090 魔族の王との決闘
魔族たちの国『デーモニア』。
国の象徴と言えるデーモニア城、その屋上庭園に、今カズキは立っている。
眼前には、魔族の王エドワルド・エルドラーク。
仁王立ちする彼の身体には、解読できない文字のような文様がびっしりと浮いていた。
胸を大きくはだけさせた軽装の黒い鎧に、裏地が赤いマントを羽織っている姿は、いかにも魔王然としており、威圧感がある。
二人は決闘のため、互いに闘気を纏せ、対峙していた。
「準備運動は済ませたかよ、ちんちくりん二号」
「ああ、問題ないよ。てか、一号はルタってことでいいの?」
「おうよ。なにせアイツをちんちくりんにしたのはこのオレだしな」
決闘前と言うのに、カズキとエルドラークの間には、妙にリラックスした雰囲気が漂っている。
庭園は広々としており、草花の装飾で円形に縁取られている。
出入口付近にはベンチが設えられており、本来は季節ごとの花々を楽しめるように演出されていた。
しかし、決闘前の二人を中央に立たせてしまうと、それはいかにも楕円形の闘技場のように思えてしまう。
入り口のベンチには、ルフィア、シャックとアルアが見届け人として着席している。
ルタは客室で眠っていた。
「なんにせよ、魔族ってのは自分より強ぇヤツしか認めねーっつーのが種の本能なわけよ。オレとかシャック、アルアは知性がある分、根っから暴力的ってわけじゃねぇがな。
ま、入国を正式に認めるための通過儀礼だと思ってくれや」
「ああ。わかった」
「なんだ、妙に聞き分けがいいな」
「こういうのにはもう慣れた」
「はは、そうかよ。わりぃな、やり方が野蛮で」
鋭い牙を覗かせて、エルドラークは笑った。
カズキも応えるように、口元に笑みを浮かべる。
なぜだか、魔族の王であるエルドラークの魂力からは、敵意や不快感のようなものを感じ取れなかった。
そのせいなのか、カズキは妙な清々しさのようなものを抱いていた。
正真正銘、恨みっこなし。
憎悪も怨恨も、くだらない復讐心などもなく、スポーツのような感覚で行われる、魔族にとっての決闘。
“そういうもの”なのだと、カズキは頭でなく感覚で理解した。
「おっしゃ、じゃさっそくはじめっか。……いくぞ」
「……ああ!」
短い言葉のあと――激突。
カズキの拳とエルドラークの拳が、正面からかち合った。
地震のような衝撃が、庭園全体を震わせる。
巻き起こった風に草花が舞い、二人の“闘技場”を華やかに彩る。
「ククク……たまらねぇなぁオイ!」
右の拳を突き出したまま、エルドラークは獣のように笑う。
「ああ!」
カズキも同じく、突き合わせた拳を一切引くことなく応える。
「シッ!!」
素早く右手を引いたエルドラークが、宙で身を捻り、すかさず右回し蹴りを繰り出す。
「ぐッ!」
鳩尾に直撃を受けたカズキは、瞬時に両足の魂力を高め、硬質化する。
そして地面に両足を突き刺し、吹っ飛ぶのを堪える。
「おーおー、やるねぇ。良い反応だ。防御も上手い」
「攻撃も味わってみるか!?」
カズキは串刺しにした両足を思い切り踏ん張り、腰だめに正拳突きを繰り出した。
宙に浮いているエルドラークは、躱す術を持たない――はずだった。
「おっと。外れだ」
が、カズキの攻撃は空を切る。
エルドラークが、なんの奇術か“空中に浮いたまま”移動したのだ。
「おーおー、良い正拳突き出すじゃねーか。当たらねーと意味はねーがな、ガッハッハ!」
「くっ……」
宙を浮遊し、余裕たっぷりにカズキを挑発するエルドラーク。
カズキの“左眼”には、宙に浮くエルドラークの“奇術”の正体が、よく見えていた。
「身体中から常に魂力を放出してやがる……」
そう、エルドラークは全身から魂力を迸らせ、しかもそれを微細に操作し、周囲へ干渉し続けることで自らの身体を宙に浮遊させているのだった。
エルドラークは“常時”、それを行っていた。
「これはフシンに習わなかったのか?」
口角をニヤリと吊り上げながら、エルドラークはカズキを見下げるように微笑んだ。
フシンからは原理を聞いてはいたが、カズキはまだそこまで高度な魂力操作は会得できていなかった。
全身に均一に魂力を纏わせ、さらにそれを毛穴という極小な部分から放出し続け、自らの身体を浮かせる――それをエルドラークは、欠伸すらしながら使いこなしているのだった。
カズキは、眼前で余裕たっぷりに浮かぶエルドラークを見て、なぜか無性にワクワクした。
「俺……ちょっと楽しくなってきたよ」
笑みを浮かべながら、自分の感情を言葉にするカズキ。
「おーおー、思いっきりこいよ」
エルドラークも泰然自若としたまま、余裕たっぷりに返してくる。
「思いっきりいったら、死ぬとかないよな?」
「万に一つもないぜ。なにせオレ――最強だから」
「そりゃ安心だ」
カズキは再び腰を低くし、魂装の右手に魂力を込める。
同じように、エルドラークも宙に浮いたまま、全身の魂力を爆発的に高めていく。
強大な魂力をその身に纏い、魔族の王は凄惨に笑った。
「さぁ、もっと楽しもうぜ!!」
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




