085 魔族との邂逅
真っ白な光で埋め尽くされた視界から、ゆっくりと白光が引いていく。
カズキはゆっくりと瞼を上げ、目を慣れさせていった。
ざっと周りを見ると、自分たちが使用した姿見の魂装道具は、大樹の幹に括りつけられていた。
入り組んだ木の根を踏み分けつつ、足場の良いところまで進む。
「ここが……新大陸か?」
平らな草地まで歩を進め、周囲へ視線を回したカズキが、誰にともなく問う。
眼前に広がっているのは、深い霧に覆われた森だ。
霧深いせいで、それ以上詳細なことはあまりわからなかった。
「カズキ、あそこに水源があるぞ」
ルタの指し示す先へよく目を凝らすと、確かに大きな水面があるのがわかった。
波は立っておらず、端が見通せないところを見るに、かなりの面積を誇っているようだ。
カズキはそういった状況から、自分たちが湖畔にいるのだろうと推察した。
さらに周囲をよく観察すると、木々は全て微量の魂力を湛えており、かなり魂力濃度の高い場所であることも判明した。
カズキは静かに右眼を閉じ、フシンにもらった布で目隠しをしていた左眼――魂装の義眼を開放する。
「かなり、魂力の濃度が高いな。元いた大陸ではこんな風に“視える”ことはなかったから、やっぱり俺たちは海を渡ることができたらしい」
ルタとルフィアに聞こえるように、カズキは事実を伝える。
各々に周辺の状況を確認していた二人が、カズキの方を振り向いて頷く。
カズキは再び、左眼を黒い布で覆った。
「……ん?」
しかし、すぐに周辺の魂力が揺れ動くのを感じる。
木々が騒めき、生暖かい風が吹き荒ぶ。
「ルタ、ルフィア。俺の後ろに来てくれ。――誰か来る」
何者かの存在、魂力の接近を感じ取ったカズキが、周辺観察を続けていたルタとルフィアを呼ぶ。
二人はすかさず、カズキの背後に回る。
と。
「「「っ!?」」」
カズキが瞬きをした一瞬の間に、目の前に“人垣”が現れた。ルタとルフィアも、カズキの背後で仰天している気配があった。
どうやら、大勢が魂装道具を使って移動してきたようだ。
ただ、人垣とは言っても、それは“人々による垣”ではなかった。
並んだ者たちの姿は、どことなく獣のようであったり、身体が歪な形状をしていたり、手足が六本以上存在したりと、多種多様な見た目をしていた。
良く言えば色とりどり、悪く言えばかなり不気味な集団と感じられた。
それを視認したカズキの脳裏に、フシンの予言めいた言葉が蘇る。
まさか……これが“魔族”?
人垣の中央、髪を逆立てたガタイの良い男――カズキは古風なヤンキーっぽいなと感じた――が、羽織ったマントを翻しながら一歩進み出た。
男は豪華な鎧を着て、他の者たちよりも身なりがしっかりしている印象だ。
その上、見た目はほとんど人間と変わらない。
口元――その口から、口中に仕舞い切れない“牙”が生えていること以外は。
金髪牙男の身体から迸る魂力を受けて、カズキの背筋を悪寒が走る。
それだけで、男が只者でないことが重々感じられた。
「ここに“部外者”が来たのも何百年ぶりか……貴様、人間だな?」
男は鋭い目つきで、カズキを睨みつける。
肉食の野生動物のようなその目つきに、カズキは思わず威圧される。
こめかみを一筋、冷や汗が伝う。
「こやつは人間じゃ。だが、貴様らの考える一般的な人類とは違う。
わしの許可なくこやつをどうにかしようというものなら、タダではおかぬ――のう、“野蛮な魔族ども”よ」
カズキの隣からルタが一歩進み出て、どこか挑発的な調子で言う。
未踏の地でも、ルタは一切物怖じしている様子はない。
「貴様っ!!」
ルタの言葉に対して、男の後ろ、集団の方が騒ぎ出す。
「黙れ!」
「っ……!」
しかし、金髪牙男の一喝により、瞬時に喧騒は収まる。
威圧感と統率能力の高さが、窺い知れた。
「まさか、貴様はドラゴン族なのか?」
「いかにも。ドラゴン族の正当なる王位継承者、ルタリスア・I・アイシュワイアじゃ」
「ルタリスア……!」
ルタの名を聞いた男の目が、驚きで見開かれる。
驚かれた当の本人は、ドヤ顔で薄い胸を張って仁王立ちしたままだ。
「……それを聞いてしまったら、なおさら貴様らを自由にしておくわけにはいかないな。全員拘束しろ」
「な、なんでそうなるんだよ!?」
金髪牙男の指示で、長い触手が幾重にも伸びた、まるでメデューサのような姿の魔物が進み出てくる。
メデューサと入れ違いに金髪牙男はカズキらに背を向け、話は終わりと言わんばかりに歩き出す。
カズキはただ拘束されてたまるものかと身構える。
が。
「悪いことは言わない。黙ってついてくる方が身のためだ」
振り向き様に発せられた男の威圧感により、カズキの身体が硬直してしまう。
「心配するな、獲って食おうなどとは思っていない。我々は確かに魔族だが、対話もできぬ“野蛮な魔族”ではないのでな」
金髪牙男は半ば殺気のような鋭い魂力を発散し、カズキらを牽制していた。
ルタとルフィアも、男の強さと威圧感を正しく理解していたため、無用な抵抗の無意味さを悟り、構えを解いた。
こうしてカズキたちは、新大陸到着早々、魔族の集団に拉致されることとなった。
波乱含みな展開を暗示してか、東の空で雨雲が蠢いていた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




