094 有力魔族の一人、ラモン・レモン氏の悲哀
「どうしてこうなった……」
カズキの嘆きの呟きが、デーモニアの大地にポツリと零れる。
空はカズキの憂鬱な気持ちを反映したような曇り空だ。
今カズキがいるのは、デーモニアの広大な領土の最北端、ランギィバ半島の突端である。
打ち寄せる波が岩肌を削り取ることで、反り返るような断崖絶壁が形成されている。
「貴様が、エルドラーク氏が認めたという人間か。ふん、見るからに貧弱そうであるが」
崖に叩きつけられる波の音でかき消えることもなく、カズキの耳に届いた声。
声の主はカズキの眼前で、腕組をしている。
さらに、槍のような大きな銛も二本、持っている。
彼はなんと“腕”が四本あるのだった。
他にも身体的特徴が様々あり、カズキはまじまじとその身体を眺めた。
下半身は端的に表すならば、大きな蛸だ。
八本の吸盤つきの脚が、ウネウネと四方八方に畝っている。
上半身はまさに筋骨隆々な人間の身体をしていたが、一番目を引くのは頭だ。
なぜか、彼の頭は魚だった。
魚が一匹、そのまま首の上に乗っかっている感じだ。
……鮪っぽい。
「ふん、吾輩の威圧感に腰を抜かす寸前のようだな。最低限の見る目はあるようだな」
「……マグロが、喋ってる」
カズキが彼を見たまま固まっていると、魚頭の口から、堅い雰囲気をまとった言葉が紡がれる。
その口調が、カズキには笑えて仕方なかった。
鮪の感情がない目が、逆におもしろい。
「カズキ、彼が北の領土を治めているラモン・レモン氏よ。彼は海にいられなくなった生物が、魂力によって結合し変異した魔族よ。海洋由来の高い魂力を持っているから、油断しないでね」
決闘の審判役を買って出て、カズキとラモン氏の間に立っていたアルアが、饒舌に説明する。
「カズキさん、ファイトです!」
カズキの後方、遠くの方では、ルフィアが声援を飛ばしてくれている。
「さぁ、構えるがいい人間。吾輩の銛の、錆にしてくれようぞ!」
「りょ、了解です」
ラモン・レモン氏の渋い声と堅苦しい物言いに引っ張られ、思わず敬語で返してしまうカズキ。
言いながら、戦闘態勢を整えていく。
「エルドラーク氏の友人となったとは言え、デーモニア北の領土を治めているこの吾輩が、憎き人間の小童一匹のため……そう、こんな些事に時間を割けるほど暇ではないのでな。
ぬふふ、アルア氏、吾輩の雄姿、その目によく焼きつけておいてくれたまえよ」
「あーはいはい」
が、ラモン氏は突然アルアへと視線を向け、厳かさなど一切ない、軽薄な声を出した。
……うん、そういうことか。
カズキはラモン氏が、アルアに惚れており、イイトコロを見せたいのだと理解した。
さらに、アルアの適当にあしらう態度に、アルアが一切ラモン氏に興味がないことまでわかった。
どんまいです、マグロさん。
「ふぅ……なんにせよ、早いとこ済ませるか」
カズキは全くもって決闘に気乗りしなかったが、友人となったエルドラークのためだと言い聞かせ、腰を低くし構えを取った。
全身の魂力が、波打つように脈動する。
カズキはフシンとの修行以来、日頃から常時、均等な魂力を全身に纏い続けるようになっていた。
そのため、いざというときには一瞬で臨戦態勢に入れるほどに、魂力が漲っているのだった。
「む、むむ……よ、予想以上の魂力総量だな。この吾輩にも匹敵、いやそれ以上…………え、ちょ、これ、やばくないか?」
滾りはじめたカズキの魂力を感じ取ったのか、眼前のラモン氏は魚頭を右へ左へ振り回しはじめる。
感情のないはずの鮪の目に、明らかに焦りの色が浮かんでいる。
だって台詞の後半、素になってるし。
「よーし準備整ったみたいね。それじゃ、両者共に真剣勝負を心掛けるようにね。構え――」
「ちょちょ、ちょっとアルア氏? 負け負け、吾輩の負け、行くから、デーモニア城。
もう『些事に時間を割けるほど暇ではない』とか言わないから。言ってみたかっただけだから、些事って!」
圧倒的なカズキの魂力総量に、焦りどころか敗北宣言のラモン氏の声を完全に無視し、アルアが決闘の開始を合図する。
カズキも、慌てふためくラモン氏をスルーし、拳に力を込める。
「――はじめ!」
「よっ」
カズキは軽い調子で、右手を一閃する。
「あひぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃいいぃぃぃぃ…………」
奇声を上げて、ラモン氏はどこかへ吹き飛んでいく。
カズキの軽い一撃で、ラモン氏のプライドはズタズタに砕け散った。
彼が消えていった空の彼方を見もせずに、アルアが欠伸を噛み殺していた。
カズキはラモン氏の悲哀に敬意を表し、空の彼方に敬礼した。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




