071 再びのオブリビオン
「なんだか、懐かしいな」
顔を上げ、景色を視界に収めたカズキが誰にともなく呟いた。
カズキの眼前には、どこまでも広がる青空と、それを突き破ろうとしているかのように、山々が天へと伸びている。
雄大な大自然――そんな形容がぴったりな、荘厳な景色が広がっていた。
「ここにまた戻ってくることになるとはのう。考えてもおらなんだ」
カズキに続いて、ゴツゴツとした無味乾燥な岩肌を登ってきたルタが、額を拭いながら言う。
過去を懐かしむような表情は、どこか優し気に感じられる。
「カズキさんとルタさんが暮らしていた山がアレですか? すごく高いですね」
ルタに続いてきたルフィアが、同じように山を振り仰いで言った。
美しい銀髪が、山特有の乾いた風に棚引いている。
三人の後方には、星の声を聞く民のキャラバンが、馬車を引いてゆっくりとついてきている。
すでに道はなかなかに険しく、道に傾斜も出てきており、馬にとってはどんどん悪路になってきていた。
フシンの話によれば、山の中腹に、ダーナの十三迷宮である『クーパ地下大洞窟』の入り口はあるという。
星の声を聞く民の面々がカズキらにここまでついてきてくれたのは、迷宮攻略のベースキャンプとして、様々な面でサポートをするためだった。
カズキらはこれ以上世話になるのが申し訳なく、一度は彼らの同行を断った。
しかし、フシンが迷宮の攻略まで見送るのが自分たちの務めだと言って聞かなかったため、結局はこうして共に山を登り始めた次第だった。
だが彼らがついてきてくれたことにより、迷宮内部での探索や戦闘で疲弊したとしても、しっかりベースキャンプまで戻れば、また良い状態で攻略に臨めるのだった。
実際問題、カズキたちだけでは迷宮の奥深くまでの装備が整わない可能性もあった。
そう考えれば、星の声を聞く民が同行してくれることは大変にありがたいことだった。
「お、フシンが戻ってきたぞ。どうだったー?」
「うん、入り口は変わっていなかったよ」
単独で少し先まで行き、山の状況を探っていたフシンが、急斜面を颯爽と飛び下りながら戻ってきていた。
声をかけたカズキの言葉に、軽い調子で返してくる。
フシンのその異常な健脚は、人類最高齢にはまるで思えなかった。
もはや若者ですら羨む、アスリートのような運動能力だった。
つくづく、底の見えない人だとカズキは感じていた。
「ここからも見えるね。ほら、あそこ。あの岩と岩に隙間があるの、わかるかい?」
「ああ、見える」
「あの隙間の奥が『クーパ地下大洞窟』だ」
フシンが指さした先では、巨大な岩と岩が支えあうように佇んでいた。
岩一つだけでも城の尖塔一つ分ほどの大きさがあり、隙間のような部分にも、かなり大きな空間が広がっているであろうことがわかった。
星の声を聞く民の馬車がゆっくりと追いついてくるのを待って、カズキたちは岩の隙間へと歩みを進めた。
遠くで、獣の鳴き声が聞こえた。
† † † †
岩と岩が作り出した隙間の空間は、暗くひんやりとしていた。
細い光が天井の隙間から、頼りなく差し込んでいる。
空間の形状としては、三角錐のような形だった。
巨岩の壁面は色濃く苔むしており、長い経年を感じさせている。
「ちょうどいいね。この場所をベースキャンプとして、迷宮を攻略していこう」
フシンが手をたたきながら、明るい声で言った。
声の残響が、三角錐の空間にじんわりと響き渡った。
「あれが、『クーパ地下大洞窟』か……濃い魂力を感じるな」
カズキは、岩壁と岩壁の間に、口を開けるように存在する切れ目を眺めた。
そこからは、背筋をぞくりとさせるような、不気味な魂力が漏れ出てきていた。
「ふむん。あれを感じ取れているということは、カズキもだいぶ成長したということだね。ボクもキミの師の一人として、嬉しいよ」
カズキの言葉を聞いたフシンが、上機嫌に言った。
「さて。今日はここで野宿をして、本格的な攻略は明日からとしよう。まずは日が出ているうちに、できる限りの食料を調達するとしよう」
フシンは小さな身体でキビキビと動き、皆に指示を出していた。
カズキたちも、テキパキと動き出した星の声を聞く民を手伝おうと、手を動かしはじめる。
「ところで、この迷宮を攻略するって言ってたけど、なんか事前情報とかあんの? 地下何階ぐらいまでは誰かが行ったことある、とかさ」
カズキがテントの設営を手伝いながら、ふと思った疑問をフシンにぶつける。
フシンはカズキの方を向くこともなく、木製のテントの骨組みを組みながら、こう答えた。
「事前情報どころか、あらゆる知識はボクが持っているよ」
「え、どういうこと?」
要領を得ないフシンの言葉に、カズキが思わず疑問を返す。
「元々、ボクはここで修行していたからね。攻略どころか、ボクにとってここは庭みたいなものさ」
「……はい?」
「だけど、ボクが案内したんじゃ、魔物との戦闘も探索スキルも上がらないからね。三人パーティーでの経験値を上げるためにも、今回は三人で挑んでもらうよ」
余裕と皮肉たっぷりに、フシンは口元を歪めて言った。
カズキは告げられた事実に、開いた口が塞がらない。
「要するに、これも特訓の一環ってわけ。フフ、覚悟はいいかい?」
つくづく、底知れない人だ――。
カズキは内心で、再びの驚愕を味わったのだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




