若君、騒ぎの中でボヤいてると。
キキキ、チチチと地から曇天へと光が上がる。辺りは早くも暮れ夜の帳。晴紀はそれを見つけ次第、あの光の辺りに居ると、何度も指差し教えるのだが。
「光などありませぬ」
帯刀が答えると周りの者達も見えぬと話す。
「吾の住まいの辺りぞ!見えぬのか、アレが」
「はい。若君」
飛び出して行った三郎の後を追っているのだが、早々に姿を見失い、手分けをし探している最中。途中、松明が用意された。パチパチ爆ぜる灯りの元、捜索は続いていた。
「早く見つけ出さなければ。腹を空かせてるに違いない。ぬ!次は……」
言葉途中で何かに気付いた晴紀。普段ならば紙に徒然に書き散らし、得た情報を精査していくのだが、折しもしとしと降る雨の屋外、時は夜。帯刀がいつ何時使えるよう、懐に用意してある料紙と矢立ては使えない。
「しばし留まれ!」
周囲の者達に命をかけると、帯刀を相手に話を始める。
「空に向かう光は帯刀達には見えぬ」
「はっ!若君」
主の意を理解をした帯刀は、言葉短く返答。
「飛び出してから、先ずは松林、それから松林の近く、東屋がある池の畔辺り、その隣の花園、松林より本丸屋敷の方向、松林より吾の屋敷の方向……」
指折り数え上げる晴紀。口に出した場所は、時折、父親が開く管弦の宴やら、野遊びに使われる場所。普段は外に出ぬ引き篭もりなのだが、こういう遊びには少女のように喜び、いそいそと出てくる。
「なんだ。松林が噛んでおる。春に松の木に雷」
「はっ!若君」
「三郎殿はまるで小さき雷神が如く」
「はっ!若君」
「御幸街道封鎖は落雷により」
「はっ若君」
「調べさせた三の宮殿は、母上が贈った人形遊びの最中、雷に」
「はっ!若君」
そういえば、街道に雷が落ちた時は。持ってる情報を総動員。
「母上の文を運んでいた」
「はっ!若君」
「他に落雷はないか。母上絡みで」
「若君に文が届いた折、下仕えが戻る最中、持っていた文箱に小さな雷が当たり箱が割れたと騒ぎに」
……、まさか。母上が何かおやらかしに?
「いやいや。それでも腐っても御台所。そのような事はないはず」
呟き、考えを巡らせる。
「して。この後はどのように」
「帯刀と吾は、松の丸へと向かう!皆は各自仕える屋敷に戻り、待機せよ!」
「はっ!若君」
帯刀ひとりを連れ、松子の元へ向かおうと段取りを決めたその時。お郷の方に仕える腰元のひとりが、着物の裾を絡げ松明を片手にし、こちらに気が付き駈けてくる。
「ああ!こちらに。大変で御座います。お郷の方様が、三郎君の後を追い、松の丸屋敷へと御一人で向かわれたのです!」
「なんと!どうして場が判ったのだ!」
「それにつきましては、あの後。お召し替えの後、騒ぎをお知りになられた殿が手配なされた、薬師が御心をしずめる為の、お薬湯を運んでまいりました。それをお飲みになられ、しばらくお休みに。夕餉をお運びすると、三郎君のお声が松の丸屋敷の方から聴こえると。静止を振り切り、向かわれたので御座います」
息を弾ませつつも、テキパキと事の次第を述べた腰元。
「わかった!そなたは屋敷に戻れ。帯刀!」
「はっ!若君」
急ぐぞ!泥跳ねも気にせず濡れネズミのまま、松の丸屋敷へ!
一方、腐っても御台所と息子に喩えられた松子。御簾の内で重野の給仕にて、食後の菓子を楽しんでいた。
「膳の菊のおひたしは明日も。ごくん!……、ハッ!キタキタキタキタ!来たぞよぉ!」
塗りの箸を置くと、袂のから茶筒を取り出し、ガラガラガラガラ!間髪入れず、始まる腰元達の団扇太鼓!重野は菓子皿が乗った膳を素早く脇に避ける。
「御台様!なにやら外は剣呑で御座いまする!」
「わかっているぞよ!お茶筒様が唸っておる!」
ガラガラガラガラガラガラ!
ドドンドンドン、ドンドンドンドン、ドドンドンドン!
「御台さまぁ!若君様とお郷の方様が!」
ドドンドンドン、ドドンドンドン、ドドンドンドン!
来客を告げる為に少女は声を張り上げた!
「降りたぞよ!」
カシュ!ザラリ!中身が畳の上に、ばら撒かれた。
「桃太郎が来ると出た!」
「流石は御台様!大当たりい!
ドドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
一層高らかに打ち鳴らされたその時!
バリバリ!ピカピカ!ガタゴト!ベキベキベキ!カアタマァァァ!
日が落ち締め切られた板戸を破る音!キンキン声!
消える燭台の灯!腰元達の悲鳴!辺りは真っ暗になると思いきや。押し入って来た三郎が発する光で、薄らぐぼんやりと明るい室内。
「何事ぞ!」
「御台様!こちらに!」
「ああ!三郎!」
「お郷殿!母上様!」
「キンタマ!カアタマ!アッタ!」
てんやわんやの松の丸屋敷。松子は慌てて畳の上に散らばる、貝や水晶、松林で拾った枝や葉や光る石、真珠、翡翠玉をかき集め茶筒にしまい込む。
「ダメェェェ!」
バリバリバリバリ!全身に稲光をまとう、三郎!そして、後生大事に茶筒を手にした松子に突進!
「三郎や!なりませぬ!」
奇病といえど御台所である松子に障りがあれば、主君の子といえど、責を取る事になる。お郷の方は押し留めようと、我が子に駆け寄る。
「危ない!母上!お郷殿!」
ビリビリとしたものが三郎であり、三郎でないモノから発せられている事を察知した晴紀も駆け寄る!
「キンタマ!カアタマ!カエセェェ」
キンキン声を上げる三郎であり三郎でないモノ。松子がひしと抱きしめる茶筒に手を伸ばしたその時、光の玉が指先から飛び出て松子に命中!したように見えた晴紀。
ピッシャーン!
「ふえ?キュウ」
「きゃぁ!キュウ」
「御台さ!キュウ」
我が子の直ぐ側迄来ていたお郷の方は、とばっちりを喰らった。極々小さなイナズマが松子の持っていた茶筒に命中したのだ。キュウと目を回し倒れた松子と、お郷の方と、松子を守ろうとしていた重野。
コロコロコロコロ……ガラガラ。畳の上を茶筒が転がる。
「三郎殿!」
エッエッ。エグエグ。倒れた松子達を見、とんでもない事をしでかしたと言わんばかりに、泣き出す三郎であり三郎でないモノ。手にしたでんでん太鼓を振る。
スッ、テン、スッ、テン、スッ、テン……。
「カアタマ、エグエグ、ヒーン」
ピピピ、ピピピ。四方八方に光が飛び出ている、目の間の弟であり弟でない子に、どうすればいいのかと晴紀は途方に暮れる。
「近づいて良いのか?駄目なのか。吾にはさっぱり判らぬ。この子は誰なのだ。どうすればいいのだ。ああ。星流れの読む、四の宮殿ならば。何かご存知だろうか」
……、どうすればいいのだ。華子殿。人ではないモノに触れても大丈夫なのか。吾は怒りに触れ死なぬのか?もしも……、母上達の一大事に、このような事を思ってはいけない。でも吾は。華子殿と一緒になりたいのだ。夫婦になり、三郎殿のようなかわいい我が子に恵まれて。何時も離れることなく側に……。
「お目にかからぬ内には嫌だ。いや。駄目だ。嫡子という者、我が身のことよりも……、ああ、でも、腐っておられる御台所は、駄目だ!我が身よりも。でも、まだ手も触れた事もない内に。華子殿、華子殿、どうすればいいのだ?」
ピピピッ、ピピピッ、光が薄らと包み、ぼんやりと室内が見渡せる事が出来る中、立ち尽くして居る晴紀だったが。
「はい、お教え致しましょう。晴紀様」
明るく澄んだ光が、晴紀の後ろからほわりと現れ照らす。華子のしとやかなる声が合わさった。
明日も少しばかり遅くなりますー、お仕事が今日から始まったのですよ(ノД`)シクシク




