006 このたわけ!
「このたわけっ!」
殺風景な岩肌の上にポツンと、鱗粉のような金髪が揺れている。
その隣には、怒鳴られて委縮する少年――カズキ・トウワがいた。
「そうじゃないと何度言わせるのじゃ!?」
「んなこと言われても……しゃーねーじゃん、コツが掴めないんだから」
魂装をミスした場合に、常に激ギレるルタに、カズキはかなり辟易していた。
カズキとルタは数日前に、いわば血の同盟を結んだが、一度カズキの魂装の暴走によりルタが死にかけた。
それを受け、未だにここ、アリリストルカ山岳地帯の最高峰オブリビオンで、魂力のコントロールを身につけるため、日夜特訓に明け暮れていたのだった。
カズキは全身から噴き出る汗が滴になって流れ落ちるのを感じながら、こんなに厳しい先生がいたら、絶対パワハラで問題になってるだろうなぁ……などと、自分が元いた世界の基準で、ルタの指導の厳しさを嘆いていた。
「はぁ……あれほどの魂力爆破を起こしておいて、なぁにがコツが掴めないじゃ。まったく、頼りないのぉ」
ルタはため息混じりに容赦なく言う。
一度、身の内の魂力を大爆発させてしまったせいで、カズキは魂力を開放することが余計に苦手になってしまっていた。
なにせ、山肌を直径数キロメートル規模で抉り、消し飛ばしたのだ。軽いトラウマになるのも無理はないだろう。
少しでも自分が力の操作を誤れば、無差別にあらゆるものを消し去る――そんな意識が、カズキの心にブレーキをかけてしまうのだった。
日々、ルタが傍についてあーでもないこーでもないとゲキを飛ばしながら、何度も魂装の特訓を重ねているが、爆発のトラウマの影響で、実力の向上は一進一退の状況となっていた。
「一度言ったが、魂力とは読んで字の如く、魂の力じゃ。うぬのように抑えてしまう場合は、自分の魂の声に耳を傾けて、それを解き放ってやることが肝要じゃ」
「魂の声? 本音ってことか?」
「まぁそんなところじゃな。しかしうぬ、例えば『本音を言え』と言われて、本当の本音を言えたためしがあるか?」
「…………いや、ないな」
カズキはこれまでに『本音を言って』と言われたタイミングをいくつか思い出してみた。
親や教師、数少ない友人――そのすべての瞬間に、本音と言うよりは“本音に近いだけの言葉”を並べ立てていた自分に気が付く。
「じゃろうて。
社会において他者から『本音を言って』などと促された大抵の場合、人はその場や聞いている相手に合わせて、取り繕った“本音に近いだけの嘘”を並べているのじゃ。
所詮、人間が言う本音なんてものはの、正確には脳内でコントロールされて出てくる理性的な言葉なのじゃな」
ルタは訳知り顔で、滔々と語る。
言っていることに納得できてしまうせいで、カズキはなにも言えない。
「そうじゃなく、真に心で感じていることを見つめるイメージを持て」
「真に……心で……」
カズキはルタの言葉を元に、心の内面を見つめるために目を閉じた。
視界を絶ち、自分の呼吸音に耳を澄ます。
すると徐々に、周囲が静まりかえっていき、集中力が研ぎ澄まされていった。
魂の声を聞く――作られた本音ではなく、真に心が思っていること。
瞼によって遮られた視界の中で、心が揺れ動いた気がした。
その心の揺れを感覚が捉えたとき、考えるという行程を経由することなく、言葉が、カズキの口から吐き出されていた――
「いちいちうるせーこのつ○ぺたロリ!」
――声になったのは、控えめに言って、ただのルタへの文句だった。
「たわけがぁ!!」
「うごっふ!?」
当然のことながらルタが激ギレし、鳩尾に掌底を喰らわせてくる。カズキは数メートル後ろに吹っ飛び、硬い岩肌に思いっきり擦りつけられた。
「師匠に向かってなんじゃ、つ○ぺたロリとは! 恥を知れいっ!!」
打ち付けられ転がったカズキに向かって、容赦なく言葉の追撃を喰らわせてくるルタ。
少し前に食べたトカゲを吐き出さなかっただけ、褒めてほしいぐらいだ――カズキは心の中で毒づきつつ立ち上がる。
というか……。
つ○ぺたロリって言われて怒るのかよ。
特定の界隈では誉め言葉だぞ!
「くっそ……」
痛む全身を無理矢理に奮い立たせ、カズキは再び力を込める。
思わず吐き出してしまった言葉のせいでかなり大きなダメージを受けたが、しかし先ほどの感覚は今までになかったものだ。
カズキは、深呼吸する。
辺りが、静まり返る。
魂装を顕現させるときの呪文は、すでに識っている。
――魂の、声を、聞く――
「魂装――燃ッ!!」
呪文をはっきりと発音し、心のトリガーを外す。
「おぉ……ようやくじゃな!」
眉間に皺を寄せていたルタの顔が、一転、笑顔に変わる。
カズキの右手首から先に、拳大の金色の塊が出現していた。
手と呼べるほどの代物ではなかったが、今のカズキにとっては間違いなく一歩前進だった。
あの大爆発以来、はじめて指輪以上の大きさになった魂装だったからだ。
「先ほどのやり取りでなにか掴んだようじゃな。ふふふ、やはりわしは教える天才のようじゃの」
「……弟子を掌底で吹っ飛ばす師匠がなにを言う」
「なにか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
得意げに笑っているルタの背に向かって、カズキはぼそりと毒を浴びせる。
ルタの指導は厳しいが、それに応えていくことで確実に力がついていくことを、カズキは実感しはじめていた。それが嬉しくもあり、なにより楽しい。
右手首から先、金色に輝く塊を見ていると、否応なく、口の端が緩んでしまうのだった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。