081 クーパ地下大洞窟⑩ 下層攻略は一瞬で
ダーナの十三迷宮の一つである、クーパ地下大洞窟の攻略を開始して、既に数日が経過していた。
中層を突破してからは、圧倒的強さを誇るフシンが同行していたこともあり、探索のスピードは日に日に増している。
今日も順調に下層を踏破し、フシンから小休憩を言い渡されたところだった。
「もうそろそろ、最下層に到着しそうだ。ボクが加入してから、圧倒的に時間が短縮できたね。さすが、ボク」
「へいへい、さすがですよフシンさん。ありがとう」
「どういたしまして。素直にお礼を言えるのは良いことだよ」
鼻高々なフシンに、カズキは茶化すようなニュアンスも含みつつ、お礼を言った。
「それにしても、深く潜ったらこんな風になっていたなんて、上層にいる頃は想像もしてませんでした」
立ち止まり、天井を振り仰いだルフィアが言った。
彼女の目線の先、洞窟の天井は、青銅色の輝きを放っていた。
それはまるで、天井全てがラピスラズリでできているかのような、神々しいまでの輝きだった。
おかげで、灯りとして使ってきた魂装道具がなくとも、足元が見えるほどである。
「あれはね、オブリビオンの特殊な鉱石に魂力が反応して発生する輝きだよ。
昔はもっと地上に近い位置でも見られたんだけれど、人類が版図を広げすぎたせいか、魂力が枯渇してしまったみたいでね。ここのような地下深く以外の鉱石から、どんどん輝きが失われていったんだ」
「ふん。人はどこまで自分勝手な都合で、世界の美しさを踏み潰す気なのだろうな」
「ルタ……」
ルタが苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。
その息苦しいような声は、自分の一族を根絶やしにされた恨みも内包されているように感じた。
「なにはともあれ、最下層には迷宮の“守護者”がいる。ここまではボクがバッタバッタと敵を倒して楽ちんに進んできたけど、最下層では三人だけで戦ってもらうよ。
ボクの戦いから見て盗んだ技を、実戦で覚えてもらうためにもね」
重くなった空気を吹き飛ばすように、フシンが相変わらずの軽薄さで話を変えた。
「ダーナの十三迷宮の最奥には、その“守護者”ってのが必ずいるもんなのか?」
「ああ。一説によると世界各地に点在するダーナの十三迷宮は、世界を滅ぼす厄災から身を守るためのシェルターだと言われているんだ。
世界が終わるとき、生物は守護者に守られながら最奥にて生き永らえる……そんな風な機能を想定していたのでは、と考えられているよ。確か提唱者は、フェノンフェーンの考古学者だったかな。ヴェノ……なんとかって名前の」
「あーたぶん知ってるな、そいつ。一応友達だわ」
「へー。キミたちにはすごい友人がいるんだね。意外だよ」
そんなやり取りを交わす間、カズキの頭の中では、フシンが話してくれた知識を、あの饒舌な狼頭の考古学者が話している図がイメージされていた。
ボクは、こう思うんすよねー。
といった具合だった。
「そんなわけだから、常に守護者というのは最奥の居室に侵入する者を排除しようとしてくる。なかなかに強かった記憶があるから、くれぐれも殺されないようにね」
言いながらフシンは、持参した革の水筒で水分補給をした。
「よし、それじゃもうひと踏ん張りいこうか」
小休憩の終了を伝え、フシンが再び洞窟を突き進みだす。
カズキ、ルタ、ルフィアの三人は、彼が無双していく様をよく観察しつつ、続いた。
「ふむん。あったよ。あそこが“最奥の間”だ」
少しするとフシンが立ち止まり、ラピスラズリの輝きの続く洞窟の先を指さした。
視線を向けるとそこには、明らかな人工物である大きな扉が鎮座していた。
両開きの豪奢な扉は、天蓋の色と同じく青銅色をしており、金色で縁取られていた。
「ボクが同行できるのはここまでだ。あとはキミたち三人で、道を切り開いておくれ」
フシンはまったく名残惜しさを感じさせない平坦な調子で、三人それぞれを見遣る。
「できる限りの荷物や準備は、『星の声を聞く民』の仲間が手配してくれているよね。大陸を渡った先で、くれぐれもそれらを無駄遣いしないように」
「ああ。なにからなにまで、本当にありがとう」
カズキはフシンへ向けて、左手を差し出した。
フシンは黙って口元をニヤリとさせ、握手に応じてくれた。
「キミたちの行く末に、魂力の加護がありますように……また会おう」
「ああ。必ず。――行ってきます」
カズキの言葉に合わせて、ルタとルフィアもフシンへ向けて頷いた。
重たい扉を開け、中へと入っていく。
「…………まったく、世話のかかる弟子たちだったな」
一人、青い光の満ちる洞窟内に残ったフシンが、ぽつりと零す。
言葉に応えるかのように、ラピスラズリの天井が、一瞬輝く。
フシンは散りばめられた青い輝きの中で、長い間、扉を眺めていた。
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