008 青少年の叫び
白い一筋の光が、岩と岩の間を縫うように降り注いでいる。
ここ、山の中腹にある岩の洞窟にも、太陽は燦燦と照りつける。
洞窟の入り口でカズキは、一日のはじまりを告げる朝日を全身に浴びながら、ぐっと背筋を伸ばし、大きく息を吸った。
腹に力を込め、叫ぶ。
「…………おっぱい、揉みてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
これこそまさに、魂の叫び。
野鳥たちが驚いたのか、鳴きながらどこかへ飛び去って行く。
カズキはまぎれもなく、健全な青少年であった。
毎朝カズキは、こうして自分の本音を叫ぶ練習を行っていた。
あえて、人に言うのが恥ずかしいような心の声を、声を大にして叫ぶことで、魂の奥底に眠る魂力を呼び起こすことが容易になるのだと言う。
言わずもがな、鬼教官ルタの考案した特訓だった。
カズキの体裁にとって非常に大切なことなのでもう一度言うが、あえて、である。
あえて、あんな下品なことを言っているんだよ?
「ふわぁ……今日も早いのう」
間抜けな特訓を強いている張本人が、大あくびをしながら寝床から出てくる。
ここ最近のルタは、カズキの叫びを目覚ましにして、起き出してくることが日課となっていた。
「…………」
カズキは「おはよう」と返すこともなく、じっとルタの胸元を見つめた。
うん、ない。
ないなぁ。
ないんだよなぁ。
「ん? なんじゃ、そんなにじっとわしを見て。そりゃわしは絶世の美女そのものであるが、うぬ程度の雄じゃわしは満足でき――」
「つ○ぺたロリは趣味じゃねぇんだよなぁ」
「なんじゃとゴルァ!?」
このあと滅茶苦茶殴られた。
というか、つ○ぺたロリ肯定しなくてもキレんのかよ。
乙女心は複雑だなぁ……。
このときカズキは、はじめて異性の心情に思い馳せた。
† † † †
「よし、やってみせい」
ルタの掛け声に合わせて、カズキは心を研ぎ澄まし、右手に意識を集中させる。
次に、体内を流れる魂力の顕現をイメージし、それをできる限り細部まで具体的に意識する。
「魂装――燃っ!」
最後に、きっかけとして発声する。
右手首から先に、陽光をそのまま閉じ込めたような金色の塊が現れる。塊は五方向に薄く細く伸び、手の形状を取る。
「よし。次!」
再びの掛け声に合わせて、カズキはイメージを変化させる。
次は五指を開いた手ではなく、握り込んだ拳へと形を変えていく。五本の輝く指がゆっくり動き、拳の形となる。
「うむ、いいぞ。次じゃ!」
「ぬぐぐ……っ」
素早く、カズキは右腕を掲げた。
すると、拳の形状をしていた黄金色の塊が長く突き出た。
歯を食いしばり、さらに魂力を送り込むと、ズズ、ズズズという無機質な音を立て、鋭利な刃となった。刃は片側のみが白く輝いており、日本刀のような性質のものだった。
ルタに刃物をイメージしてみろと言われ、カズキの頭に真っ先に浮かんだのが、やはり出身国である日本の武器、刀だったのだ。
今のカズキの姿は、右手首から先に直接刀が生えたような様相となっている。
「ふぅ……」
「まだじゃ、休むな。次、戻し!」
「ったく……スパルタ、だなっ!」
またも浴びせられるルタの声に合わせて、カズキは再度、集中する。
眉間に皺が寄り、右手が一瞬震える。
カズキの額に汗がにじむ。
「くぅ……」
カズキの口から呻きが漏れた瞬間、右手首から伸びていた刀身が、すっと引っ込む。
そして、金属の質感が失われ、再び拳の形状へと姿を変えた。そのまま、五指を開いて閉じる動作を二度、三度繰り返す。
額で光っていた汗が集まり、こめかみ付近を伝ってあごの先へと流れ落ちる。
「よし、やめい!」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ようやく出たルタの終わりの声と同時に、どさり、とカズキはその場にへたり込んだ。
全身の筋肉が痙攣を起こしたかのように震えている。
「ふむ、中々良くなってきたな」
「そりゃ、良いコーチが付いてますから。あと特訓以外にやることもねーし」
「ぬふふ、そりゃそうじゃろう。もっとわしを褒めるがいい」
カズキのおべっかに、ルタは心底嬉しそうに身を揺らす。その様子を苦笑しながら眺めていたカズキを、強烈な倦怠感が襲う。
「あ……」
そのまま、カズキは仰向けにぶっ倒れ、深い寝息をかきはじめた。
体力が底を尽き、人体が無理矢理に活動を休止させたのだろう。
「ようやりおった。うぬはよく頑張っとるよ」
ルタは眠りこけたカズキの頭をさすりながら、つぶやく。
「それにしても、なんという魂力量……あとはこれに体力が追い付けば、というところかの」
続いた言葉は、要するに体力がつけばもっと強くなれる、ということだった。
すぐに眠りこけてしまったカズキだが、それは魂力が底をついた、というわけではなく、体力がなくなっただけなのだった。魂力はまだまだ、有り余るほどに身の内に宿っている。
もしカズキが、この無尽蔵の魂力を自在に操れるようになったら――ルタは安らかなカズキの寝顔を見て、背筋がうすら寒くなる感覚を覚えた。
「しかも魂装をあれ程精緻にコントロールできる者、ドラゴン族にもそういなかったと記憶しておるが……本当に、何者なんじゃ、うぬは」
ルタの静かな戦きは、誰の耳にも届くことはなかった。
白く小さな手に額を撫でられながら、安心したように、カズキは眠り続ける。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。