姫宮、出す気のない恋文をしたためた!
天の川を笹の葉で設えられた、時行く船でゆうらゆうら、漂うこと七日七夜七つ風が色変える時刻を重ねれば。そこは天の国。星流れが目的地へと、辿りついたそこは、上から下からかき混ぜた様な大騒ぎ。
「プププ。あの。こちらは、天界稲光町5丁目777番地、雷様の御宅でしょうか?」
カサカサと包みを取り出し、門番に差し出す金平糖の袖の下。
「おおう!そうなり。ん?ソナタは地上から来たのか?」
「プププ。あい!笹舟巡りツアーに申し込んだのです。何やら騒がしいですね。なにかあったのですか?」
「おおう!ん!それは言えぬ」
「プププ。ほんのちょっと、お土産話を仕入れたいのです」
おおう!んー。への字口の門番はちらりと金平糖の包みを見るが、ふいっと横を向いてしまう。カサリと、包みを開ける星流れ。色とりどりの金平糖を、ひとつ摘んで口に放り込む。ニマッと笑い。
「プププ。ん、んー!おいし~い。天界にはないお味」
「おおう!地の菓子か!うぐ。なんと旨そうな……。くぅ。土産話。ほんのちょっとなら」
オーバーリアクションの星流れにそそられ、辺りを見渡した後、包みを受取ると、ヒソヒソと始める口の軽い、天界稲光町5丁目777番地の門番。星流れは上手に、話を聞き出していった。
「えい!」
「やあ!」
憑きモノ達が庭先で、勇ましい声を上げている。祖父、七星が戻った日より、賑やかさに拍車がかかっている、星読みの屋形。
「お祖父様、一体なんの騒ぎ?」
「ちょっとな。華子は休んどき」
星流れの井戸から水を汲み上げ、竹筒を満たすと、屋敷の敷地ぐるりに撒いている祖父の行動に、きな臭いモノを感じている華子。
「侍従、お祖父様から何か聞いてはる?」
「はい。『鬼が来るそうです』
「はっ!『鬼』とは如何に」
「術を行使すると来るとか。ご安心なされませ。わたくしも少しばかりなら、心得がございます」
ポンッと胸を叩く侍従。
……、これも、うちが東に行きたい、そう思うたから、剣呑なモノが来るんやろか。
御簾の奥に押し込まれていると、つい負の方向に向いてしまう華子。
目の間には文箱が二つ。中身は東の領主から、婚儀の為にこちらに向かう使者の出立が、少しばかり遅れるとの、父親からの知らせ。と、ようやく届いた晴紀が贈った文。
「晴紀様は、困っておられる。星読みの事をお知りになられても、それでええって。そういうことやろ。お力になりたい、でも東は遠い。侍従」
「はい。誠に遠うございます」
どうにも気分が塞ぎ、くさくさとしてきた華子は、じっと部屋の中なんかに籠もっとるからやわ。立ち上がると、侍従に庭に下りると告げる。
「そろそろ、ヤマボウシの実が取り頃や」
身軽な装いに着替えた華子。庭で勇ましい声を上げている、モノ達がたむろう庭へと下りた。
秋の月夜は明るい。りーり、コロコロ、チッチッチッチッ。虫達が競い合う様に震え響かせ鳴いている。冷え冷えとしてきた井戸端で、星流れの報告を聞く華子と七星。うら若い星読みと、老成の星読みを月が見守る。
「プププ。つまりはそういう事のようです」
雷邸の門番から聞き出した話を、包み隠さずそのままに、話を終えた星流れ。
「ほほう。雷さんも苦労人やで」
「まあ!なんと哀れな。それで若ぼんの行方は?」
「プププ。ちゃんとお聞きしてきました。東の地です。なんでも最初に覗いて落ちたのが、そこだったみたいで、手分けして子守の子鬼ちゃま達が気配を頼りに探したのですが、見つからず。癇癪起こし泣いていると、地上の子どもに惹き寄せられたそうです」
星流れのそれに驚く華子は言葉が出ない。
「春からこっちゃ、どこもここもちいっと、みみっちいに天候がおかしゅうなっとったんは、これが原因やったんか」
「プププ。元はといえば、坊っちゃんの『でんでん太鼓』が原因。それなりに影響があるみたいです」
この晴れ続きでまだ、みみっちい。やり取りを聞き驚く華子。
「お祖父様。まだ些細とは、如何に」
「ああ、華子は知らんだろう。昔、雷様が巫女にうつつを抜かし、惚けたお年に、『北の領地』で飢饉があったのや。その年は前の冬より雪がすくのうてな。雪しろもない上、菜種も五月雨も、卯の花腐りも、ろくになく。夕立ちひとつこん。『星飛びの井戸』を使い、頼まれた星読みが読んでも読んでも、雨星ひとつ出てこん。晴れ星はそこに留まったままやったと聞く。地は乾き『冥星』が『北』の上で動かんかった、人も家畜も食えん様になり、バタバタ死んだんや」
「雷様が、惚ける?」
「巫女に惚れたんや。恋の病につける薬無し。流れ星が連日連夜、見れたんやと。人に化け天馬に乗り降りてこられていたんやな。早う、なんとかせねば次は『東』が危うい。新年に読めば『凶』と出たさかい。華子の嫁入りどころではのうなる」
そんな。華子は言葉が上がりそうになり、慌てて袖で口を塞ぎ飲み込んだ。
「大丈夫や。このために爺は、かわいい娘と孫をほっぽり出し、旅に出とったんやから」
「お祖父様」
「お前がここに初めて来た日、奇っ怪な星の動きがあってな。しかしここは西。当たらぬもいいところや」
「それで四方の井戸のお水を集めに行かれた」
左大臣から聞いた話をする。
「ほや。『星渡り』をするためにな」
「星渡り。してどのような」
先祖から引き継いだ、蔵書にそのようなモノ書いてあったかと、小首をかしげ問いかける華子。爺は笑いながら懐からブヨブヨな草子を取り出した
「これや。侍従に探してもろうた」
「それは。確か消えていて読めないはず」
禍憑モノに悪用をされぬよう、星読みの屋敷から持ち出せば、書き込んである図や文字が消えてしまう術が、どれにもかけられてあった。七星が手にしているそれも、誰かが持ち出したのか。或いは井戸に落としたのか。墨が流れ落ちた様に、文字が飛んでしまって読めない。
「昔な。童の頃にうっかりと盥の中にドボンや」
「はい?」
「読み解くんに往生したわ!『後見』の術とか使ってな。勝が大きゅうなった頃にな、やっとこさ、解読出来たんや。ようよう爺の頭の中に入った」
「お祖父様……」
あっけらかんと話す、七星に頭が痛くなりそうな華子。
「これからやる術は、たいそう危ない。鬼を惹き寄せる。護りの星見、旅人の星見。二人ひとくみで挑む。旅人は四方の水を飲み、躰から『御魂』を解き放ち目的地に飛んでいく。護りは、もぬけの殻になっとる躰を喰おうとやってくる『鬼』から守るのじゃ」
七星は至極真面目になり術を教える。
「そのような危ない術はしないほうが」
「いや。本来ならな。旅人の空になった躰を狙い、わんさかとやってくるそうなんじゃが、今回はその袂の中のもんで、それほど多くないと踏んどる」
はっ?まさか自分が旅人の役目を担うと、思っても無い華子は、鳩が豆てっぽう喰らった表情。視線の先にある、袖の袂に手を入れ取り出した。
「お祖父様、まさかうちが旅人」
「ほや。年寄りに無理させんといてや」
「ほやけど、留守にしてたら食われてしまう」
現世に未練タラタラな華子に、七星は教える。
「その手にしとるもんが、華子の何よりの護りじゃ、爺達は気配に誘われ浮かれ来る、『鬼』達の相手をしたらええだけじゃ」
「この櫛が、御守り」
晴紀から贈られた袱紗を握りしめた華子。
「名は体を表す。フォッ、フォッ、フォッ!ちと調べたら、三月弥生の桃の節句のお産まれで、幼名『太郎』、くくく……、桃太郎とは。鬼退治のぷろふぇっしょなる」
ぷろふえっしょなる?聞き慣れない発音が気になったが、それよりも更に気になる事が。
「すると。うちは旅人になり、東へ」
「そうじゃ」
「でも、お住まいを何処かしりまへん」
「そこなのじゃ、心底会いたい者同士じゃと、ピターッと直ぐ側に、到着出来ると書いてあるんじゃが。何しろぶっつけ本番」
ピターと直ぐ側に。おぼこな華子はぶっつけ本場という物騒な事を言われても、ピターと直ぐ側に。この言葉が耳に残り、他の言葉は右から左に流れた。
準備が整ったらの。と七星。大丈夫と思うが、心配が膨れる華子。部屋に戻り臥所についても目が冴え眠れない。そうこうするうちに夜が明けてしまう。薄明るくなる居室。転々と身体の向きを変えていた。
……、もしも。食われてしもうたら、どうなるんやろか。いやいや。そんなことない。もも様がまもってくれてはるんやもん。それにうちの事を素晴らしいって。そんなことも、言われたの初めてや。良いことだけを考えよ。
「ほや。会えるんへ、うちを待ってくれてはるんや。きっと直ぐ側に着く」
小声で呟くと羞恥のあまりに、顔も身体も赤くなり熱が高まった気がした。しばらく、跳ねて飛ぶうさぎのような心が落ち着くのを待ち、起き上がる。
華子は文を書きたいと。気配を察し姿を表した侍従に言いつける。直ぐに支度が整えられる。着替えを終えた華子は、何時もの様に筆を取り墨をたっぷりと含ませた。
『ごきげんよう。ヤマボウシの実が今年は小さいけれど、甘う御座います。雨が少ないせいやと。
お文を、ありがとう御座います。
金平糖、ありがとう御座います。
櫛も袱紗も。ありがとう御座います。
お気持ち、とても嬉しゅうございます。
取り急ぎ、伝えたいことだけ。
お慕い申しております。
はな』
何時もの様に文箱には納めず、丁重に畳むとそのまま文机の上に置いておく事にした。出す気はなかった。ただ、甘くこみ上げる幸せな気持ちを書き留めたい。
それだけ。




