
「……なんでもないですよ、レグルス」
レグルスには苦笑付きで、しかし内容は先程と同じものを返す。
言えるはずもない。
そもそも卑屈モードに入った原因が、さっきの戦闘だったなんて。
10人前後の小隊を、たった二人きりで制圧したことに嫉妬した、なんて。
言ってしまえばレグルスは困るだろう。当然だ。女の子は戦闘しないほうがいい。怪我はない方がいいと普段から言っているような人なのだから。
でも、それでは私が困るのだ。強くならなければならないのに、経験を積めない。
このままでは、理想に決して追い付けない。
レグルスは真っ直ぐ私を見つめて、少し困ったような笑みを浮かべた。
「話せるようになったら、いつでも話して」
「……ええ、もちろん」
追及はして来ない。いつものセリフに安堵しながら、いつもの返答をすると、
「そう言ってアークが話に来てくれたこと、一度もないけどな」
困った口調でいつもとは違う言葉が返ってきた。
「そ、れは……」
予想外の言葉に、とっさに返せない。迷う私に彼は慌てて手を振った。
「あ、いや、責めてるつもりではないんだ。ただ、ほら、いつもそう言って抱え込んでるみたいだから気になってさ。俺が頼りないなら他の人でもいいんだ。
とにかく1人で抱え込まないで欲しいなってだけでさ」
そこまで一気に話して、我に返ったらしい。「何言ってんだ俺」なんて気恥ずかしそうに視線を逸らし、頭を掻くレグルスが少し可愛くて、いつも通りで、思わず小さく笑った。
「笑うなよ」
恥ずかしさからか頬が僅かに赤い。
拗ねたように半眼になって見てくる様子はおかしくて、吹き出さないように堪えるために、少しだけ理由をバラす。
「……レグルスとフルカネルリが無双して私の活躍を奪ったから、拗ねてただけです」
途端にレグルスは目を丸くして首を傾げる。
「何言ってるのさ。アークは充分戦ってくれたよ?」
「前線に立たせてくれませんでした」
「そりゃ、女の子を前線に立たせるわけにはいかないよ」
「フルカネルリが来る前は立たせてくれました」
「他に居なかったから、仕方なかったんだ」
『仕方なかった』
その言葉にカチンときた。
「仕方なかった、なんて言われたく無いのっ!」
声を荒らげてしまって、気まずさに視線を逸らす。これではまるでただをこねる子どものようだ。
頭では分かってる。銃を得手とする私は、後ろで援護射撃する事が望ましいのだと。
だけどそれは、理想とは真逆の戦い方だ。
「……アーク」
「……なんですか」
役割分担の大切を説かれるか。それとも呆れたか。
何にせよ、彼の静かな呼びかけを無視することは出来なくて、ふてくされながらも聞く意志はあることを示す。
だけども、彼の言葉は予想の斜め上を行った。
「隣よりも後ろにアークがいる方が、俺としてはやる気が出るんだけど。だめ?」
「…………は?」
思わず足を止めて彼の顔を見上げてしまう。物凄く怪訝な顔で。
レグルスも足を止め、困ったような恥ずかしそうな、そんな複雑な顔で頬を掻いている。そこにかさぶたでもあったのか、小さく「いてっ」と悲鳴を上げた。
「……戦闘中は女の子扱いしないで。私だって戦える」
言いながらも癒しの光を指先に灯し、彼の頬の傷口を撫でる。少し痛かったのか彼の眉がピクリと動いたが気にせず、反対の頬、腕と見える範囲の自分が癒せる傷を撫でていく。
二の腕の傷も癒そうとしたところで、手を捕まれた。
「なんですか」
不満を隠さず見上げれば、レグルスは眉を寄せて何か言いたげな顔になっていた。
その額にも傷があるのを見つけて、もう片方の手を伸ばしたらそれも掴まれた。非常に速かった。額に触られるのは嫌いなのかもしれない。
「……あのさ」
「はい」
握られた手を何とか解放しようと動かしていたところで、彼がぽつりと話し始めた。
動かすのをやめて話を聞く体制を取る。レグルスは視線を逸らしたままだ。
「……女の子扱いしないのは無理」
「不愉快です」
「でも無理。どんなに頑張っても、俺にとってアークは守りたい女の子なんだから」
「それが不愉快です。自分のせいで傷付いていく様を見ているのは、もうウンザリです」
「俺だって、隣で傷付いていくのを助けられないのはツラいよ」
「だから、戦闘中は女の子だと思わないでください」
「無理。何度も言うけど、アークは俺が守りたい女の子なの!」
「守られなきゃいけないほど弱くはないです!」
「そういう問題じゃねぇ!」
「じゃあどういう問題ですか!」
「~~~っ!!」
怒りのためか、レグルスの顔が朱に染まる。
そのまま顔を逸らし、右手で口元を覆った。伝えるための言葉を考えるときの癖だ。よく見れば耳まで赤い。相当怒らせたようだが、こちらとしてもこれだけは引けない。
左手が空いたので、彼の言葉が出てくるまで傷を癒やす作業を再開させる。二の腕の傷を指先で撫でた。
途端、彼の体が強張った。一度撫でただけでは治りきらない深さの傷だから痛かったのだろう。気にせず二度三度と同じ箇所を撫でて癒しきってやる。ついでに彼の左手の傷も撫でる。また強張ったが、痛かろうと知るものか。
仲間にこんなに傷を付けさせたくないという気持ちは、間違ってないはずだ。
指が離れたら体から力が抜ける。しかし、触れればまた強張る。それだけ痛い傷を何個も作らせてしまった事に表情が曇る。チラリと彼の顔を盗み見ると、何かに耐えるようにキツく目を閉じて眉を寄せていた。よほど痛いらしい。
他にも私が癒せる傷はあるが、これ以上は医療役に任せた方が良さそうだ。
最後にそっと額の傷を撫でて、手を降ろした。
レグルスは眉を寄せたまま、目を開く。視線で責めて来ているが、負けじとあんたのせいだと睨み返す。
しばらく睨み合って、先に彼が視線を逸らした。深々とため息をつき、握っていた手を離し、何も言わずに先を歩き出す。
拍子抜けしたものの、今ここで言うより先に帰るべきと判断したのかもしれない。これは『牙』の拠点に戻ったら一戦あるか。