088 この世界に来た理由
円卓が置かれた会議室で、カズキは魔族の王エドワルド・エルドラークと向かい合っていた。
カズキの隣にはルフィアが座り、エルドラークの両側には、シャックとアルアが着席している。
エルドラークによって眠らされたルタはと言えば、会議室の端に設置されている木製ベンチに横たわっていた。
気持ち良さそうに、すぅすぅと寝息を立てている。
「ふあぁ……ねむ。だる。ったく、ガキが羨ましいぜ」
カズキの眼前、円卓の反対側に座ったエルドラークが、部屋の端のルタを一瞥して言う。
欠伸を噛み殺すように口元を震わせたあと、目元を袖で拭っている。
「行儀が悪いぞ、エド。お前が彼らを客人として認めたのだ、相応の態度を取れ」
「っせーなぁ。苦手なんだよ、堅苦しいのは」
「まったく、私の目の黒いうちに、必ずお前に必要最低限の礼儀、礼節を叩き込んでやる」
「あーあ、まぁたはじまった」
目の前で繰り広げられる、魔族同士の滑稽なやり取り。
カズキとルフィアはそれを見て、ただただ恐縮することしかできなかった。
「あー、一応自己紹介しとくわ。オレ、エドワルド・エルドラーク。一応、魔族を束ねる王ってことになってる。あんまし気乗りしねーけど」
「何百年前から王という地位にいると思ってるんだ。いい加減自覚しろ」
「あーうっせーうっせー!」
エルドラークの自己紹介中も、シャックの苦言は続く。
どうやらエルドラーク自身は、魔族の王という立ち位置をあまり快く思っていないようだ。
「で、なんでお前らはこっちの大陸に来た?」
シャックの追求から逃れるために、エルドラークがカズキに話を振ってきた。
「えーっと、簡単に言うと、元居た場所にいられなくなったというか……俺が、国王に復讐したせいなんだけど」
カズキは言いながら、急にいたたまれなくなり、こめかみの辺りを掻いた。
「国王って……まさか、ジプロニカ十六世か? お前みたいなちんちくりんが、ジプロニカ王を倒したってのかよ?」
驚きに目を見開く、魔族の三人。
カズキは自分のしたことを改めて言われ、居心地が悪くなる想いだった。
「カズキさんは、あの国の浄化のため、亜人のため、奴隷解放のために戦いました。決して、悪人というわけではありません。もし、カズキさんを悪人だと断ずるのなら――わたしが容赦しません」
隣のルフィアが、補足を加える。その表情からは、断固とした意志が感じられた。
「おーおー、どいつもこいつも血気盛んだな。悪人どころか、オレら魔族からしたらありがたいぐらいだ。なぁ、シャック?」
「ああ。今我々魔族の国『デーモニア』は、人類の大国の内の一つである『ハイデュテッド帝国』と緊張状態にある。
だが、ジプロニカ十六世が死亡したという情報のおかげで、戦況が膠着状態となったのだ」
エルドラークから話を引き継ぎ、シャックが説明してくれる。
「『ハイデュテッド帝国』は、現在の皇帝が即位してから、急速に力をつけた国家だ。元々、我々のいるこの『オルタナ大陸』には人類の国家は小規模なものしか存在していなかったのだが、瞬く間に版図を広げていった。
ハイデュテッド帝国は、世界統一を目指して、各地に侵攻を開始している国家なのだ」
「あー、それでジプロニカにも侵攻を試みてるってわけか」
「ああ。人類の国家として、一番の勢力図を誇っていたのがジプロニカだからな。世界統一を目指すうえで、ハイデュテッドとジプロニカの衝突は避けられないだろう」
「……両国とも、人類至上主義で、亜人や魔族を奴隷としてきた国家だしね。本当、クソクラエよ」
シャックの説明に、アルアが毒舌を挟み込む。
眉間に寄せたしわの深さが、彼女の嫌悪感の大きさを表していた。
「ただ、ジプロニカとハイデュテッドはそれぞれ、海を隔てているため、大きな武力衝突はなく均衡状態を保っていた。
しかしつい最近、王が遠征中の事故で死亡したという情報が我らの耳にも入ってきていたのだ。その影響もあり、狙いを我々デーモニアから、王がおらず混乱しているであろうジプロニカに変更しつつあると言うのが今現在の情勢なのだよ」
「そゆこと。だから、オレらとしてはお前に感謝ってわけ」
魔族三人が話を終え、一息つく。
カズキは少し思案し、ある一つの可能性に行き着く。
「あの、もしかしたら、なんだけど……その『ハイデュテッド帝国』という国家の脅威に対して、ジプロニカ王国側が対抗策としてなにかしたとか、ない?」
探るように、エルドラークらの顔を順番に見やるカズキ。
「んー、オレはよく知らね。興味もねぇしな。シャック、なにかあったか?」
再び欠伸を噛み殺すような表情をしたエルドラークが、シャックに話を振る。
「……我々が収集していた情報の一つとして、少し前、ジプロニカ王が自国の『ダーナの十三迷宮』から、超古代の魂装道具を発掘したという情報があった」
「それで?」
「その魂装道具はなんでも、世界の状況を一変させてしまうような、強大な力を持った“勇者”を召喚できるものだったらしく……ジプロニカ王はハイデュテッド帝国に対抗するため、それを使って“異界の勇者”を召喚したそうだ」
「……!」
「ただ、どうやら“勇者召喚”は失敗に終わったらしく、その後ジプロニカに目立った動きは見られなかったらしいが……」
シャックの口から何気なく零れた言葉に、カズキの背筋が震える。
「カズキさん、これって……!」
隣のルフィアもシャックの話を聞き、ピンとくるものがあった様子だった。
「もしかして、その“異界の勇者”が――」
カズキとルフィアの状況を観察していたアルアが、少し呆けたような表情で、カズキのことを指さした。
「それ、俺です……」
おずおずと手を上げ、カズキは恥ずかしながら宣言する。
戦局逆転のために、魂装道具で召喚された“異界の勇者”。
それが、カズキであった。
驚愕の事実に、カズキはただ肩をすくめることしかできなかった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




