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姫宮はボヤいております。

 西(さい)の領地を治める帝が住まう御殿の庭で、咲き始めたばかりの八重桜が、季節を先取りしたような、ムッとした熱い風を含んだ太い雨にバタバタ打たれ、丸めたちり紙の如くぺったんこの姿に成り果てているのを目にした、四の宮 名は華子は、つと動きを止めた。


 我が心まさにこれなり。雨が上がっているにもかかわらず、雲が通り過ぎた青空の下、しょぼくれている花を自身に重ねる。


「宮様」


 年取らぬ女房、侍従の声にひとつ頷くと、凝った細工で覆われた屋形の塗りの扉がするりと開かれた。面白くない感情がムカムカと腹の底で蠢いているのだが、澄まし顔で中に入り込んだ。


 い草の香りも爽やかな畳敷きの空間、赤い絹地に金糸銀糸で牡丹の刺繍、座布団は真綿が沢山に詰められているのか、その分厚さを主張している。


 扱いがほんの数刻でくるりと変わった事に、頭がクラクラしつつ座る。腹違いの姉、八重子のために作られた輿を使う羽目に陥った華子。


「それ」


 表から声。ぐん、と白い水干姿の童子に担がれ、上に持ち上げられる動き。一呼吸置き前に前に進む。揺らぎを受け姿勢を崩さぬ様、慌てて脇息にしがみついた華子は帝の娘といえども、輿に乗る事など無い暮らしをしている。


 外出はこれまで壺装束で拵え、歩きのみ。


 絢爛豪華な内装の屋形の内は完全に、独りきりの空間。落ちぶれているとはいえ、身分ある華子は、心のままにボヤく事ができるのは、これまでは寝所の臥所の中だけだったので、遠慮なく素になることにした。


「来る時は徒歩(かち)。帰りは輿。こうもちがうん?扱いが!前世の行いが、よっぽど悪かったんやろか。いや。やっぱり文にして出しておけば。へんてこりんな占の通り、イカズチにおあたりになられ、目が覚めた姉様。イカズチの阿呆!」


 ここぞとばかりに、ボヤく華子。目の前に置いてある螺鈿細工の箱に気が付き開けてみれば、縮緬で縫われたお手玉や、珍しいギヤマンのおはじきが入っていた。


 幼い頃に熱を出しそれ以来、人形遊びを好む年頃のまま、大人になった八重子が退屈せぬ様、用意されている品々。蓋を閉めた華子は、クラクラしている頭が更にクラクラ。フゥと息を吐くと心を鎮める。


「あかん。よく考えるんや。占で読んだ先の文を出すやなんて、それもとんちきな内容、呪詛に違いないと言われる。そんなことをやらかしたら、また米味噌が減らされる。ああ、こういう時に裏から糸ひける、金持ちで実務にたけた身分が高い、縁戚がお独りでも居らはったらと思う。でももう、御殿勤めには誰も居られへん。星読み人は野に下ったんやもん。食べていけへんから」


 かつてやんごとなき世界で、重宝された『星読み』の家に産まれた母を持つ華子は、御殿住まいの皆に忌み子として嫌われている。星を数え動きを読み、先を視る血を持つ母親と、帝との間に産まれた華子を、正妃である皇后が薄気味悪いと嫌ったからだ。


「鬼でも憑いてはるんか。こんな小さいお子が、晴れやら雨やらなんでも当てはって、気味悪う」


 この一言で母娘はその日以降、御殿で住まう事が出来なくなった。その事に関し華子は別段、何も思ってはいない。やんごとなき場では廃れた星読みも、市井の人々には、まだ重宝されていたからだ。


 屋敷に憑く良きモノ達が留守居をしていた、母の生家に身を寄せた親子。由緒正しきボロ屋敷にて、母亡き後もひっそりと訪れた人々に、占をし卦を教え、礼として寄進された品々を、御殿から運ばれる荷の足しにし生きている華子。


 母が存命中は、僅かな銭と引き換えに星読みをしていたのだが亡き後、皇后の耳に入ったのだろう。姫宮が庶民相手に銭を稼ぐ事はなりませぬと、御殿から横槍が入り、それ以来、米や味噌、野菜や時には菓子の一袋を有り難く頂き、やり取りをしている。



 美しく、賢くたくましく。三拍子が当てはまる母は、鄙びた田舎のあばら屋のような屋敷でも、憑きモノ達と楽しく過ごす事や術を教え、数年前にふとした病に伏せると、呆気なく逝った。


「華子。星読みは我が身のそれは読めん。読めるのは、明日が良いか悪いか、客が来るか来ないか。その程度だけや。知りたいか?華子の行く末を星がどう囁いているのか」


 その日の事を今でもよく覚えている華子。薄い臥所の上で、最後の星読みを教えようかと問われた。それをその時、断った。


「そうや。あの日、うちの末を聞かんかった。星の道は変わるもんやし、聞いてしもうたら、おたあさまとの別れを知るんやもん。元気にならはると信じていたんや。それから、うちは出来る限り、引き籠っておとなしゅうしていたんや。静かに年取って、婚期を逃した宮家の姫の行き先、尼寺の門跡におさまるちゅう、秘めたる野望のために!」


 きぃぃ!悔しい。丸つぶれや。御殿につくなり、粗末な身なりではいけないと、いけ好かない女房達により華やかな小袿に着替えさせられ、髪をおすべからしに整えられら長かもじをつけられた。慌ただしく白粉を塗られ、唇には紅をたっぷりと塗り重ねられた。


 父親である帝との謁見が待っていた。そこで内々の話だがと、今回の婚儀の話を切り出された。否を唱える事はできぬ空気に、頷くしか無かった華子。


 その成りのまま、帰りの輿の上で華子はキリリと、笹色に光る唇を噛む。亡き母親の法要をしたい。皇后からの呼び出しの文に心を惹かれ、のこのこと出向いた自分が嫌になる。


「いつものように、物忌みで出れぬと言えばよかったんや、くぅぅ!騙された!法要の話なんかあらへん。でも昨日の占だと、悪い卦は出てなかったのに、なんで。はぁぁ」


 華子は悔やむ。ため息をつき、悔やんてボヤく。


 母親が亡くなると、お忍びで足を運んでいた父親の訪れも徐々に途絶え、それに沿い扱いがおざなりになった。奥を仕切る皇后の威光が存分に、発揮されているのだろう。裳着を迎えても、祝いの席ひとつ設けられず、紅白粉さえ満足に与えられない。


 季節毎に義務的に届けられる衣装も真新しいが、流行りの柄や、色鮮やかな物をわざと避けて選んでいるかの様な、年寄りが着込む地味な色目のものばかり。


「なんでや、産まれた時より忌み子のうちが、鬼の住処という、(あずま)の領地の若ぼんに、嫁がなければあかんのや。ほんまもう!神も仏もいてはらへんのやろか、こんなことをやったら、うちの星の道、聞いとくんやった!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪い罫は出てへん! これにつきますねー! わくわく。 …… しかし、法要をエサに呼び出すとは…… 罰当たりですね!
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