084 いざ、新大陸への旅立ち
石灰のような小さな砂粒が、柔らかい風に乗って舞っていく。
ストーン・ドラゴンの砕け散った残骸は、先程まで暴れていた姿とは打って変わり、やけに美しくカズキらの目に映った。
「……終わったな」
カズキは地についていた両手を上げ、誰にともなく呟く。
「痛っ」
腕を上げた瞬間、両肩から肘の辺りにかけてがズキズキと痛む。
見ると、高温の炎によって両腕が焼け爛れていた。
「カズキ!」「カズキさん!!」
カズキの状態を確認したルタとルフィアが、一目散に近寄ってくる。
大したことない、と笑みを返そうと試みるカズキだったが、腕から伝わる鈍痛は無視できるようなものではなく、思わず口元は食いしばるような形に歪められる。
「カズキさん、動かさないでください」
「ルフィア、大丈夫だ。そんなに心配しなくても……」
「ダメです。カズキさんはいつもいつも無理する癖があります。また無理して何日も眠ってしまったら、わたしは絶対許しませんから」
「……はい、ごめんなさい」
ルフィアに強く言われ、カズキは頭を垂れて謝った。
そんな二人の様子を見て、ルタが八重歯を覗かせて笑っている。
「くっく、すっかり尻に敷かれておるのう」
「ほっとけ」
そんなルタとカズキのやり取りを意に介さず、ルフィアはフシンから伝授された回復術を試みる。
「カズキさん、腕、そのままで」
「うん」
だらりと垂れたカズキの両腕に、ルフィアが触れるか触れないかのギリギリに手を伸ばす。
ルフィアの手から、じんわりと緑色の光が滲んでくる。
「うぅ……」
「ルフィア、あんまり無理するなよ。俺自身の魂力操作で、ある程度のところまでなら回復させられるし」
「ちょっと黙っててください」
「は、はい」
再びルフィアに強く言われ、カズキはおずおずと引き下がる。
またもルタが、くつくつと笑っていた。
「えい……!」
ルフィアの両手から発せられた魂力の光が、焼け爛れたカズキの両腕を癒していく。
痛々しい火傷の痕が消え、血色の良い肌の質感が戻ってくる。
「はぁ……はぁ……ど、どうですか?」
額に汗したルフィアが、肩で息をしながら訊いてくる。
カズキは両腕を肩から回し、痛みの有無を確認した。
「――うん、いいよ。直ってる! すげーよ、ルフィア。ありがとう!」
「よかったぁ……また、カズキさんの役に立てた」
額を拭いながら、ルフィアは満面の笑みを見せてくれる。
実は少しだけ肩の辺りに痛みが残っていたカズキだったが、その美しい笑みを見て、そんなものは吹っ飛んでしまう。
「カズキ、あれを見ろ」
と、そこで周囲を見回していたルタが、カズキとルフィアを呼ぶ。
視線を向けると、ルタの足元には二つの大きな姿見が転がっていた。
カズキはその鏡に見覚えがあった。
転送用の魂装道具――自らが山に捨てられた際に使用されたものに酷似していた。
「ついに、違う大陸に行けるってことか」
立ち上がって魂装道具に近づいたカズキが、鏡面を確認しながら言う。
「でも、これ……片方割れてしまってますね」
「確かに……割れていない方に飛び込むでいいのかの?」
二つの大きな鏡、その片方は大きくひび割れていた。
割れた鏡はいかにも不吉で、弥が上にも忌避感を煽ってくる。
そのため三人は、ヒビのない姿見の方へと進むことに決めた。
「そういえば、あのストーン・ドラゴンはルタの同族ではないのか?」
出発の支度を整えながら、カズキがルタに訊ねる。
「愚問じゃ。あれは先祖の代に造られた、我が一族を模した石像じゃ。
我が先祖はあれを人類に与え、崇め奉るよう言い伝えていたと聞くが、恐らくはそれを魂装道具などで稼働するようにして、迷宮を護らせておったのじゃろうて」
「そっか。偶像崇拝みたいなもんか」
カズキの疑問に、ルタが淀みなく答える。
返答するルタの様子を見て、カズキはまだまだ、ルタの同族を探す旅は続くのだと実感した。
「んじゃ、次こそは石像じゃなく、本物に出会いたいな」
旅支度を終え、大きな革袋を抱えなおしたカズキが言う。
その荷物は、フシンら星の声を聞く民が整え、魂装道具によって小さく収納してくれていた物だった。
「二人とも、準備はいいか?」
「うむ」「はい」
カズキのかけ声に、ルタとルフィアが威勢よく頷く。
二人の顔を順繰りに見やり、カズキは鏡に映った自分の顔へ視線を向けた。
「それじゃ、行こうか――新大陸へ」
鏡の中、カズキ、ルタ、ルフィアの三人が、決意に満ちた顔で笑っていた。
踏み出した三人を、光が包んでいった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




