ぷろろーぐ☆イカヅチにうたれた姫宮 八重子。
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21話で完結です。
倭の国、帝がおわす西の領地。八重桜が植えられている御殿一角、八重の局。まだつぼみひとつ枝に無い季節。一足早く、濃い紅い葉と白い五弁の花の桜の木がちらほらと三分咲き。
場は変わり、時は夜遅く。町外れにある星読みの屋敷で、草茫々の庭に出る姫宮が独り。天の川に通じているという『星流れの井戸』から水を汲み、盥に空けた。夜空に浮かぶ星を水面に映し星の動きを読んでいる。
「なんや?御殿の明日を読んだら、姉様に珍妙な卦が出た……。なんやこれ。珍しい、天の星が顔を出してはる。小さな黄色い光や。迷い星やろか。道筋が変やわ、グルグル回ってはる。イカズチが堕ちる。姉様は目が開く。吉兆や、吉兆ならばええか、教えんでも……」
ひそりと呟くと、誰にも知らせなかった。ややこしい事を避ける為に。
事件は占の通り起きた。朝から青空が広がっていた。その日、八重子は東の領地から届けられたばかりの、荷を開けさせ出てきた真新しい御殿人形を見た時、まだ花咲かぬ八重桜の下で、お客様ごっこしようと思いついた。
「宮様、日焼けをいたしますから」
「ややねん。あそぶぅ!」
女房達がたしなめても、外で遊ぶと駄々をこねた。癇癪玉を破裂させ、手当たり次第に物を投げて喚く。仕方がないと、命じられるままに毛氈を広げ、野遊びの支度を整えた。
機嫌よく人形を運ぶ様命じる八重子。自身は贈られたばかりの人形を抱え、意気揚々と庭に降りたその時!
突如として小さな黒雲がぽちんと、八重子の頭上に現れた。気がついた女房達が慌てて部屋に戻るよう、声をかけたのだが……。
ビビビッ、ビビビッ、ピカピカ!パリッ!ピシャーン!チャイまっせ、ナィィィ!。
「ふえ?なんや?きゅう………」
パタリ。
「宮様ぁぁ!」
「誰ぞ、誰ぞお人を!」
なんと八重子に、至極小さな雷が落ちたのだ!いや、正確には八重子が抱えていた東から送られてきた、人形に落ちたのだが。
焼け焦げもなく無事な人形。シュゥゥ光の筋が、おが屑がパンパンに詰められた胴から天に戻るように、立ち昇り消えた。
八重子はひっくり返り、そのままヒクヒクと眠りにつく。部屋に担ぎ込まれ、報告を受けた祖父が医師を、薬師を、祈祷の為の坊主を金に物言わせ呼び集めた。
「八重子や!しっかりするんや!」
未だに現役、表も裏も躍進中の右大臣家当主である爺が、読経流れる中、声を上げる。母親は悲しみの余り畳の上に、ヨヨヨとうち伏している。薬師が白鳥の羽根で、薬湯を眠る姫宮の唇に塗り飲ませている。
「う、ううー、う?」
「おお!お気がつかれたのか?」
ばっちりと、黒玉の色が見開かれた。
「お祖父様?おたあ様もどうされて?」
「八重子!」
姫宮のそれまでとは違う、はっきりとした物言いに、集まった面々が驚いた。
時の帝の娘、三の宮 八重子は幼い頃に、罹患した熱病により数日の間、生死の境を彷徨った。右大臣を司る八重子の祖父は、母親である娘の懇願に応え、手を尽くし遠方から薬を取り寄せ祈祷をした。
最後の手段とばかりに皇后から厭われ、御殿を後にした『星読み』に密かに使いを出し、八重子の寿命も読ませた。
星読みは寿命は長いと占により判った卦を出した日、何が良かったのかは判らぬが熱は嘘のように引いた。安堵をした臥所を囲う面々。
「良かった良かった」
涙を流して喜んだ迄は良かったのだが。床上げをし、元の暮らしに戻り、日が過ぎて行く、月が過ぎて行く、年を重ねていくと……。
「なぜだ。どうしてこのような……」
人々は戸惑った。八重子は熱を出した時より、お頭の方だけ、時が進まなかったのだ。いつまでも少女のまま。お人形遊びに余念が無い、上二人の姫宮のように、流行りの草紙に興味も示さず、大人の世界に興味も示さず、年相応に中身が成長をしなかった。
そこで丁度よいと爺は動いた。西より動いた統治の場、東の領地を治める、宗家との縁談を進める為に。西も含め、北の領地、南の領地、纏め倭国。
各領地からよりすぐりの官僚達を選び、その者達を取り纏め広大な倭国統治す、宗家の嫡男との縁談を、取りまとめるよう爺は、金も縁故も使いまくり暗躍をした。
代々、かつて倭の国の統治を行っていた、西で生まれ育った姫を宗家の正室に迎える取り決めは、今でもしかと生きている。そして、先に手頃な姫宮が居らず、代わりに左大臣家の姫が選ばれ嫁いだことにより、先の帝の覚えが目出度くなったことを今尚、執拗に根に持っている右の爺。
これで同等になれる。否、それ以上。こちらの姫は姫宮、大臣家の姫よりも格上。しかも左大臣家の姫は正室としての振る舞いが、激しく周りを掻き混ぜる為によろしくないと、評判が高い。
お飾りで良いのだ。大人しく淑やかに、座っておれはそれだけで良い。子どものような三の宮は、人形さえ与えておけば、大人しく部屋に居る。爺は相手方のことは知らぬ顔で、都合よく考えた。
粗野で野蛮な者達が住むとされている、東の国。他の大臣家の姫を母に持つ、上二人の姫宮は、火事や喧嘩をわざとで起こし喜ぶ、鬼の住処に出向くぐらいなら、尼寺に行くと言い張っている。薄らぼんやりとしている、三の宮ならば文句は言わない。縁談は狙い通り、さくさく決まる。
「宮様や。お眠りからお覚めに。何という御仏のお救いなのや、天から落ちたイカズチにおうたれになられ、頭の病が治らはった!ありがたやありがたや」
右の爺の御仏のお救い、ありがたや。これに反応をしたのは、祈祷を終えようとしていた僧侶。
読経が再び始まる。とっときの線香を立てる!
殊更耳障りの良い声をと、気遣いながら。
銅鑼が鳴らされ気合いが入る!
全ては御仏の御力と言わんばかり。
お布施の嵩増しのために俄然、頑張る欲の皮。
「なんやら、人形に落ちた気がするような」
年相応な受け答えをする八重子。そしてこうなる。
「いやいや、せっかく頭がはっきりしたのに、鬼の住処へ輿入れなんて、あんまりやわ。これからお祖父さまやおたあ様に孝行しようと。お祖父さま、輿入れなんかしとうない」
シクシクと珠の涙を流す八重子。こうなれば話は俄然、違ってくる。
「よしよし、泣かんでもええ。この爺に任せてくだされ、なんとでもなりますわい」
金と権力を持っている現役爺ほど、厄介な存在は無い。