082 クーパ地下大洞窟⑪ ストーン・ドラゴン戦
「天井が……見えない。地下にこんなに広い空間があるなんて」
大扉を開いた先は上部に光が届かないほど、高さと広さのある巨大な広間になっていた。
見上げたルフィアが、長い銀色の睫毛を瞬かせている。
「ルフィアよ、油断するでない――いるぞ」
扉から反対側、暗闇に染まり窺えない奥を、ルタはジッと睨みつけて言った。
その金髪は、薄暗い中でも煌めきを宿している。
カズキも頷きつつ、空間の魂力を読むために集中する。
ルタの言う通り、奥に巨大な魂力の塊が存在していた。
「あれが守護者ってやつか。かなりの大きさだ」
低く小声で言っ
たカズキの台詞に、ルタとルフィアが揃って相槌を打つ。
二人が戦闘態勢に入ったことを確認してから、カズキが再び奥へと視線を向けると――“赤く”、なにかが光る。
真っ赤で巨大な目。
それが“四つ”、かなり高い位置で怪しく蠢いた。
踏み出した脚が、空間内に地響きを巻き起こす。
「あれはまさか…………ドラゴンか!?」
暗闇から進み出て全貌を表した“それ”は、全身が巨大な岩そのものような、灰色の身体をしていた。
首は蛇のように長く、その先には竜頭と表現できる角と牙の貌がある。
しかも頭は、二つ存在していた。
双方の首が蠢く度に、岩肌が擦り合わされる鈍い音を立てている。
二本の首を支える巨大な胴体は、巨石でできた遺跡のような荘厳さを湛えている。
そこからは四本の巨岩のような脚が生え、地を割らんばかりに踏みしめる。
双頭のストーン・ドラゴン――クーパ地下大洞窟の守護者は、ルタの同族の威容を誇っていた。
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
切り裂くような咆哮が、空間内に響き渡る。
カズキらは思わず耳を塞ぎ、その場に硬直してしまう。
その隙を見逃さず、開戦の合図かのようにストーン・ドラゴンが火炎を吐き出す。
荒ぶる魂力の流動をいち早く読んでいたカズキが、ルタとルフィアを抱えて飛ぶ。
後退るように着地し、素早く二人を立たせる。
「恩に着る!」「ありがとうございます、カズキさん!」
それぞれに礼をもらいつつ、カズキはさっと周囲へ視線を巡らし、状況を確認する。
三人が今し方まで立っていた場所は、業火によって黒く焦げ付いた。
「火炎はさすがに危険だな。丸焦げにされそうだ」
カズキはすぐさま、次の行動に移る。
「防御面だと岩の身体が厄介だ。まず俺が接近して、ヤツの形質変化を試みる」
言いながらカズキは、全身に魂力を流し込んでいく。
常に体内の魂力を均等に分配してはいるが、さらにその量を増やし、高いレベルで均一になるよう調整する。
そうすることで、さらに身体能力が向上するのだ。
「基本的にはゴーレム戦と同じ作戦でいこう。俺が変化させたところへ、二人はどんどん攻撃を加えていってくれ」
カズキの指示に、ルタとルフィアは頷きで応える。
「よし、いくぞ! ――魂装、燃!」
二人を見て取ったカズキは、脚に力を込めて地面を蹴った。
ルタは身体に魂力を巡らせ、ルフィアはカズキと同じように魂装をする。
カズキは一気に、ストーン・ドラゴンの懐へ飛び込んでいく。
「その岩の身体、柔くするぞ!」
叫んだカズキはさらに魂力を迸らせ、ストーン・ドラゴンの右足に触れる距離まで接近する。
手から発した魂力が、ドラゴンの岩の身体に満ちる魂力と共鳴し、その身体を変質させていく――ことはできなかった。
「……っ!? ど、どういうことだ?」
これまで通りの魂力操作をしたはずだったが、ストーン・ドラゴンの身体には一切の変化がない。
「ぐっ!?」
「カズキ!?」「カズキさん!」
一瞬油断したカズキは、ドラゴンの振り上げた脚に蹴り飛ばされる。
ルタとルフィアが駆ける足を止めぬまま、心配の声を上げる。
「大丈夫だ! それより、一度距離を取ってくれ!! どうしてか、俺の魂力操作がヤツには効かない!!」
飛ばされた先で上手く身体を回転させ着地するカズキ。
二人に無謀な突撃を強いるわけにはいかず、すぐさまルタとルフィアに指示を飛ばす。
形質変化をできない状況では、あの岩石の身体に攻撃は阻まれてしまう。
「しかしじゃ、カズキ! このまま逃げ続けるわけにもいかぬじゃろう!? 倒さなければ、大陸を渡る魂装道具には辿り着けぬ!」
ドラゴンの火炎攻撃から距離を取り、カズキの横に並んだルタが言う。
「でも、形質変化ができないとなると、わたしたちの攻撃ではダメージを与えられるかどうか……」
ルタとは逆側に並んだルフィアが、斧槍を握り直して言う。
「触れた感じ……なんか違和感があったんだ。こっちからの魂力を拒絶するような、反発するような感覚が」
カズキはストーン・ドラゴンに触れた魂装の右手を、感覚を確かめるように何度か閉じて開いた。
ドラゴンの身体に触れたとき、まるで磁石の同極を近づけたときのような、互いを離そうとするような強制力を感じていた。
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「く、散開するぞ! 炎に囲まれたらまずい!!」
「うむ!」「はい!」
討伐のための思考を巡らせるカズキらの態度が気に食わないのか、ストーン・ドラゴンは咆哮を轟かせ、業火を吐き出す。
たまらず、カズキたちはそれぞれ違う方向へ飛ぶ。
「どうすれば、突破口が開けるか……」
カズキは飛び退りつつ、反撃の糸口を探す。
視界を広く取り、できる限り魂力を読みつつ、魂装の義眼である左眼も総動員して、状況を深く観察する。
と。
ストーン・ドラゴンが一歩踏み込んだ際に、地面が一瞬スパークした。
よく目を凝らすと、広間の床は青銅色の輝きと放っており、この空間に入る以前に見た、ラピスラズリの輝きそのものだった。
ということは、ドラゴンの脚から出ている魂力に、床の鉱石が反応しているということになる。
「だったら――」
地形を含めた戦況を理解したカズキの頭に、ある一つの可能性が去来する。
「ルタ、ルフィア! 試したいことがある。その間、敵を引き付けてほしい!」
「お安い御用じゃ!」「任せてください!」
カズキの叫びを聞いたルタとルフィアが、それぞれ別角度からドラゴンへ接近していく。
岩肌を彷彿とさせるドラゴンの双頭が、二人の姿を追い蠢く。
「今度は上手くいってくれよ――おりゃ!」
決意新たにカズキは集中し、自らの足元に両手をついた。
一瞬で床が輝き出し、空間全体が明るくなる。
「直接がダメなら――間接で操作するまでだ!」
カズキの叫びに合わせて、魂力の輝きが増す。
手元から光の線が、ストーン・ドラゴンの足元へと向かっていった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




