078 クーパ地下大洞窟⑦ 再帰還
視界を覆っていた光が引くと、そこは洞窟内ではもはやなく、フシンたちのいるベースキャンプへと戻ってきていた。
すでに外は夕暮れを迎えたらしく、岩の隙間から覗く空は、橙色に染まっている。
カズキたちはクーパ地下大洞窟の中層にてストーン・ゴーレムを打倒し、フシンとの約束を守って、魂装道具を使って戻ってきたのだった。
「ただいま」
「おかえり、カズキ、ルタ嬢、ルフィア嬢。無事でなによりだよ」
カズキの挨拶を快く受け取り、フシンがいつもの目隠し姿で笑う。
「なぁにがおかえりじゃ。ストーン・ゴーレムなぞという厄介なもんを仕掛けておいて」
フシンの笑顔を見て取ったルタが、怪訝な顔で嫌味を吐く。
「ルタ嬢、それを言うなら優しさ、でしょ? 今のキミたちのレベルアップに必要な障害を、適切に配置して能力向上を促してあげてるんだから」
「ふん、物は言いようというやつじゃな」
悪びれる様子など一切なく、フシンは口元に笑みを湛えたまま言い放つ。
ルタも寄せていた眉を解して、溜め息交じりに苦笑する。
「ところで、あのゴーレムを倒せたということは、特訓は終了したということですか?」
ルタに続いて歩いていたルフィアが、何気なく聞く。
「うーん、まぁ第二段階はね」
「じゃあ、これから第三段階ってことか?」
話を聞いていたカズキが、話の先を促す。
第一段階は組手、第二段階が迷宮の中層までを攻略する、ということなのだろう。
「ああ。第三段階は、言うなれば“見て盗む”という感じだね」
フシンは腕組みし、どこか得意げに言った。
「見て盗む? なにを?」
話が見えないカズキが、眉根を寄せて首を傾げる。
ルタとルフィアも顔を見合わせ、同じように疑問符を浮かべている。
「もー、察しが悪いな。中層から先は、このボクが同行すると言っているんだよ」
「「「ええぇぇ……」」」
フシンが探索に同行する、という話を聞いた途端、カズキ、ルタ、ルフィアの声が重なった。
「あれ、嬉しくないのかい? つれないなぁ。このボクの戦いぶりを見れるなんて、普通は泣いて喜ぶのに」
自分の同行が喜ばれていないという事実にヘソを曲げたフシンが、口を尖らせる。
「だって、それだったらハナっから一緒にいてもらった方が手っ取り早く色々吸収できた気がするしさ」
「そうそう」
しかし、カズキとルフィアも同じように口を尖らせ、抵抗の意を示す。
結局一緒に行動してくれるというのなら、はじめから現場で色んな指示を飛ばしてくれたらよかったのだ、と二人は主張する。
「ノンノン。前に言ったかもしれないけど、ボクはあくまで実戦主義さ。特訓の第一段階、つまり組手特訓の時点でみんなに伝授したそれぞれの技術を、まずは実戦の中で完全に会得してほしいというのが狙いなんだから。ハナっからボクが同行しちゃ、いざとなったらボクに頼っちゃうじゃない」
両手を広げて、理路整然とそれらしい理屈を並べるフシン。
カズキたちは一斉にため息をつき、顔を見合わせ合って苦笑した。
こうなったフシンは、こちらが折れるまで決して自らの非を認めることはない。
「わかったよ。じゃあ次からはある程度、フシンに頼ってもいいってことだな?」
「イエス。三人は、ボクの無双な戦いぶりを間近で見て、自分の糧としてほしい」
声高に胸を張り、そう言い切るフシン。
その清々しいほどの自信に、カズキは再び苦笑する。
「おけー。じゃあ、これから先はよろしく頼む」
カズキは笑みの尾を引いたまま、小柄なフシンへ向かって魂装の右手を差し出した。
これはいわゆる、握手をするための動作だった。
「こちらこそ、久しぶりに暴れられるよ。よろしくね」
差し出された手を、フシンは意気揚々と掌で叩いた。
握手ではなく、フシンはタッチのような形で応えたのだった。
「はは、じゃあ、中層以降の魔物は全部任せてもいいか?」
そう、カズキは冗談半分に言ったのだが――
「当然さ。キミたちはとにかく、見ているだけでいい」
フシンは造作もないといった様子で、にんまりと口角を吊り上げた。
とてつもない魂力が、彼の腹の底で揺れているのがわかった。
カズキの背筋を、冷や汗が伝った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




