091 対等以上の相手
「オラオラァー!」
「ぐっ?!」
エルドラークの空中殺法を、カズキが辛うじていなす。
しかし身体の離れ際、右の頬に一撃をもらってしまい、口の端が切れる。
デーモニア城、屋上庭園。
そこで繰り広げられているのは、カズキと魔族の王エドワルド・エルドラークによる、決闘だ。
魔族の通過儀礼とも言える力比べは、常人が決して立ち入れない領域にまで“盛り上がって”いた。
「おーおー、オレの体術をここまで出させたのはお前がはじめてだよ、ちんちくりん」
距離を取り、相変わらず宙に浮いたまま、エルドラークはにやけ顔で言い放つ。
全身に魂力を纏っているカズキの口が切れるということは、エルドラークがカズキ以上の平均値で、魂力を全身に行き渡らせているということを意味していた。
異常なほどに魂力に愛され、無尽蔵とも思える魂力総量を誇るカズキ。
しかし、それ以上の魂力を常時身体から放出し続けているということは――エルドラークは、カズキ以上の魂力総量を持っている可能性があった。
「俺はちんちくりんじゃない……カズキ・トウワだ」
口元を手の甲で拭ってから、カズキは力強く言った。
言葉を聞いたエルドラークが、さぞおかしそうに口角を引き上げる。
「名前で呼んでほしけりゃ、もっと力を示してみろよ――なあ、ちんちくりん二号?」
「望むところだッ!」
カズキは瞬時に下半身の魂力を増加させ、跳躍する。
打ち出された弾丸のように一直線に、浮遊するエルドラークへと突っ込む。
「また突進とは、愚直だな!」
カズキを愚直、と嘲りつつも、口元の笑みを消さぬまま、受けて立とうと宙で体勢を整えるエルドラーク。
あたかもそれは、自らもカズキと同じようなものである、ということを誇示しているかのように見えた。
「セイっ!」
カズキは、突進のスピードを乗せた右ストレートを繰り出す。
エルドラークはその拳を左掌で、真正面から受け止める。
当然、生半可な魂力しか持たない者がそんなことを試みれば、左手はたちまち吹っ飛んでいるであろう。
が――エルドラークは難なく、カズキのパンチを受け止めた。
「どーしたぁ? こんなもんかよ、お前のパンチはぁ!?」
「くそ!」
カズキの魂装の右腕を掴んだまま、挑発的に煽ってくるエルドラーク。
口元には絶えず笑みが浮かび、この戦いを楽しんでいる様子が窺えた。
「もう限界かぁ? あぁん? おらっ!」
「おわっ!?」
エルドラークはカズキの右手をぐっと引き、空いている右手で頭を鷲掴みにしてきた。
魔族の王により、カズキの頭がアイアンクローされる。
カズキの頭を右手で固定したまま、エルドラークは空高く舞い上がった。
「これで死んじまうんじゃねぇぞぉぉ!!」
「ぐ、ぁぁ……!」
ある程度の高さまで上昇すると、一気に急降下するエルドラーク。
カズキは右手を振りほどこうと必死に抵抗する。
だが、その強靭な握力によってホールドから逃れることができない。
そして、空からの勢いを維持したまま、エルドラークはカズキの頭を――
地面に叩きつけた。
ゴゴゴ、という地鳴りを伴いながら、庭園中央にクレーターのようなひび割れが出来上がっていく。
遠く、出入り口付近のベンチで状況を見守っていたルフィアが、口元を押さえて立ち上がっている。
「……やべ、つい調子に乗ってやりすぎちまったか?」
攻撃のあと、再び宙へと離脱したエルドラークが、カズキが“墜落”した地点を見下ろしながら言った。
その顔には、若干の焦りの色が浮かんでいる。
が。
「……おーおー、やるねぇ」
砂煙の引いた落下地点を視認したエルドラークは、表情を変える。
口元から牙を覗かせ、心底楽しそうに笑う。
庭園に即席で出来上がった巨大なクレーターの中央には――カズキが立っていた。
「…………俺の“とっておき”、見せてやる」
カズキは呟き、小さく笑う。
そして態勢を低くし、右肘を腰の辺りで引くような格好で、力を溜める。
岩や亀裂などで切ったのか、額からは血が流れ出ていた。
「つくづく、楽しめるヤツじゃねーか。オレもここまでくりゃ、応えないわけにゃいかなくなっちまうぜ」
巨大な魂力を収斂させていくカズキを見て、空中のエルドラークは凄惨な笑みを見せた。
カズキにはその顔がなぜか、ルタの凶暴な笑みに似ているように感じられた。
「さぁ、オレを楽しませろよ!!」
叫び、最高速でカズキの元へ突っ込んでくるエルドラーク。
カズキは空から矢のように飛んでくる魔族の王を見据えながら、さらに腰を低く、右肘を引いて構えた。
「魂装――爆破拳」
両者の衝突の瞬間――魂力が、震えた。
「――ッッ!?」
爆裂的で炸裂的な魂力の奔流が、庭園に溢れ尽くした。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




