079 クーパ地下大洞窟⑧ フシン無双
暗い洞窟内を、小柄な背中が突き進んでいく。
カズキ、ルタ、ルフィアの三人は、猪突猛進するフシンの背を追いかけることが精一杯だった。
「おいおい、フシンのやつ……」
「早すぎ、じゃの」
「ええ。あと……」
「「「強すぎ」」」
カズキら三人の声が、綺麗に重なる。
フシンは目隠しをしたまま、明かりとなる魂装道具すら使うことなく、一人でずんずんと洞窟深くへと突き進んでいた。
時折現れる魔物らは、フシンに触れる直前で皆消し飛んでいる。
フシンの口からは、鼻歌のようなメロディすら聴こえている。
端的に言えば――フシンは完全に別次元の強さだった。
カズキらは特殊な魂装道具を使い、前回までに進んだ中層から『クーパ地下大洞窟』の探索を開始した。
巨大なストーン・ゴーレムを撃破した中層階からは、当然出現する魔物のレベルアップが予想された。
それが、以前にペネロペから聞いた『ダーナの十三迷宮』の特性だったからだ。
カズキらの予想通り、下っていく道を少し進んだだけで、スライムは二回りも大きくなった。
さらに、新しい魔物として泥人形も出現し、フシンの身を案じたカズキら三人は、魂装をし、臨戦態勢を整えた。
……のだが。
「なにしてんのさ。キミたちは見てるだけでいいよ」
ファイティングポーズを取ったカズキたちにフシンが浴びせたのは、そんな台詞だった。
いくら敵が強くなろうと、増えようと、自分の敵ではない。
フシンはその事実を、その背中で、雄弁に語っていた。
「……なんか、自信無くします」
ぼそりと、ルフィアがこぼす。
魂装道具の光に照らされた顔は、しょんぼりとしていた。
「ハナっから、あやつが最奥まで攻略してしまえばいい話じゃ」
口を尖らせて、ルタが続く。
カズキは正直に言えば、二人の言うことに激しく同意だった。
しかし。
「……見て、盗むぞ」
強くなるために、カズキは不貞腐れることなく目を凝らした。
光すら届かない暗闇の中、フシンは目隠しをしたままで、正確に洞窟を進んでいく。
それはおそらく、大気中に満ちる魂力や、魔物の体内を流動する魂力、そして自らの肉体、そういった事象の全てを完全にコントロールしているからこそできる芸当なのだろう。
正確で、強力で、無二の魂力操作。
カズキは彼の領域に少しでも近づくべく、『魂装の義眼』すらも総動員して、フシンの動きを目で追った。
「よくよく見れば、フシンのやつ、敵に触れておらぬな」
カズキと同じくフシンを凝視していたルタが、眉間に皺を寄せたまま言った。
考え込むように、顎に手を当てている。
「確かに。本当に触れるか触れないか、ギリギリのところで魔物は消し飛んでいます」
ルタの発見に、ルフィアも同意する。
言われて、カズキもさらに目を凝らしてみる。
「……フシンはどうやら、接触の直前に自分の魂力を爆裂させてるみたいだな。それで、相手を吹き飛ばしてるんだ」
魂装の義眼と肉眼で、フシンの行動を確認したカズキが言う。
「フフ、正解」
カズキの言葉を聞き漏らさず、フシンが口角を吊り上げて振り向いた。
その間にも泥人形が、小柄な身体に覆いかぶさろうと接近していたが――フシンの裏拳によって瞬時に爆散した。
今の攻撃でも、彼は魔物に触れてはいなかった。
「魂力操作を応用すれば、こんな感じのこともできるんだよ」
バレエのような動作を、余裕たっぷりに全身で表現しながら、フシンは優雅に言った。
喋りながら、次々に出現する泥人形とスライムを撃破していく。
その都度、フシンに魂力が還元され、彼の魂力が回復する。
その姿は洞窟内ではもはや違和感でしかなく、カズキたちにはもはや魔物たちの方が可哀想に思えてきていた。
「カズキも、ぜひこの『魂力掌底波』を鍛えてみてね。あとは応用技で……よっと」
と、突如としてフシンが中空に手刀を振り下ろした。
瞬間、自分の横をなにかが掠めたような感覚が、カズキにはあった。
そして、その通り過ぎた“なにか”の行く先――後方を振り向くと。
泥人形が二体、頽れていた。
「今のは『魂力掌底波』の応用。爆発させる魂力を押し固めて、遠くに飛ばす技。『魂力矢』とでも名付けようか」
「魂力矢……遠距離攻撃か」
「そう。欲しかっただろ、遠距離攻撃?」
笑いかけてきたフシンに、カズキは頷きを返す。
さらに戦闘を有利に進められるようになるために、カズキは魂力矢を習得する決心をした。
「うん、良い返事だ。さて、それじゃ次は――ボクの魂装真名を披露しよう」
「っ!」
続いたフシンの言葉に、カズキ、ルタ、ルフィアの三人は驚愕する。
今以上の、さらなる強さを持っている。
底知れぬフシンの実力に、三人は息を飲むことしかできなかった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




