070 次の目的地
カズキたちが星の声を聞く民のキャラバンと野宿での生活をはじめて、ひと月以上の時間が経過していた。
そんなある日の夜、夕食後にカズキ、ルタ、ルフィアの三人は、珍しく真面目な様子のフシンに呼び出され、焚火を囲むようにして四人、円になって座っていた。
焚火に薪をくべながら、フシンが口を開く。
「さて、と。こうして集まってもらったのは他でもない、これからのキミたちの行く先を開示するためだ」
「ふん、ようやくじゃの。待ちくたびれたわ」
フシンの言葉に、ルタが悪態をつく。
ルタはかなり前から、次なる目的地を示せとフシンをせっついていた。
しかしフシンは行く先を教えることはなく、いつもはぐらかして結論を先延ばしにしていたのだった。
ルタはそんな態度に毎度毎度、小さい身体全身をプリプリとさせて腹を立てていたが、ここ最近はもはや諦めていたのか、怒ることはなくなっていた。
「ルタ嬢、そう不貞腐れないでよ。ボクにだってね、色々とタイミングや準備というものがあるのさ」
フシンはルタの機嫌などあまり意に介してない様子で、冷やかし半分のようなトーンで言う。
その言葉にルタは、あからさまに口を歪める。
「なんにせよ、ようやくキミたち三人の未来が“読めた”からね。これから、それを話そうと思うよ」
この世に溢れる魂力を深く理解し、感じ取ることで、世界の在り様や生物の営み、果ては少し先の未来までを見通す、星の声を聞く民。
その長である目の前の男、フシン・アヌザァイは、思わせぶりに一度ニヤリと笑って、手元のお茶を口に含んだ。
「カズキ、ルタ、ルフィア。キミたち三人は、この大陸から離れる必要がある」
「え?」「んな、」「……っ」
少し間をおいて語られたのは、そんな台詞だった。
声にならない声が、カズキ、ルタ、ルフィアの三人から漏れる。
「キミたち三人の旅の目的は、ルタ嬢の同族探しだろう?」
「ああ」
フシンの問いに、カズキはすぐさま答える。
はじめはカズキの“復讐”に重きが置かれていた旅だったが、最大の標的だったジプロニカ王がいなくなった今、旅の目的の中心軸は自ずと、ルタの仲間を探すこととなっていた。
「そのためには、ここ『アイデンシア大陸』を出る必要があるんだ。ボクらはこの大陸をほとんど回ったけれど、間違いなくルタ嬢の仲間は、この大陸にはいない」
「……そうじゃったか」
言い切るフシンに、ルタは悲しいような、切ないような、そんな表情をした。
「というか、近隣の海に出ることはそこまで難しい事じゃないですけど、大陸を渡るとなると、ほぼ不可能ではないですか? わたしの記憶では、数万年に一度発生する大干ばつの際にしか、大陸間は移動できないものだと聞いていましたけど……」
そこでルフィアが疑問を差し挟む。
同じようなことを、カズキも考えていた。
この世界の海水は魂力が多量に含まれているため、長時間浸かっていると、人間にとって有害なのだ。
そのせいで、海が凪いでいる日に、近隣を船で走らせる程度しか航海はできないのだと、カズキは聞いていたのだ。
その前提で考えれば、大陸から大陸へ海を渡って移動するなど、ほぼ不可能に思えた。
「ふむん。確かに、普通に考えればそうなんだけどね。ただ、海を渡らずに別の大陸へ行く方法が、あるんだなこれが」
「え、そうなのか?」
得意げに言うフシンに、カズキが食いつく。
「一つ話をするとだね、キミたちもいくつか見たことがあるであろう魂装道具は、本来はこの大陸の技術ではないんだ。別の大陸にある国家が確立した技術で、本当は門外不出のものなんだよ」
「門外不出? え、じゃあなんであるの?」
「実はね、世界各地に点在している『ダーナの十三迷宮』の奥には、大陸間を行き来できる魂装道具が設置されているんだ。それを使って、人々は大陸間を移動し、別の土地にある技術を自国に持って帰ってきた、というわけなのさ」
「『ダーナの十三迷宮』……あそこに、俺が山に飛ばされた、あの鏡みたいなやつがあるってことか」
フシンの言葉に、カズキは自分がジプロニカから山に一瞬で転送されたことを思い出した。
その時に自分が放られたのが、巨大な姿見だった。
ああいった力を宿した魂装道具が、ダーナの十三迷宮の奥にあるのだとしたら、確かに海を経由することなく、別の大陸へ移動することは可能と思えた。
「まぁ、魂装道具は本来『魔族』の占有技術だからね。人間の文明に魂装道具があるというのは、本来はあり得ないことのはずなんだけどね。まあ、その辺は話すと長くなるから割愛するけど」
少し憂いを帯びた声で、フシンは言った。
「ま、ひとまず小難しいことは置いておいて。キミたち三人がまず目指すのは、ダーナの十三迷宮、『クーパ地下大洞窟』の攻略だ」
切り替えるように明るい声で、フシンは宣言した。
カズキ、ルタ、ルフィアの三人は、顔を見合わせて息を飲んだ。
ダーナの十三迷宮を、攻略する――『ローブズ』の次の目的地が、ようやく定まったのだった。
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