092 決着し、握手
デーモニア城、屋上庭園。
カズキとエルドラークが対峙していた場所は、今は大量の土煙と埃によって、完全に視界不良となっている。
庭園への出入り口付近に設置されていたベンチから、状況を見守っていたルフィアは、心配そうに砂塵の向こう側を見つめていた。
「大丈夫よ、心配しなくても」
祈るように手を合わせていたルフィアに、隣のアルアが枝毛をいじりながら声をかける。
拍子抜けするようなその態度に、ルフィアは一瞬だけ気が動転する。
「でも、あれだけの戦いじゃ、エルドラークさんだって無事じゃすまないかも……」
そう、あれだけの高次元な魂力と魂装を駆使した戦いだったのだ。
カズキだけでなく、魔族の王であり、シャック、アルア両名の長であるエルドラークも、タダでは済まないだろうとルフィアには感じられた。
「いや、問題ない。むしろエドは楽しんでいた。あの様子なら、まず死ぬようなことはない。大怪我ぐらいはあり得るけれど」
アルアの次はシャックが、冷静にルフィアに言葉を返してくる。
二人の自然な様子は、自分たちの長であるエルドラークの実力を、心底から信頼しているように見て取れた。
ルフィアは自然と、自分もカズキを信じていると心で呟き、波立っていた精神を安定させた。
「おーおー、派手にやったな」
と。
砂煙が引いてきた庭園には一筋、地面の隆起ができていた。
地に敷き詰められていたレンガや土が掘り返されたようになっており、人が衝撃によって、地面を抉りながら、遠くへ吹き飛ばされてできたのであろうと推測できた。
「ったく、めちゃくちゃに吹っ飛ばしくくれやがって」
一筋の隆起の先から、まだ砂埃の舞う庭園に歩いてくるエルドラーク。
言葉から察するに、どうやらエルドラークが衝撃によって飛ばされていたようだった。
身に着けている黒い鎧やマントが、汚れて所々《ところどころ》が破けている。
「おい、起きやがれ」
もはや庭園などという美しいものではなく、見るも無残にただ瓦礫が積み重なったような状態となった屋上の中央。
エルドラークはその瓦礫の山に向かって、乱暴に声をかけた。
瓦礫は特に反応を示さない。
「オレを差し置いておねんねかよ……許さねぇぞ」
足場の悪い瓦礫の上で、胸を張って仁王立ちするエルドラーク。
口角を吊り上げ、凄惨に笑う。
「起きろ――カズキ・トウワっ!!」
魔族の王の叫び声に合わせて、瓦礫の山が吹き飛ぶ。
轟音と共に姿を現したのは、薄汚れた姿のカズキだった。
「く……ま、まだだ。まだ、戦える……!」
立ち上がったカズキの見てくれは、ひどいものだった。
衣服はボロボロに破け、身体の各所から出血し、打ち身のような内出血も確認できた。
しかしそれでも、瞳からは強い意志が迸っていた。
“魂装の義眼”である左眼も曝け出し、臨戦態勢と言える闘気を漲らせていた。
「ああ、良いパンチだったぜ。久しぶりに、命が燃える感覚があった。礼を言う」
血気盛んなカズキの言葉とは反対に、エルドラークは穏やかな声音で返答する。
握手をしようと、右手を差し出してくる。
「……あんたも、すげー、強いね」
エルドラークからカズキへと差し出された右手は――拳が血濡れ、指が曲がり、黒く汚れきっていた。
「おう。オレ、最強だからな」
言って、エルドラークは人懐っこい笑みを浮かべた。
「カズキ、お前はもはや、オレのダチだ。命を燃やしたいときは、頼むぜ」
「はは」
エルドラークの真っ直ぐ過ぎる物言いに、カズキは思わず吹き出す。
そんなカズキの態度を見ても、エルドラークの超然とした、堂々とした態度には微塵のブレもなかった。
「……ありがとう。よろしく頼むよ」
カズキは言い、エルドラークの手と同じくらいに損耗した魂装の右手を伸ばす。
そして、エルドラークと――握手をした。
「へへ」「はは」
二人の間に、魔族と人間という種の垣根は、もはや存在しなかった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




