069 混浴タイム
黒い空には無数の星が瞬き、美しい夜を演出している。
カズキたちのベースキャンプから少し離れたところに、雨水を溜め込んだ窪地があった。
その水にフシンが手を突っ込み、魂力を流し込んでいく。
少しするとブクブクと泡が立ちはじめ、沸騰する。
「よし、いったんこうして消毒だ」
フシンは言い数秒間待つと、もう一方の手を湯に突っ込み、別種の魂力を流し込みはじめた。
すると、お湯が適温に下がっていった。
さらに魂力の性質を変化させると、色が白く変化し、まるで乳白色のにごり湯のような見栄えとなる。
水が変化していく様を脇で見守っていたカズキたちも、思わず自分たちが身を沈めた瞬間を想像し、ほふぅと息を吐いた。
「よし、できたよ。フシン特製のにごり湯」
「めちゃくちゃ気持ち良さそうだな!」
カズキは言い、一人でゆっくり浸かれないことを激しく後悔する。
あぁ、フシンが混浴だなんだと言い出しさえしなければ。
しかし、フシンがまたこの気持ち良さそうな湯を作り出してくれたのもまた事実。
恨むべきか、感謝すべきか。
カズキは、そんな板挟みの感情を込めて、湯にぴちゃぴちゃと手をつけているフシンの横顔を眺めた。
「ていうか、魂力ってこんなこともできるんだな」
言ってカズキは、湯面に手をつけてみる。
いたって良い湯加減だった。
「ふむん。雨水や山の雪解け水なんかは、かなり魂力の濃度が高いからね。干渉して操作すれば、このぐらいのことは造作もない。
まぁ、たぶんこの世界では今現状、ボクぐらいしかできないだろうけど」
得意げに笑いながら、冗談めかして言うフシン。
だとしたらやはりこの機会に、ぜひとも湯浴みを満喫しておきたいところだった。
「おし、じゃお先に――」
「待てい」「待ってください」
「…………はい」
湯加減を確かめながら、一目散に上着を脱ぎ、お湯へ飛び込もうと画策したカズキだったが。
両側からルタとルフィアに肩を掴まれ、飛び込みは失敗に終わる。
「そう慌てるでない。わしらの用意を待つのじゃ」
「そうですよカズキさん。わたしたちは逃げませんから」
カズキの肩を掴んだまま、ルタとルフィアは満面の笑みを見せた。
硬直したままカズキは、ぎこちない笑顔を返すのが精一杯だった。
そのこめかみを、冷や汗が一筋伝った。
混浴をかけた組手の結果は、引き分けだった。
ボロボロになるまで戦い抜いたルタとルフィアに対して、フシンは当然のようにこう言った。
「よし、二人ともよく頑張った。みんなで混浴しよっか」
「「賛成」」
「…………反対」
「ん? じゃあ全員賛成ということで」
「……俺の人権はどこへ?」
カズキの密やかな願いは、ことごとくスルーされた。
遠い眼で星空を眺めながら、カズキは心で泣いた。
「ほら、カズキよ。いつまでそうしておる。はよ入るがよい」
「ほふぅー……気持ちいいですよ、カズキさーん」
「お前ら入るの早すぎだっつの!!」
遠くを眺めていたカズキをしり目に、ルタとルフィアは当然のように入浴を開始していた。
どうやらフシンも入るようで、小柄な身体を揺らして服を脱いでいた。
「さて、ボクもお先にー」
「ちょ、フシンまで……ってそんなん見せられたら男としての自信無くすわ!」
湯船に浸かる寸前に垣間見えたフシンのアレが、カズキの最後の尊厳を叩き折る。
そこだけは確かに、フシンはまさに“人類最高齢”であった。
「「「いいから、はやく入りなー」」」
服も脱ぎ切らずにウダウダとしているカズキに、先に極楽を楽しんでいる三人は声をそろえる。
「はぁ……人並みの貞操観念があるのは、もはや俺だけか……」
カズキは頭を抱えながら、もうなるようになれと素早く衣服を脱いだ。
そしてジロジロと視線を向けているルタ、ルフィアに色々と見られてしまわぬよう一気に飛び込み、乳白色に身を埋めた。
「はふぅぅーー。生き返るぅぅーーーー」
ちゃぽん、と顔を出したカズキは思わず言った。
やっぱり、気持ちいい――自然と顔が綻んでいく。
「ふふ、やっぱりお風呂はいいものですね」
近づいてきたルフィアが、少し上気した顔で笑った。
銀色の睫毛が輝いて、彼女の美しさを引き立たせている。
「まったく、コソコソしおって。男ならしゃんとせい。おりゃ!」
「うわっぷ」
次はルタが、湯を掬って飛ばしてくる。
カズキの顔が濡れる。
「やったな、おら!」
「あぶ!? の、飲んでしまったのじゃ!?」
カズキの反撃に、ルタは笑いながら応じる。
「ずるい、わたしも混ぜてください!」
「お、おおおいルフィア、見えてる、色々と見えてるから!?」
「見えてるんじゃなく、見せてるんです!」
「どこで覚えたその言い方!?」
そうして三人は、久しぶりの休息を心行くまで楽しんでいた。
真白い湯船が、全ての疲れを洗い流すかのように。
「ふむん。こういうひと時も、やっぱりいいもんだね」
遠く、騒ぎから離れて一人のんびり湯浴みをするフシン。
彼の呟きが、湯気と共に夜空に昇っていった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




