姫宮は人形を見るとフツフツと業がわく
今年は怪しいと思う程の暖かい空気に包まれている西の領地。それの煽りを喰らい、例年にない速さで満開を迎えた、淡い桃色の梅桃や、ごくごく小さい銀色の喇叭のような花を鈴なりに開かせた、茱萸の木。いそいそと姿を表した精霊達をお供に、蕨をポツポツと摘む華子。
「今年はぬくいよって、もう少しすれば、裏の竹藪で筍も採れる」
赤子の握り拳のような頭を、のっきりもたげている蕨を見つけては、ポキリポキリと手折る華子。
「はい。主様。掘るのはお手が荒れますゆえ、お勧めできかねます」
「ホントは蕨も灰汁で汚れます故、お勧めできかねます」
口やかましく諭す精霊達に、そんなことを言うてはったら、星読みが出来へん様になる。と返す華子。御殿からは日々、きちんと荷が届くようにはなったが、採りたて新鮮なものを口にしようとすれば、自ら動かなければ手に入らない。
「日々新しゅうなる、地の恵みをきちんと摂らな、正しい星読みはできへん。読み間違えたら大事や」
「そのような事なので?」
「主様も大変ですわね」
ほろほろと笑う彼女達は、ここにも、そちらにもと華子に顔を出している蕨の場所を教える。籠にたんまりと摘み、そろそろ良いかと裏に周り、つくばいで手を洗っていたら。
「ん?人が来る。御殿からやと思う。昨日、ここの星を読んだら、運び人有りと卦が出ていたよって。荷か文が届く筈」
青がくっきりと広がる空を見上げ、気配を察する華子。それからしばらく。膳所に蕨を届け、部屋で皆と共に茶を飲んでいると、卦の通りに事が進んだ。
「主様、東の御方様より、文と贈り物で御座います」
侍従が受け取り、運ばせた物は文箱と長持ち。どれ。とまず箱から取り出された、文を受け取り開く。文字は人となりを表すと思っている華子は、無骨だが闊達に書かれた男手のそれに、卑しさは受けなかったのだが。
「人形って、なんやねん。侍従、荷を出して」
はい。金泥で、丸に梓の花が文様化し描かれた宗家の家紋が印された、長持ちの蓋を開き中身を確認をし、何本か取り出す侍従。
「これは。反物で御座いますが、なんともまぁ、こちらでは珍しい、あちら風の男物の小紋ですなぁ、どういう事でしょうか」
「人形のお衣装らしいわ。ふ、ふふふ、ふふふふふ……」
擦り切れた畳の上に、さっと転がし広げられた小紋を眺め華子は、なんでやねん。
「人形のお衣装とは。そういえば以前の八重子様は、それはもう、人形遊びがお好きだったと、お聞きしておりますが」
「ふふふ、ふふふふ。そうえ、人形遊びをしようとして、天のイカズチにお当たりになられ、お目が覚められましたのや。なのでうちは人形と聞くだけで、腸の底が、グゥツグツと煮えくり返りますのや」
「では。どうされますか?」
華子は自身の中の何かが、ぷちっと切れた気がした。
「そうやな。侍従、晴紀様は確か。八重子姉様と同じお年やったな」
「そうお聞きしております」
「詳しゅう知りたい」
「御殿から届けられた、釣書に詳細が書いてあると存じます」
そうか。持ってきて。それと針箱の用意を。それよりも先に文を書いておく。華子は何かを思いつき、テキパキと指示を出す。早速墨が擦られ、塗りの禿げたんの文机に料紙が用意された。
涼やかな墨の薫りを吸い込み、心をしばし落ち着かせたあと、小筆にたっぷりと墨を含ませると、スラスラと、一気に文字を走らせた。
『ごきげんよう。
梅桃咲く庭にて蕨を見つけたり候。
流石は鬼の住処、娶らぬ内から
男物の反物を送りつけて来るとは。気の早い。
顔を知らぬ内から、針を持たすとは。
ならば。
次の文には寸法ぐらいお書き下さいませ候。
はな』
針の手が良かった母から習い、裁縫もそこそこの腕前と自負している華子は、文を書き終えると贈り届けられた反物から、薄手の生地を選び、侍従の手を借り折り目を付け、布地を断つ。
御用屋敷で休む使者が、東へと戻る前にと。男物の一重の着物を、一気に縫い上げた。
「時間があったら、どれも仕立て上げて突き返せるのに」