093 エルドラークの思いつき
「なんで、アタシがっ、こんなこと、しなきゃ、いけないのよっ!」
プリプリと肩を揺らして歩きながら、イライラ声を上げているのは。
赤髪の魔族、アルア・アルマグドだ。
カズキらの前をずんずん歩く彼女は、絵に描いたように怒り心頭を発している。
「なんかすいません……」
アルアの背を見て、カズキはつい自分のせいな気がして、謝罪してしまう。
「いや、カズキのせいじゃないけど……でも、あーやっぱりエドのやつ、ムカつく!!」
怒りに任せて廊下の壁を殴りつけたアルア。
ドガーン、と轟音を立てて風穴が空く。
こうも簡単に何度も穴を穿たれ、カズキはデーモニア城が可哀想に思えた。
なぜ、アルアがこれほどまでに怒っているのか。
事の発端は、こうだ。
『オレはオレが認めたオレのダチを、オレの仲間全員に認めてもらいてぇんだ』
カズキとの決闘の後、エルドラークは清々しい表情でそう言った。
なんのことはない、友情にほだされ、さらなる友情を求めたというわけである。
ただ、そこは人間と魔族であり、いがみ合う種族間の問題がある。
そう易々と認め合うことは、当然だが簡単ではない。
しかしそこは魔族の王、エドワルド・エルドラークである。
『だからってオレは諦めねぇ。アルア、有力魔族の連中全員を集めて、宴会を開くぞ』
と、謎の決断をしたのだった。
そして、その宴会の幹事的な役割を任されたのがアルアだ。
エルドラークからのとんでもないムチャブリを受け、アルアはこのように不機嫌になってしまったのだった。
「アイツはもう、言い出したら絶対聞かないんだから! いっつもいっつも、尻拭いとか嫌な役回りさせられるのは絶対アタシの方! だから別れたのに、なんでまだこんな目に遭うのよ!!」
顔を赤くして壁に物にと当たり散らしながら歩いていたアルアが、ぽろりとそんなことを言う。
「『別れた』って……お二人は、お付き合いをしていたのですか?」
耳聡く聞き逃さなかったルフィアが、間髪入れずに訊き返す。
ルフィアの言葉を受けたアルアが、硬直し黙りこくる。
カズキの位置から見えるのは背後のみだが、赤髪の間から覗いた耳が、髪の毛のように赤く染まっていくのがわかった。
「…………誰にも言わないでよね」
振り返りながら言ったアルアの顔は、瞳が潤み頬が朱に染まり、恥ずかしさに揺れていた。
エルドラーク、シャック、アルアの三人は、その強大な戦闘力や影響力から『魔族三羽烏』と恐れられているという。
しかし今のアルアの表情からは、そんな大仰で威圧的な雰囲気は、一切感じられなかった。
ただ一人の、恋を知る女性の表情のように、カズキには思えた。
「すっごく前、すっごく前なんだからね、付き合ってたのは。別に全然、今はそういうんじゃないんだからね? ね?」
「わかったわかった、わかりましたから」
焦りの色をありありと浮かべて、小さな訂正を繰り返すアルア。
カズキはそのラブコメじみた態度に、思わず笑いが漏れた。
魔族であっても、人間と同じように恋愛に翻弄される――カズキはその事実を知り、妙に微笑ましい気持ちになった。
「まったく、アタシだって暇じゃないのに。『デーモニア』全土から、有力魔族を全員集めるなんて、面倒くさくてしょーがない!」
話を逸らすかのように、アルアは再び廊下を進みはじめる。
カズキとルフィアは顔を見合わせて苦笑いしあってから、その後を追う。
「でも、先程シャックさんが『遠距離交信用の魂装道具で呼び寄せればいいだろう』って言ってましたよ?」
カズキと歩調を合わせているルフィアが、アルアの背に向かって言った。
遠距離交信用の魂装道具とは、遠く離れた場所にいる相手へ、言葉や音声といったメッセージを届けられるものだそうだ。
カズキの感覚で言えば、携帯電話やスマートフォンに近いものだと考えられた。
「んー、たぶんそうもいかないのよ。
魔族って結構、どいつもこいつも癖が強くってね。遠距離交信用の魂装道具で呼んだとしても『無駄なことには顔出さない』みたいなこと言って断ってくるような、そういうわからず屋ばっかりなのよ」
苦々しい感情を思い切り顔に出して、アルアは振り向きながら言った。
「アルア、俺でなにか手伝えることがあれば言ってくれ。元はと言えば、俺のせいでもあるわけだし」
引き続き、少しの罪悪感を感じていたカズキが、手伝いを申し出る。
「んー、そこまで言うなら、ちょっとお言葉に甘えちゃおうかな」
振り向いたアルアの顔は、若干の悪戯心を感じさせた。
「ああ、なんでも言ってくれ」
カズキは何の気なしに、軽くそう言ったのだが。
「じゃあ……デーモニアの各所に飛んで、有力魔族の連中と決闘をしてもらってもいい?」
アルアの申し出は、予想の斜め上を行く提案だった。
「たぶんそうするのが全員を呼ぶの、一番手っ取り早いのよね。いいかしら? あ、移動手段の手筈とかはアタシの方で整えるから、全然心配しないで!」
「俺が心配してるのはそこじゃない……」
あっけらかんとした口調で言うアルアに、カズキは思わずジト目でツッコむ。
カズキの背筋を、冷や汗が伝った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




