姫宮 天の羽衣にて星屑の道を進めば
東にて、松明が灯された時刻、西の星読みの屋形から発せられる、剃刀の刃のような剣呑な気配。『星渡り』の術にて、惹き寄せられる鬼を滅っせんと、憑きモノ達が気合いを入れている為。
「守る」
「まもる」
「マモル」
「ヤッツケル!」
オー!それぞれに戦装束を身に着けた姿を取り、庭に集っていた。騒がしい気配を感じつつ華子は、祖父、七星、木人式神、侍従と御簾の内にいた。
「ええか。旅人は、先ずは四方のお水を順々に飲むんや。『東の星屑の井戸』、『南の星飛びの井戸』、『北の星駆けの井戸』そして、星流れの井戸」
「この身体から魂が出ると」
華子は祖父が用意をした新しい白木綿に、死を司る、北斗七星、生を司る、南斗六星が描かれている。
「そうや。そして天を翔び、遠く離れた相手を助けに行ける。怖いか?」
「いいえ。東が危ういと、お祖父様が申され、うちは星を読んだ。ここではあやふややけど、よろしくない卦やった。大丈夫や。晴紀様が守って下さるさかい。それにお祖父様も侍従も屋敷の皆も。心配あらへん」
清らかな白装束姿の華子は答えて笑むと、袖の袂を押さえる、中には晴紀から贈られた柘植の櫛が忍ばせてある。
「そうや。心配あらへん。鬼退治のぷろふぇっしょなる、桃太郎の気が込められた、それかあるんやさかい。それに皆も盛り上がっておるしな、ククク。久しぶりに暴れてもええんや」
剣呑な事を言いつつ、竹筒を次々取り出す七星。三宝の上の朱塗りの盃に、先ずは星屑の水を注ぐ。
「口をつけたらやめられへん」
華子と同じく白装束姿の七星が至極真面目に話す。
「行ってまいります」
心を決めている華子は、最初の水をひと息に飲んだ。座る布地に描かれた、死と生を司る星が光を放つ。
星渡りが始まった。
四方の水を全て飲み干した華子は、クラクラとし、一瞬眼の前が暗くなった。息が止まる気がし、酷く頭が痛いと感じると。
「きいつけてな」
祖父の声。
「天女様のようです。留守はお任せくださいませ」
女武者のような甲冑姿の侍従の声。
「あら。うちが寝てる。もう出たん?飛んでるわ。天の羽衣?これは」
「ああ。そや、さあ!早うおいき!邪魔が来ぬうちに!道が開いたぞ!」
北斗七星と南斗六星の放つ光が天井近くで、輪になり渦巻きを創り上げている。迷うことなく華子は、その中へと向かう!
……、綺麗、星屑があっちにいけと、示してる。
渦巻きを潜り抜けると、そこは初めて見る世界。星流れが出向いた天界とはこのような場所やろか。示された方角へと進む華子。
「井戸の中にも道があると読んだけど、こんな感じやろか」
ほんわりと明るく暗く。時折何処からか、風がひとすじ吹いて過ぎる。過ぎて吹く。進んでいるのか、浮かんでいるのを運ばれているのか。不可思議な感覚を面白いと、薄絹のような肩巾をハタハタ動かしてみたり、くるりと回ってみたりしていると。
「まあ。生きてるお人がいる。何方にいくの?」
声をかけられてた。誰も居ないと思っていた華子は、はしたない格好を取っていた事に恥じらいつつ、あたふたと、色鮮やかな薄絹を幾枚も、身体に巻き付けたような衣を整え答える。
「ごきげんよう。東へと」
「東!」
巫女装束を着込んだその人が、被さる様に声を立てる。
「ああ!このような『冥道』を征くなんて、ただのお人じゃない。何かお役目を担い、御身体から離れてるの?」
「はい。大事なお方が困っておられて、助けに行くんです」
「して。どのように、お困りで?」
「天候不順とか。それと雷神様もお困りみたいで。行けば解決しそうな卦が出て。なので旅人になったんへ」
「くうぅ。ごめんなさいね。うちの宿六が不甲斐なくて」
「は?宿六?貴方様は何方様?」
華子の疑問に答える。
「わたくしは、生前『雷大明神の巫女』と呼ばれ。雷神に、三千日通われ口説かれ……、お役目をほっぽり出した奴のせいで地が荒れ、世のため人のために、雷神に嫁いだ女です。そして。でんでんの母です」
でんでん。その名前に聞き覚えがある華子。星流れが調べてきた、天の騒ぎの当事者、雷神のひと粒種の名前。
「雷神様がお昼寝されている最中に、地に落ちてしまった若ぼんのおたあ様」
「如何にも。あれほど、子育てはしっかりと。今際の際に遺しましたのに。たかが、でんでんの癇癪如きで、わたくしめを偲んで、お役目をほっぽり出し、泣きに泣き寝不足になり昼寝とは言語道断!」
キリリと話す、でんでんの母親。彼女に亡き母、勝を重ね合わせる華子。
「それで今、雷神様はお探しには」
「そんな事をしている間が無いのです。天の気質があの子が落ちたことにより、一気におかしくなってしまった。夢枕に立ち、お前は仕事をしろと!わたくしめはでんでんを探すと」
事情を知っているのなら、話は早い。でんでんの母は華子に頼みこむ。
「あの子の為にと。でんでん太鼓を作ったのです。それを鳴らせば、少しの間姿が現せる様に霊力を込め、『晴れ玉』と『雨玉』を打ち玉にして。あの子がふとした時に、『晴れ玉』を落としてしまったのです。それをずっと手分けして皆も探していたのですが。あの子は癇癪を起こしたのです。その時、地上から同じ様なお子の泣き声に惹き寄せられたのです。お願い申し上げます。晴れ玉を見つけ出し、でんでん太鼓に、つけ直してくださいませ」
「は。うちに、出来ますやろか」
とんでもない事に巻き込まれた気がする華子なのだが。
「わたくしは、しがない霊体ですが、貴方様なら現世の物にも触れる事ができます。でんでん太鼓さえ、修繕出来れば……。お願い申し上げます!さすれば東の土地の天候不順も、対なす西の晴れ続きも。一気に解消となりますわ!」
雷神の巫女にそう言われれば、引き受けざる得ない華子。
……、えらいことに巻き込まれた。晴紀様、華子はえらいこっちゃ。一気に解消とは嬉しゅう思いますが、『晴れ玉』なるお品は、一体何処にあるんやろか。晴紀様はご存知やろか。
お願い申し上げますと再度、念を押すと出会った時と同じ様に、唐突に姿を消した巫女。話している間にも、道行きは進んでいたらしい。なにやら自分を呼ぶ声が聴こえる。すう。と。場から外へと出た華子。
そこで。
……、「お目にかからぬ内には嫌だ。いや。駄目だ。嫡子という者、我が身のことよりも……、ああ、でも、腐っておられる御台所は、駄目だ!我が身よりも。でも、まだ手も触れた事もない内に。華子殿、華子殿、どうすればいいのだ?」
手を伸ばせば肩に置けそうな直ぐ側で、背を向けるその人が切羽詰まった風で、小声で呟いている。晴紀様やろかと思いつつ。
……、腐っても御台所。松子様のことやろか。それよりも、手を触れる、手を……、触れる。いやん。そんな。輿入れ前やのに。触れるなんて、でけへん。そんなん……、恥ずかしい!
華子は真っ赤になりながら、困り果てている眼の前の彼に声をかけた。精一杯、しとやかに。穏やかに。心のドキドキを出さぬ様に。
「はい、お教え致しましょう。晴紀様」




