若君は気のない文をしたためる。
青葉笑う季節が訪れたのにも関わらず、何時もとは違う風が相変わらず吹いている。晴紀は晴れの少ない日に、少しばかりの不安を感じていた。
「日和が続かぬな。百姓は困っているだろう」
今年の地の恵みはどうなるのか。時間を作り、一度視察にでも行こうかと考えていると。
「若。四の宮様へご挨拶の文を出す様に、表方より言付かって参りました」
本丸屋敷から使者が来たとかで、対応していた帯刀が現れそう告げる。
「本決まりになるのか。またいちから取り決めが始まるとは。表方もご苦労な事だな」
他人事のように話す晴紀。
「いた仕方御座いません」
「それで文を出せと」
「はい。ご挨拶状と贈り物を早急にと」
贈り物と言われ、また頭の痛い問題がぶり返したと思う。
「四の宮殿の齢は?」
「確か、三の宮殿より、二つばかり年下かと」
「二つ年下」
帯刀の答えに呟く。先の婚約相手でもあった八重子は、同じ年頃と聞いていたのだが、文はどことなく幼く、お手玉おはじき、人形遊びが好きだと話が伝わっていた。
姑になる松子はそれを聞いた上で、右大臣家との付き合い上、生家である左大臣をつとめる父親から、何か贈るようにと、催促の文が届いた事も重なり、嫌嫌ながらも立場上、高名な人形師を呼び寄せ、雅やかな御殿人形を一対、創らせ贈っている。
「吾も、今度は人形を贈るのが良いか」
「時間が足りませぬ。御台様が贈られた物は大層、手が込んでおられたとお聞きしております」
「ふむ。取り急ぎとなると。先の姫宮には大切になさっておられると聞いた、御殿人形に充てがう着物の布地を贈っていたが」
拙い文字で、ありがとうと書かれた文を思い出し、このような妻女で吾の先は大丈夫なのかと、頭を抱えた事を思い出す。
「それならば、出入りの呉服商に命じれば直ぐに、ご用意できますが」
「それでいい。二つ年下ならば、裳着を済ませたばかりの歳だろう。人形遊びも、まだされておられるやもしれん」
晴紀の言葉に応じ、では早速ご用意をと場を離れた帯刀。
「後は文」
小さく呟き、表方に文面を託しても良いのだがと思いつつも、先の姫宮には、直々にしたためていたことを思い、ほろほろと庭を散策しつつ、草稿を練る晴紀。
四の宮殿は、どのような姫宮なのか。名を華子とお聞きしているが、その人となりが表方に頼み調べさせても、さっぱり出てこない。新しい婚約者に対し、惚れたはれたは無い。ただ、ひたすら面倒くさいと思う。
当たり障りのない事でまとめるか……。姉の話は書かない方が良いだろう。身代わりになり嫁ぐと思われているやもしれん。新しい気持ちで……。晴紀は気合いを入れ、気分を盛り上げようとする。が。
「うーむ。なんとも気が乗らぬ。が、そういう訳にはいかぬ。宗家の嫡男としての責務をだな。果たさなければならぬ……」
しばらく住まいの西の丸屋敷の庭を彷徨き、あーでもないこーでもないと書く文の構想を練りに練った。そして屋敷に戻りると、段取りが良い帯刀により、既にきちんと整えられた文机の前に座る。
涼やかな墨の薫りを吸い込み、気持ちを整えると、小筆を手に取った。料紙にスラスラとひと息に走らせた。
『ご機嫌麗しゅう。山笑ふ季節になり候。
四の宮様においてはこの度の慶事、お受け取り有り難く思い候。
これから先、無骨な産まれ故、何かと無礼があるやも知れぬが、どうか宜しく頼みたい。
何か贈り物をと思い考えたのだが、宮家の姫は人形を大事にしていると漏れ聞いているので、着物の布地を少しばかり。
はる』
ようやく文通が始まりました