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三郎君 奇っ怪な病に罹患す!

 使者の出立が遅れる事になると本丸屋敷に呼ばれ、詳細を知らされた晴紀。


「しばらく、だ。しばし待て。春には動ける。川越えの経路で、取り急ぎの使者を送った」


 街道の通行止め、天候不順により穀物の不作、それによる高騰対策。飢餓にならぬ様、お助け蔵の解放、他の領地からの買い付け、問題が山積みな為に、使者を向かわす為の人手を割くことが難しいと判断されたからだ。領地が荒れるやもしれない危機が、直ぐ側に来ていた。嫡子として己のことよりも、地を守る為に動かねばならない。


「華子殿。今しばらく」


 夜な夜な布団に潜ると、文を取り出し語りかけ、泣きたい気持ちを堪えている


「もしも。いや。悪い事を考えてはならぬ」


 頭を過る事は天候不順による、領地の大厄災。飢餓、疫病そして、食物や水を得るための争い。


「婚約破棄となったら。吾はどうすれば良いのだ。お会いしたい、せめてお声を聞いてみたい。先の婚約を流れたら良いと思った。その罰が当っているのだろうか」


 布団の中で、愛しい人を想い胸を焦がし、チクチクと痛める晴紀。枕元には、華子が縫った一重の着物が、衣桁にかけられ、虫食わぬ様に伽羅を焚かれている。涼やかな香が部屋を満たす中、眠れぬ夜を過ごしていた。




 重なる時は重なる。


「三郎が奇病に伏しただと」


 出した文の到着が大幅に遅れるとの知らせを受けた、ツクツクボウシが雨が止むと、早速にホーシツクツクと声を響かせていたある日、お郷の方から、至急取り急ぎの知らせが飛び込んだ。


「慶事を控えた今、穢れはならぬとお郷の方様は、これより別邸へと、出立なされるとのお話で御座いまする」


()の事は気にせずとも良い!日より悪い中で動かせば、病が進むかもしれぬ!」


 晴紀は先ず、本丸屋敷へと向かう。そこで父親にその旨を伝え、お郷の方の出立を押し留めた。その足で、三郎の見舞いに向かう。



「すみませぬ。慶事を控えた今、穢れを出そうとは」


 三つ指をつき、頭を垂れるお郷の方。


「構わぬ。それに動かした事で三郎に何かあったら、お知りになられた華子殿は悲しむであろうし、恐らく吾を叱り飛ばす気がする」


 予感がある晴紀。文のやり取りの中、自分が知る『姫宮』と、良い意味で婚約者である四の宮は、何か違うと感じている。


「して。いつよりなのだ」

「先の晴れ間で御座いまする。腰元達と、松林へと散策をした先で倒れそれから。」


 お郷の方は気丈に涙を堪え、とつとつと語り始めた。




 松子の住まいが奥深くにある松林は、夏時期には蝉が良く鳴く場でもある。晴紀も幼い頃には足繁く通った場所。庭先に入りこまなければ、引き篭もりの御台所は何も言わない。


「セミ」


 ジー、ジー、ジー。貴重な止み間に、腹を震わせ鳴く終わりのアブラゼミ、降るように聴こえる声に喜び、木々の間を駆け回っていた、三郎。


「あのき、ボロボロ」


 以前の落雷にて、一本だけ頭が吹き飛び、奇妙な形に残る松を見つけ、それに興味を移した三郎。タッ!踵を返して向かう。腰元の中でも俊敏な者達を選りすぐり、お付き仕える彼女達が、即座に危のうございますと、御仕着せの裾を帯に挟み込み絡げ追いかけた。




「どうにも松の木に触れたいとやんちゃを」

「わからんでも無いが。それでその時転んだのか」

「いえ、腰元の話によると、めずらしく駄々をこね、お泣きになられたそうなのです」


 雨降りが続き、鬱屈が溜まっていた三郎はさっと躰を捕られると、わんわん泣き出した。すると。


「ゴロゴロと小さき雷がすぐ上に。その折に泣き声のようなお声が、聴こえたそうで御座います」

「天よりか?」

「はい。三郎と重なる様に。すると急に大人しゅうなられたそうです。ですが、お戻りになったその夜から……」


 ふっ。堪えきれず袖を目に当て拭うお郷の方。


「奇病とお聞きしたのだが」

「……。晴紀殿。御殿医の見立てによると、伝染る病ではございませぬ。お会いになられた方が、お解りになられますかと。殿にもそうして頂きました故」


 瞬間、迷ったが毅然とそう話すお郷の方に晴紀は、わかったと答えると、病に伏す弟の元へ向かう。




「なんと。どうされたのだのだ。兄のことを忘れたのか?」


 固く閉められた襖戸を開けると、予想に反し座布団の上に座っている弟の姿。だが嬉しそうに慕ってくる何時もとは違い、思い詰めた風で、一心不乱にブツブツと呟いている。よくよく見れば、髪も赤茶け、目は赤い光を宿し、三郎ではないと言われればそうだと思う、全くの別人の風貌に成り代わっている。


「これは……、本当に三郎殿なのか?」

「はい、日に日に姿がお代わりに……」


 変わり果てた我が子に堪えきれず、ハラハラと涙を流すお郷の方。


「たま。きん。ない。かたっぽ。きん。たま。おとした。たあ。たま。ない。かたっぽ。きん。たま。ない。かたっぽ。たあ。たま。」


 ブツブツブツブツ、神懸かりのように、キンキンとした声で、それだけを繰り返している弟。晴紀は哀れになり問いかける。 


「何が無いのだ。兄が探してしんぜよう」

「きん。たま。ない。かたっぽ。たあ。たま。」 


 はい?たどたどしい、キンキン声をかろうじて聞き取とり、弟の病の源を探る、晴紀。しばし頭を捻ると。


「お郷の方。その。『たま』とはなんのことやら、『きん』『たあ』との二種類あるのか」

「判りませぬ。姿がお変わりになられた日より、屋敷中の玉という玉を集めてお見せしたのですが」


 ふるふると首を動かすと、何故にこのような。嗚咽を堪えるお郷の方。


「して。御身体に()()は無いのだな」


 屋敷中の玉が違うとなれば、ひとつ、考えられる『きん』『たま』とは……。身体的なアレのみと当たりを付け晴紀はさらりと問うた。


「はい。御殿医殿の見立てでは、()()()だとの事で御座います。わたくしめも湯殿にお連れして、()()()()()確認を致しました故」


 しっかりを、殊更強調をし応じたお郷の方。


「たま。きん。ない。かたっぽ。たあ。たま。きん。たま。おとした。ない。かたっぽ。きん。たま。ない。かたっぽ。たあ。たま」


 座布団にちょこんと座り、ブツブツブツブツ始めた、変わり果てた弟の赤茶けた髪に、晴紀が手を置いたその時。


「あにうえさま?」

「三郎殿!」

「三郎!ああ!元にお戻りに!」


 目の光が黒く戻り、何時もの声に戻った三郎。しかし晴紀が手を離せば。


「たま。きん。ない。かたっぽ。たあ。たま。きん。たま。おとした。ない。かたっぽ。きん。たま。ない。かたっぽ。たあ。たま。」


 元に戻ってしまった。


「気の所為だろうか、一瞬お戻りになられた気がする。吾が触れたからか?」

「晴紀殿。何卒、今一度!」


 縋る様なお郷の方の声に、再び触ろうと手を近づけたその時!


「ダメ!サガシニユク!ウワァァァン!タア、タマ!」


 ピカピカピカピカ!弟の体から稲光が四方八方に飛び散り始めた!あの光が当たった場所は、チチチと焦げる。


「なんと!」

「ああ!三郎や。なんて事に!」


 ニョキっと頭に小さな角が。口元には小さな牙。皮膚も真っ赤に染まり、髪はちりちり。手には玉がひとつ無いでんでん太鼓。それをイヤイヤをするように振り回す!片方の玉が無いせいで、半端な音。


 ス、テン、ス、テン、ス、テン、ス、テン


 「フエン。タアタマァァァ!」


 バリバリ!ガッシャーン!ピカピカピカピカ!バキンッ!


 締め切っていた庭に面した板戸を破り、大泣きしながら外へと出ていってしまった、三郎。あまりの事に呆然とその場で動けない、晴紀とお郷の方。


「晴紀殿!ああ、どうすれば!三郎、さぶろう!待ちや、三郎!」


 我に返ったお郷の方がザァザァ雨が降る庭先に、濡れるのも厭わず飛び出した。慌てて後を追い、足袋のまま駆け出そうとする彼女を捕まえ留めた晴紀。


「誰ぞ!」


 ゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ。雷雲の音が遠く近く。


「ああ。どういうことなのだ、さっぱりと判らぬ。誰ぞ。お郷の方を部屋に!」


 わらわらと集まる腰元や警護の者達。跳ねるように駆け遠ざかる弟の後ろ姿を、差し出された草履を足袋の汚れもそのままに履き込むとそのまま、皆とともに、パチパチ光を放ちながら駆けていく、弟を追いかける。


……、どうなるのだ、(あずま)は。三郎は。吾の行く末は。ああ。星読みとい云う、母上の『お茶筒』とは月とスッポンの占をなさる華子殿、華子殿。


「ああ!西(さい)はなんと遠い。遠いのだ。」

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