姫宮と若君、母……、……。やっぱりそうなるのか。
貝や水晶、松林で拾った枝や葉や光る石、真珠、翡翠玉が畳の上にザラリ。
「なんだこの……、中身は」
ガラクタ、と言いそうになり、咄嗟に言葉を替えた晴紀。手にした茶筒を畳の上に転がす。
コロコロ……、光を宿したままに転がる茶筒。
「晴紀様、何故、お茶筒に?何か『占』でもなさっておられた?」
「く。何故分かった?」
「良くも悪くも『気』を感じて」
星を読み、卦を立てる華子は不安に襲われる。
……、松子様が奇妙奇天烈とお噂は、占をされるからやろか。ならばうちも……。
「違う。ただガラガラ鳴らして、占い師ごっこをしていただけ故」
母上の胡散臭い茶筒等と一緒にしてはいかん!と言わんばかりに即座に晴紀は否定。
「占い師ごっこ」
「そう、そこな重野がネタを仕込んで、腰元達と百発百中の占いごっこ」
「ほんに……」
羞恥心により早口でバッサリ切る様に答えた晴紀と、それに対しなんと答えたら良いのか戸惑う華子。松子のおかげで妙な空気になった事を忌々しく思い、それを祓うように話を変える晴紀。
「それよりも、四の宮殿。母上が目が覚めたら障りがある故、早く済ませよう、でんでん殿が憐れだ」
落ち着きを取り戻した晴紀が急かす。はい、と合わすように気持ちを切り替え、ウズウズとしている雷の子に問う華子。
「でんでん様、どちらの『おたま』ですの?」
「ン、エト、コエ!」
パチパチ小さな稲光を四方八方に飛ばしつつ、散らばる中のひとつを指をさす。
「落とし物か?」
「アイ、ブンブンポーン トンデタ!」
晴紀の声に自分が視えてるのかと、驚くもうれしそうに答える雷の子。
「ブンブンポーン、トンデタ、振り回して千切れて落ちたのだな。何時?」
「トゲトゲノキ ミテタラ ポトン」
「トゲトゲ、松の木か。探しに来られたのか?」
「ン、ミイナ デ ケハイ、デモ。トラレテタ」
少ない情報と手持ちを混ぜて考えると、春に落ちた雷のことかと目星をつける晴紀。
……、母上が占に凝りだしたのもその頃。拾ったのか、『きんたま、かあたま』を。何を拾ってるのだ!落ちてる怪しい物を拾ってはならんだろ!そして妙なる落雷は、探しに来ていた眷属達か?
頭がクラクラしつつ、後で詳しく考えようと一旦思考を止め、目の前で広がる優しい世界にて、癒やされることにする晴紀。
「では。それをそのお太鼓につけましょう。おたあ様から頼まれております」
「アイ!タアタマニアッタ?」
「ええ。お綺麗な巫女さんやった」
「タアタマ、キレイキレイ」
ニコニコとし、ヒョイと光る石を拾う雷の子。子の手の中で石は姿形を変えていく。歪な形は真ん丸に、ただぼんやりと光っていたのが、鋭さを持った金の光に。太鼓と玉を華子に差し出した。
「きんたま。確かに金の玉だな」
呟く晴紀。その側で華子と雷の子がやり取り。その様子を見るにつけ、先に二人の間にややこが出来たら。鼻の下が伸びそうになっている晴紀の脳内。
それを知ってか知らずか、華子と雷の子とのやり取りは続く。
「ナヨル?」
「ええ。直ります」
「タアタマ アエユ」
「直ったら、でんでん様のおたあ様に、お会いになられるの?」
「アイ!」
まぁ!それならば丁重に、しっかりとお直しせな。華子は片方、プラプラしている、短くなり様を成さぬ紐を取り外すと、代わりになるもの。髪に手をやり、着物を探り、胴に幾重にも巻かれている、色取り取りの細紐に気がつく。
……、一本位、解いても大丈夫やろ。
朱金色をした紐をシュルリと解く。そしてはたと気がついた。
「あら、長すぎる」
「然らば、吾にお任せあれ」
愛しい人の困り顔に、助けようといそいそと、懐から小刀を取り出す晴紀。
「まぁ。おおきに」
にっこり笑い、丁度良い長さで必要分を左に落とすと、張った紐の真ん中位をと、立ちの晴紀を見上げ頼む華子。
「はっ!かしこまりました」
些か、緊張のあまり言葉の節々がカクカクしつつ、晴紀は丹田に気合いを入れ、見上げてくる姿を見た事により、早馬のように暴れる鼓動を抑えつつ、プツリ。
「御上手さん」
「はっ!ありがとうございます」
……、東の公達さんは本当は、このようなおぼこいお方なんやろか。紐を切るだけに、こないに緊張しはって。
……、駄目だ。しっかりするんだ。婚儀に向けて読んだ書物にある『女性を押し倒したくなる候』とは、こういう気持ちなのか。
それぞれに、それぞれの思惑で物を考えている二人。
「コエ、キンタマ」
早く直して欲しいのか、焦れた声が甘い二人に割って入る。
「ごめんよって。ほな直しまひょ」
華子は金色に光る玉受け取り空いている小さな穴に通すと、しっかりと括り付ける。軽く振ってみる、
テンツク テンツク テンテン。
弾む音が響いた。
「はい」
「アイヤト!」
両手を差し出し嬉しそうに受け取る、雷の子。そして嬉しそうにでんでん太鼓を鳴らす。
テンツクテンツク、テテン、テンツクテンツク、テテン!
左右の金の打ち玉と銀の打ち玉が、四方神であらさられる、西の白虎から分けてもらった、腹の皮を弾く様に叩く。
テンツクテンツク、テテン、テンツクテンツク、テテン!
「まぁ!」
「おお!」
二人の声が重なる。でんでん太鼓の音に合わせ、光の塊が太鼓から出て来る。
「タアタマ!」
テンツクテンツク、テテン、テンツクテンツク、テテン!
スゥゥと形取る人の姿。太鼓の音が出てる間、母の姿が現れる様子。
「おたあ様?」
「アイ」
テンツク、テンツク、テテン、テンツクテンツク、テテン!
「わたくしはでんでんの母であり、雷を奉る美しの巫女。すみませんが。そこな桃太郎様、坊を器から出して下さらぬか」
テンツクテンツク、テテン、テンツクテンツク、テテン!
弾く太鼓の小さな音。晴紀はでんでん太鼓を懸命に鳴らす雷の子の、チリチリな髪に手を置いた。硬いと思っていたそれは、ふわりと柔らかく晴紀の手が沈む。
「しばらくすまぬが、この機会を逃せば二度と無い故、母となる器を借りるぞよ」
スゥゥ。と二人のお子に分かれ、元の姿に戻った我が弟を抱きしめ倒れぬ様に支えていると、靄のような姿の美しの巫女が動いた!
「はっ?母の器とは?」
……、二人おられる。お郷の方と母上と。どちらに?
全うに考えれば、三郎の母であるお郷の方。しかし、問うてきたのが自分だとすれば、母松子。
……、何故だ!美しの巫女やらと言う御方が、母上を借りれば、吾は救われる気がするのだが……。
ほんの少しの望みが、晴紀の心の内に極々淡く広がる。そして……。
「でんでん。おいで」
「タアタマ!タアタマ!」
「こうして、抱っこをしとうございました」
「タアタマ、タアタマ」
「よろしゅうございました」
「ああ。うん。やっぱり、そうか、仕方ない、うむ。とにかく良かった」
浮かぶ涙を肩巾で拭う華子と、少しばかり複雑な心持ちの晴紀の目の前では、これ以上尊いものはない、幸せそうな親子の邂逅。
ほぼ寄せ抱き合う幼子と、お郷の方の姿を借りた、優しい母親の姿があった。




