076 クーパ地下大洞窟⑤ 対ストーン・ゴーレム
「グオオオォォォォォ……!!」
見上げるような体積を誇るストーン・ゴーレムが、歪な音を立てて立ち上がる。
その音は唸り声のようで、不安感と不快さを与えてくる。
これまでの洞窟内の静けさはどこへやら、開けた空間は一気に喧騒に包まれた。
「これ、倒さないとダメってことか?」
「おそらくな」
「だって、フシンさんが渡してきた魂装道具が変身してましたよ?」
「うげ」
ルタとルフィアの語った事実に、思わずカズキは顔を歪めた。
まさか、フシンから渡された魂装道具があのストーン・ゴーレムに成り代わっていたとは……カズキは胃が痛くなるような想いだった。
「でもそれって要するに、『中層まで来てアレを倒してね』ってことだよなぁ」
「ふふ、今ちょっとモノマネ入ってましたね」
「ぬふ、笑えるのう」
フシンの口調を真似て言ったカズキの言葉に、ルフィアとルタが可憐に笑う。
状況も忘れて、三人は顔を見合わせて小さく笑った。
「グヌオオォォォ……!」
自らの出現に対し、あまりに緊張感のない三人に怒ったのか、ゴーレムが巨大な腕を掲げる。
あれほど高く感じた天井が、今にもその巨腕によって壊されそうになる。
三人は大きく後方に飛び、ストーン・ゴーレムから距離を取る。
「いかにもただの物理攻撃は効きません、って感じだよな」
着地したカズキが、ゴーレムを見据えながら言う。
固い岩石でできたその身体は、生半可な物理攻撃はいとも簡単に跳ね返すであろうことが、容易に想像できた。
さらに、カズキにはゴーレムが全身に堅牢な魂力の鎧をまとっていることも視えていた。
あの動きの遅さを考えると、防御力にかなりステータスを振っているようだ。
「でも、だからと言って遠距離攻撃が有効だという保証もないと思います。
わたしたちには、大威力の遠距離攻撃は、カズキさんの魂装爆破ぐらいしかありませし」
「確かにの。しかもあんな技ここで使ったら、瓦礫の下敷きになって全員お陀仏じゃ」
冷静に戦況を分析しているルタとルフィアが、油断なくゴーレムの様子を窺いながら言う。
「……あのゴーレムもフシンの課す特訓の一つだとしたら、俺たち三人で力を合わせて討伐する必要があるってことだよな」
「うむ」「はい」
話しながらカズキは、二人の直前の進言を加味して、ある一つの仮説を立てる。
「ということは、恐らくは俺がヤツの魂力操作をして、あの固そうな身体を変質させる必要があると思うんだ。
で、そこにルタとルフィアが攻撃を叩き込む。スライムで何度もやった方法を、さらに厄介な敵でやってみせろ、ってことだと思うんだよ」
「確かに、あの小童が考えそうなことじゃ」
「ですね」
カズキの仮説に、ルタとルフィアがすぐに頷く。
ここ『クーパ地下大洞窟』を攻略するにあたり、カズキたちの目的は二つあった。
まず一つ目は最深部まで到達し、大陸を渡るための魂装道具を見つけること。
二つ目は、フシンが課す特訓をクリアーし、さらなるレベルアップを図ることだ。
そう考えれば、ここに来るまでにスライムを撃破してきた方法――カズキによる魂力操作、ルタとルフィアによる物理攻撃、という流れ――で、さらなる強敵を打ち倒せというのは、自然な流れとも言えた。
「しゃーない、やるか」
カズキは足首をストレッチしながら、地響きを轟かせているストーン・ゴーレムを睨みつけた。
ゴーレムは緩慢な動きながら、その膂力によって空間内の岩を破壊し尽くしている。
「接近には注意を払えよ。動きが遅いとは言え、あの質量じゃ。パンチの一つでも喰らえば、間違いなく致命傷じゃ」
「わかってる」
ルタの心配を受け取りつつ、カズキは呼吸を整え、全身に魂力を流し込んでいく。
フシンとの組手特訓で散々やらされた、全身の魂力を一定に保っておく状態だ。
「左右の腕、脚、胴体、頭――そんな感じで、一ヵ所ずつ変質させてく。変化した瞬間、各個撃破で頼む」
「うむ」「了解です」
「そんじゃ、いくぞ!」
ざっくりと作戦を伝え、カズキは地を蹴る。
「まずは腕から!」
一瞬でゴーレムとの距離を詰め、カズキは左腕に取りつく。
即座に右手を触れさせ、魂力操作を開始する。
瞬き一つする間に、岩の腕は乾ききり、触れれば粉々に砕けてしまいそうなほどに粉を噴きはじめる。
「今だ!」
「心得た! ウオラァァァ!!」
カズキを追って一足先に駆けだしていたルタが、弾丸のように拳を突き出して突っ込んでくる。
ルタの正拳突きにより、ストーン・ゴーレムの左腕は木端微塵に破砕された。
「いよぉし、思った通りじゃったな、カズキよぉぉ! この調子でガンガン――っ!?」
「ルタ!」
カズキとルタのコンビネーションで左腕を撃破したすぐ後。
「グヌオォォォォ!!」
腕を一つ消し飛ばされたゴーレムが、ルタ目がけて怒りの鉄拳を繰り出す。
巨大な岩の拳が、ルタの小柄な体躯に“衝突”する寸前。
拳とルタの間に身体を滑り込ませたカズキが、全身を使ってゴーレムの右腕を逸らした。
「ぐ、あ……!」
「カズキ!!」「カズキさん!」
だが、カズキはそのままゴーレムの巨大な右拳に身体ごと持っていかれる。
強大な威力が乗ったまま、拳が岩壁に叩きつけられ、カズキは岩の拳と壁に挟まれてしまう。
ルタとルフィアの悲鳴が、洞窟内に響く。
「グヌオオオォォォォ……」
片腕を失くしたストーン・ゴーレムが、カズキを潰した鬨の声を上げる。
ルタとルフィアの表情には、絶望の色が浮かんでいた。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




