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 翌日、約束通りエドは昼食の時間にやってきた。

「いらっしゃいませ-! あ、エド様ですね! こちらにどうぞ!」

 食堂も兼ねているのでごった返した店内に一瞬驚いたが、これが本来のこの店の姿なのかと納得する。話を聞いていたのだろうウェイトレスに案内されて席に着いた。

 貴族の仕立ての良い服装は浮くと考え、訓練用の頑丈さ重視の服を着てみたが、どうやら合っていたようだ。以前よりも視線は感じない。

「何か食べますか?」

「リオ様たちはもう食事は終わってるのか?」

「あー……まだだと思います。今お店手伝ってますから」

「店の手伝い? 王女なのに手伝っているのか?」

 ぎょっとして問いを重ねたが、ウェイトレスは気にせず頷く。

「王女ですけど、本人達がボランティアするって言ってきかないので。まぁ給仕は下手なので別のことですけどね」

「そう、なのか。じゃあ、そうだな。彼女たちの休憩に合わせて、おすすめを持ってきてくれないか」

「畏まりました」

 ウェイトレスが注文を受け頭を下げたところで、奥のステージ付近が騒がしくなった。

 なんだと目を向けて、エドはそのクロムグリーンの目を見開いた。

「ああ、始まりますね。アルカのコンサート」

「歌うのか!?」

 小さなステージに立つのは普段着らしい、町娘のようなワンピースのアルカだ。この前見たときは結ばれていた髪が今日は解かれている。

 普段より大人びた雰囲気だが、観客を見渡してにこりと浮かべた微笑みは愛らしい。リオと同じ顔でも、彼女の方が愛嬌がある気がする。

 アルカはそのまま予告も無しに歌い出す。伴奏は一小節後に付いてきた。

 ポップで元気が出るような明るい曲が食堂に広がっていく。マイクを使わない素の声は、聞いてもらうためでなく、場の雰囲気を明るくするためのもの。

 ステージに近い者は見ているが、離れていくとそれぞれ楽しそうに食事をしている。

 歌姫の歌声の贅沢な使い方に、エドは絶句していた。

 立て続けに2曲歌い、拍手をもらったアルカは、照れたように笑みを浮かべて手を振る。そこで何かリクエストを投げられたのだろう。右のテーブルに向かって首をかしげた後、大きく頷いて後ろのピアノ奏者の方を向く。おそらく曲名を伝えたのか。

 ピアノ奏者の準備が整うと、再び正面を向いて息を吸った。

 歌の途中で水を貰っていたエドはそれに口をつけながらも、まだ歌うのかと少し感心しながら見守る体制に入る。流れてきた歌を聞いて、息を呑んだ。水が気管に入りかけて噎せた。

 明るいバラードだ。だがそれは聞き覚えがあった。

 屋敷で聞いた、小さな小さな歌声。元はこんなに明るい曲だったのかと知ると同時に、あの時の見合い相手はリオでは無かったのかと理解した。

 見合い写真を見せられたとき、写真には椅子に座って穏やかに微笑む長髪の女性と、その椅子の背もたれに手を置き少し強気な微笑みの短髪の女性が写っていた。

 母からは「リオ様がお相手になりそうって」と言われていたし、リオは穏やかな性格だと聞いていたので座っている女性の方がリオ様なのだろうと思った。

 そういえば、この前会ったときには二人とも長髪だったとも思い出して、見分けるために写真では短髪に見えるように何か工夫していたのかもしれないと思いついて。

 エドは顔を青ざめさせた。

 思えば、自己紹介される前にリオ様と声をかけてしまった。もしかしたら、アルカは情報の行き違いに気付いて、こちらに恥を欠かせないために、ずっとリオの振りをしていてくれたのではないか。

 考え込んでいると、いつの間にか歌は終わってしまっていた。

 アルカはステージから去っており、喧噪が戻っている。

 もう少し聞いていたかったと名残惜しくステージを見ていると声がかかった。

「すまないエド。長く待たせたな」

 少し慌てた様子のフルカネルリはまだエプロンをしたままで、仕事中だったのがわかった。

「いや、気にしないでくれ」

「そうか? んじゃ、えーと、何か食べたか? 俺たちはまだでさ」

「ああ、俺もまだだ。一緒に食事したいと思ってな。前回は何も頼まなかったし」

「あー。前回はそんな雰囲気じゃなかったしなー。じゃあ何食べる? ……あ、おいこらネーヴ! お前メニュー渡し忘れてるじゃねえか!」

 テーブルにメニュー表が無いことに気付いたフルカネルリが案内したウェイトレスに叫んでいるが、それをエドが止めた。

「オススメのものを頼んであるんだ。お前たちの休憩にあわせて持ってきて欲しいと」

「え、そうなのか? じゃあちょっと待っててくれ。持ってく」

 る。と言い終える前にテーブルに賄いのオムライスが置かれていった。

 卵が巻かれておらず、ライスに円形のままふわりとかけられた形は見たことがない。

「うちのオススメの裏メニュー。味は一緒だ」

 そう言って席に着いたのはサーシャだ。彼女の前にも同じものがある。

「リオ達ももうすぐ来るよ」

 ほどなくして四人分の水と、自分達の分の賄いを持った双子が来る。アルカは嫌そうな顔を隠しもせず、リオに窘められている。

 単純なもので、アルカだと気付けば彼女の方が気になってくる。残念なことに好感度はマイナスからのスタートだが。まずは好感度をゼロに戻さねばならない。

 そのためにやることは一つだけだ。

 席に着いて落ち着いたのを見計らって、エドは立ち上がり頭を下げた。

「すまない、リオ様、アルカ様」


****


「ちょっと! いきなりなんなのよ!」

 エドの突然の謝罪にアルカが驚いて声を上げる。隣でサーシャも驚き、瞬きを繰り返していた。

「座ってくれ、エド」

「謝罪は受け取ります」

 貴族のマナーを失したことを謝罪されると思っていたフルカネルリとリオは、苦笑しつつも着席を促す。

 周囲も突然の謝罪に驚いた様子だったが、フルカネルリたちの姿を見ると予め説明していたのもあって、納得した様子で視線を逸らした。聞き耳は立てているだろうがその程度は想定内だ。

 二人に促されてエドは着席する。その視線がアルカに向いていて、フルカネルリは作戦が上手く行ったことを察した。

 しかし、事情を話す前に再びエドが頭を下げる。

「リオ様、あなただけでなく、アルカ様にも謝罪を。

 俺が屋敷で自己紹介をされる前にリオ様と声を掛けたせいで、ややこしいことにしてしまった。本当に申し訳ない」

 今度は立ち上がりはしなかったが、机に額が付くほど深く頭を下げられて、四人は困惑して顔を見合わせた。

「あの、謝罪しなければならないのはこちらなのです、エドゥアルド様」

「あんたは間違えてないわよ。私がリオの代わりに、リオとして見合いに行ったの。だから、私達の方がごめんなさい」

「む? ……どういうことだ?」

 アルカの謝罪にエドは顔を上げ、フルカネルリの方に向ける。彼の中ではフルカネルリが最適な説明役として定着したらしい。あるいは男同士で気安いからだろうか。

 気が重くなりながらも、確かに自分が最適なのでフルカネルリは口を開く。

「ええと、確認な。エドは自分がリオと呼んだせいで、アルカがリオのフリをしてくれたと思っている」

「ああ、そうだ」

「なるほどな。申し訳ない。真相は違う。

 リオは押しに弱いから、無理矢理結婚させられるかもしれないと案じたアルカが、リオのフリをして見合いに挑んだんだ」

 説明に、エドは信じられないという顔をして双子を見、再びフルカネルリに戻す。

 何となく次に言われることを察して、フルカネルリは目を伏せ残念そうに首を横に振った。エドにはそれだけで通じたようだ。納得した顔で頷いた。

「……サーシャ、あんた見合い中のことネルに言ってないわよね?」

 通じ合った男達に何かを察して、顔を僅かに赤くしてアルカがサーシャを睨む。それをサーシャは心外だと言わんばかりに見つめ、首を振った。

「躓きかけて助けられて惚れそうになったこと?」

「今言うな!!!!」

「大丈夫、一番大事なとこは黙ってる」

「それ言ったらつつかれるでしょうが!!」

「まぁまぁ。そんなことより食べよう。せっかくの料理が冷める」

 サーシャはあまり積極的に人をからかう性格では無いが、ここぞというとこは絶対につつく、イイ性格だ。

 恥ずかしそうに叫ぶアルカを笑っていなしつつ、彼女は食事の祈りを始める。視線で促されてフルカネルリ達もそれぞれ祈りを始めた。アルカはまだ文句を言いたそうだったが、頬を膨らませながらも祈る。

 アルカが食事を始めたのを確認して、フルカネルリはサーシャに問う。

「で? 何があったんだ?」

「思いがけず真剣なプロポーズをされて顔を真っ赤にして頷きかけた」

「むぐぅっ!!」

「こら、二人とも。せめて口に含んでいないタイミングにしなさい」

「「ごめん」」

 喉を詰まらせかけたアルカを介抱しながらリオが窘める。二人はほんの少しだけ申し訳なそうに謝った。


忘れた頃に更新です。

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