086 魔族の根城
カズキたちは赤い絨毯の上を、手枷をはめられて歩いていた。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
カズキは、自分にはつくづく甘さがあると、悔いながら歩いていた。
後ろには、ルタとルフィアが同じく手枷をして続いている。
しかしルフィアだけは『こういう手枷、なんだか奴隷だった頃のキャラを思い出します!』などと、妙に嬉しそうに話していた。
キャラってなんだ、キャラって。
「さっさと歩け。もう少しで王の間だ」
カズキの前を歩き、先導する形となっている金髪牙男が、振り向くこともなく言った。
空を飛翔する魂装道具を使い、彼らによって連れてこられた場所は、霧の漂う高地にある城だった。
フェノンフェーン城にも負けずとも劣らない立派な尖塔を持つ西洋建築風の城は、切り立ったテーブルマウンテンの上に建造されていた。
カズキの知識で例えるなら、まるでギアナ高地のような荘厳な土地は、それだけで見ごたえがあった。
思わず、捕まって連れられて来たというのに「おぉ」などと声を上げてしまったのだから、自分の緊張感のなさというものを反省することとなった。
そんな脈絡のないことを考えつつ、カズキは赤絨毯の上を若干の急ぎ足で進む。
身長のある金髪牙男に、置いて行かれないようにするためだ。
「ここが王の間だ。くれぐれも、粗相のないように」
大人二人分ほどもある高い天井、そこに届いてしまいそうなほどに背丈のある大扉に手をかけ、金髪牙男は叱るように言った。
カズキ、ルタ、ルフィアは示し合わせたように、こくんとタイミングをよく同時に頷き、男の背に続いた。
「今帰ったぞ、エド」
入室早々、金髪牙男が少し柔らかい声で言う。
「お帰りシャック。そいつらが数百年ぶりの闖入者?」
声に応えたのは、まさに玉座といった背もたれの長い椅子に座った、魔族らしき女性だった。
金髪牙男と同じ黒いマントを羽織っているが、マントはあまり身体を隠しておらず、隙間からボンテージのような異様にセクシーな服が露わになっている。
髪は赤いロングヘアーで、頭頂部には鬼のような角が三本ほど、髪の間から覗く形で生えていた。
あれが、エド……?
カズキは思わず、首を傾げてしまった。
「はぁ……なにやってるんだ、アルア。そこはエドの席だといつも言っているだろ。どけ」
呼びかけた金髪牙男が、呆れたように肩を落とす。
言い方から察するに、あそこに赤髪の女魔族が座り込むのは日常茶飯事のようだ。
「なぁに堅苦しいこと言ってんのよ。いいじゃない、アイツはいつも寝てるかめんどくせーって言うかの二択なんだから。こんな座り心地の良い椅子、使わない方がもったいないわよ」
悪びれもせず赤髪の女魔族は言ってのけ、欠伸を嚙み殺している。
どうやら、エドと呼ばれた魔族の王は、かなりの出不精らしい。
「そうであっても、だ。せっかく、アイツが興味を持ちそうな“ドラゴン族”も一緒に連れて来たというのに……」
「ドラゴン族ですって?」
魔族の二人の反応を見るに、人間、亜人だけでなく、魔族にとってもドラゴン族というのは珍しいものらしい。
当の本人であるルタは、どこか鼻高々といった様子だ。
嫉妬しているのか、隣に並んだルフィアはどこか不満げである。
「アルア、エドを起こしてきてくれ」
「絶対やだ。どうなるかわかってるでしょ」
「……はぁ。しかしこのままいつまでも寝せておくわけにもいかないだろ。部屋の一つや二つ吹っ飛ぶくらいなら、御の字だ」
目の前で繰り広げられる物騒な会話に、カズキらは首を傾げるしかない。
今起こしてしまうと部屋が一つ二つ吹っ飛ぶ……?
どんだけ寝起きが悪いんだ?
「あーぁ、まったくもって気が乗らないけど……起こしてくるわよ」
赤髪の魔族が玉座から立ち上がり、奥の部屋にスタスタと歩いて行った。
と。
ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアン
「っ!?」
数秒後。
玉座の間に、隕石がブチ破ったような大穴が開いた。
「誰だ……オレの眠りを妨げるヤツは」
大穴の奥、目線だけで人の息の根を止めてしまいそうなほどに目つきの悪い男が、上半身裸でベッドから起き上がっていた。
体中に黒い文様が浮かび、頭には一本の曲がりくねった長い角。
男はどことなく、悪魔を連想させる姿をしていた。
「……ん? この魂力は、まさか……ルタか?」
魔族の王らしき寝起きの悪すぎる男は、眉間にしわを寄せ、吐き捨てるように言った。
「まさか貴様……エドワルド・エルドラークか!?」
声を聴き、大声で驚きを表すルタ。
まさか、魔族の王とルタは知り合いなのだろうか?
……いったい、どういうこと?
カズキとルフィアの頭上に、さきほどよりも色濃く、疑問符が浮かんでいた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




