075 クーパ地下大洞窟④ 中層到達
「ていやっ!!」
ルタの叫びが洞窟内に響く。
カズキが魂力操作し凝固させたスライムへと、素早い動きで手刀を叩き込む。
「ふぅ、スライムを狩るのにもだいぶ慣れてきたのう。ま、わしらはカズキが固めてくれたところに攻撃を叩き込んでいくだけの簡単なお仕事じゃが」
「その言い回しをどこで覚えた」
もう幾度目かのスライム砕きを達成し、ルタは手首をストレッチしながら言った。
スライムから還元された魂力を全身に充溢させるように、順繰りで身体を伸ばしていく。
カズキたちはすでにスライムの討伐に慣れ、順調に『クーパ地下大洞窟』を探索していた。
現在進んでいる場所は、道幅が少し広がり、若干天井が高くなっている。
高い位置の天蓋からは、氷柱のような尖った岩がいくつも突き出ている。
天井が高いおかげで魂装道具を高くに浮遊させておくことができ、その分灯りが届く範囲も広がっており、視界も開けてかなり安全性は増していた。
スライムの接敵にも距離があるうちに気づくことができ、不用意に魂力を吸われてしまうということも避けられている。
ただ、カズキは油断することなく、できる限り背後を取られることがないよう隊列を崩さず、三対一、悪くとも三対二の構図で戦えるよう注意を払って進んできた。
「そろそろ、祭壇が見つかってもいい頃合いだな」
ゆるく光が届いている洞窟の先を見ながら、カズキが言う。
この迷宮を修行場としていたフシンが、最初にカズキたちに課したのは「まずは中層付近にある祭壇を目指そうか」という言葉だった。
中層に入ったことを示すとされるその祭壇を見つけたら、一度ベースキャンプに戻るという約束を交わしている。
カズキはかなり開けた洞窟内の道を注意深く進みながら、祭壇がないか四方に視線を這わせていた。
「あ、あれじゃないですか?」
「ん、どこ?」
「平たい岩がいくつも重ねられているところです。あっち」
同じく周囲を観察していたルフィアが、岩の突起が幾重にも張り巡らされた奥を指さした。
薄い灯りの先にカズキが目を凝らすと、人工物と思しき平らな岩が重ねられ、神仏を祭る祭壇のような趣を醸し出していた。
「よし、あそこにこれを置けばいいんだな」
カズキは祭壇を確認し、単独でそこへの道を進む。
歩みながら懐に手を伸ばし、フシンから預かった魂装道具を取り出した。
フシンがカズキに授けたのは、ぱっと見は泥団子のような魂装道具である。
球体のそれは石のような質感だが、少しだけ指が沈む込むような感覚もあった。
祭壇は近くで見ると、瓦のように平たい形に加工された岩板を、幾重にも積み重ねたような形状になっていた。
積んだ板の隙間に空間を作り、そこに台座のようなものを設置しているのだった。
カズキは握り締めた球を、古ぼけた祭壇の中央に置く。
「よし、こんな感じで大丈夫かな」
ふぅ、とカズキは額を拭って息を吐いた。
ここまでの探索で疲れた身体をほぐすように、一度首を回す。
「それじゃ一旦戻るとするか」
そして、腰に提げていたサバイバルバックから、退避用の魂装道具を取り出した。
「ルタ、ルフィア、退避するからこっちに来てくれー。……ん、どした?」
脱出するため、自分の後方にいたルタとルフィアに声をかけたカズキだったが……
なぜか二人は近づくどころか、ゆっくりと後退っていくのだった。
え、二人ともどしたの?
俺、まさか臭うとか?
それだったらめっちゃ傷つくんですけど。
「カズキ、う、後ろじゃ」「カズキさん……に、逃げて」
「え?」
カズキの心配とは温度感の違う、切羽詰まった声を出すルタとルフィア。
二人の視線は、なぜかカズキの後方、少し上の方を見つめていた。
「おい、どうかした…………ん?」
不審に思い、カズキがゆっくりと後ろを振り向くと。
――岩が“生きて”いた。
「な、なんだよ、これ……!?」
カズキの目の前で“岩の巨人”が動き出す。
巨大な岩石を組み合わせてできた四肢が、ゆっくりと砂埃を巻き上げて持ち上がる。
「グオオォォォ……」
巨石が擦り合わさる音なのか、はたまた、怪物の呻きなのか。
祭壇の厳かな空気はもはやなく、視界を覆いつくすのは、岩石の集合体。
その姿はまさに――
「これって…………ゴーレムか!?」
カズキの叫びが空間に木霊する。
岩の巨人――ストーンゴーレムが、静かに、しかし確実に動き出したことを示す地響きが、洞窟の静けさを打ち壊していく。
カズキのこめかみを一筋、冷や汗が伝った。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




